第1章 宝くじ1等の方が嬉しいんだけど①
《初めましてです、陽ノ丸様! 私は戦霊の案内人、クコなのです》
突然聞こえてきた、可愛らしい少女の声。ぐらぐらする頭を必死に支えながら、俺は地面に突っ伏したまま顔だけ上げた。
あぁ、完全な二日酔いだ。
昨日は、俺こと、北条陽ノ丸の送別会。新卒で入って1年、自分探しの旅に出ることを決意した俺は、昨日付けで会社を退職したのだ。同期やら先輩やらが、わざわざ俺のために送別会を開いてくれたわけだが、あれは確実に自分たちが騒ぎたかっただけに違いない。
だって俺、現にテーブルの隅っこの方でイチャイチャしてる同期カップルを眺めながら、絶妙な速度で枝豆を食べ続けてただけだし。
で、そんなこんなで新橋で4次会まで連れ回され、気付いたら終電もなくなり、ついでに記憶もなくなり、今に至るわけだ。
視界がぼやけているが、なんとか周囲を見回してみる。
うん、どうやら神社みたいだ。境内というほどの広さはなく、細い参道とお社があるくらい。
《もしもーし、聞こえてるですか?》
おぉ、そうだった。身元不明な少女に呼ばれてるんだった。
取り合えず体を起こして座ってみる。
見れば、お社の前に、腰の下まで伸びる長い三つ編みを揺らしながら俺を見ている、紅白の巫女装束に身を包んだ小学校高学年くらいの少女が立っていた。
「ああ、聞こえてるよ」
まだぼんやりする頭をべしべし叩きながら答えると、彼女は顔をぱっと明るくした。
《わあ、良かった!》
「で、お嬢ちゃん誰?」
《ダ・カ・ラ! 初めましてです、陽ノ丸様! 私は戦霊の案内人、クコなのです!》
「……はい?」
えーと、若くしてコスプレにはまった少女が、完全になりきっちゃってるやつか? それか俺の妄想が夢に出てるか、だな。
確かに、最近は暇さえあれば手当たり次第にスマホのゲームをインストールしまくって、チュートリアルのガチャが嫌がらせのように渋くて、やる気なくしてアンインストールする、っていうのが趣味になってたもんなぁ。
《コスプレじゃないし、夢でもないのです!》
あれ、なんで話が通じてるんだ? 声に出してないのに。
《それは、頭の中に直接話しかけてるからなのです》
「どういうこと。っていうか、お嬢ちゃん誰よ?」
《だからぁぁぁ!!》
半ば絶叫しながらクコとかいう少女が俺に飛びかかり、小さい両手で頭を掴んでがくがくと揺さぶってきた。
《私はクコなのです! 昨日、この日本の地に魔霊が降臨しました! だから、私が八百万の神々の使いとなって、魔霊を討伐してくれる戦霊のマスターを探していたところ、一晩中こうやって神社に向かってひれ伏している敬虔な方……つまりあなたを発見したので、こうしてマスターとして選任してるわけなのです! お分かりなのですかっ、北条陽ノ丸様!?》
「うわあああっ、分かった分かった! 分かったから離せ、首が取れる!! っていうか、吐きそう!!」
身の危険を感じて俺は地面に座り込んだまま後退った。さすがにこんなところで小学生女子に殺されるのはごめんだ。
死ぬなら素敵なお姉さんの腕の中と決めている。それか、10人中9人の男は「可愛い!」と言うであろう、元同僚の服部みつばちゃんの胸の中でも良しとしよう。
《……ちょっと軽蔑するです》
クコの手が引くように離れていく。ついでに、俺との距離も2メートルくらい遠ざかったようだ。
「別に良いだろ、妄想するくらいは」
この23年間、リアルが充実したことなんてない。俺の青春は、爽やかな甘酸っぱいレモンなんかじゃなく、青カビだらけの淡白な豆腐みたいなもんだ。いや、豆腐をバカにしてる訳じゃないけどさ。
とにかく、俺はいつの時代もモテない代表格である。「素材はいいんだけどね」とは言われるが、別に身だしなみにも興味ないから髪はぼさぼ、服はぼろぼろだし。3次元よりは2次元に生まれたかったし、コミュニケーションは可能な限り取りたくないし。
っていうか、むしろ人とあまり関わりたくない。
何しろ、俺は呪われてるかのような不運の持ち主なのだ。野球を見に行けば1試合で5回はファールボールが当たる、台風が来れば2回は近くに雷が落ちる、小石を蹴れば通りすがりのハスキー犬の鼻の穴に入って襲われる。
まあ、そんな感じだ。
《うぅん、少し同情するのです》
「だろ。それで、結局、何の用事なの? 神社の前でひれ伏してたって、ただ力尽きてうつ伏せで倒れてただけだけどね」
《うーん、そこはちょっとした早とちりがあったようなのですけど、もうマスターとして選任してしまったし……。取り合えず、百聞は一見にしかず。まずは、降臨金貨を6枚持ってきたから、八百万の神々の世界に干渉して、戦霊を召喚するのです!》
クコはそう言うと、俺の前にまばゆい光を放つ金貨を差し出してきた。