海とブルーオアシスのチキンカレー
その晩、空からゴロゴロと音が聞こえ始め、ついには稲光とともにバリバリと大轟音が響き、宮殿が揺れた。
それと同時に悲鳴が上がり、ウォークインクロゼットの扉からリオが飛び出してクリシュナの布団の中に潜り込んだ。
読んでいた探偵小説を置いて、クリシュナは布団をめくって見るとリオがガタガタ震えている。
また稲光がして落雷の音が部屋を揺らした。
リオはぎゃああああと叫んでクリシュナにしがみついた。
クリシュナ
「怖いのか?」
リオはクリシュナの顔を見てガクガク小刻みに頷いた。
顔面蒼白である。
クリシュナは布団をリオの頭に巻くようにして太い腕ですっぽり抱きしめた。
また雷が落ちた。
リオはヒイイと言いながら顔をクリシュナの胸に潰れそうな圧迫感で押し付けた。
リオの足もクリシュナの足に絡みついてさらに密着した。
クリシュナ
「可愛い〜可愛い〜子猫ちゃん〜♪」
クリシュナが低い声で歌い始めた。
バッと布団から顔を出してリオがクリシュナを見た。
クリシュナ
「……、へ、下手だよな…。」
クリシュナは顔を赤らめて目をそらした。
リオ
「違うっす!その歌知ってるっす!
子供の時ママが歌ってくれてた歌っす……。
もっと歌ってほしいっす!」
その時また轟音が部屋を揺らした。
きゃあーーーーーと言ってリオはクリシュナに絡みついた。
クリシュナはリオの背中をぎこちなくさすりながらリオが眠るまで歌を歌い続けた。
…………………………………
ピーテは早朝、宮殿の壁を登り、寝室のバルコニーに降り立った。
昨晩の嵐が嘘のような静けさだ。
どうやらまだ王子は寝ているようだ。
静かに扉をあけて王子の部屋に入る。
窓から離れたところにある大きなベッドを見て、ピーテは固まった。
クリシュナのたくましい体にすっぽりと包まれて寝ているリオが見えたからだ。
ピーテ
(殺す!)
ピーテは素早く近づくとブレードをクリシュナの首めがけて突き刺した。
だが、ブレードは首ではなく枕に深々と突き刺さった。
クリシュナ
「何のつもりだ、アサシン!」
クリシュナは転がって身構えた。
リオも起きて目をしょぼしょぼさせている。
ピーテ
「死ね!」
ピーテはブレードでクリシュナに襲いかかる。
クリシュナは素早く避けながら愛剣を掴んだ。
鋼がぶつかる音が響き渡る。
リオ
「え?え?何事っすか!?ピーテ先輩!?」
リオはベッドの上でオロオロしている。
ついに決着がついた。
クリシュナのロングソードの切っ先がピーテの首元に突きつけられている。
ピーテ
「く…………。」
クリシュナ
「なぜ俺を襲う。」
ピーテ
「きさま……、白々しいやつめ。
よくもリオに手を出してくれたな、絶対に許さん!」
クリシュナ
「……………は?」
…………………………………
ピーテ
「なんと香り高い、こんなに美味しいコーヒーは久しぶりです。」
食堂で3人はモーニングコーヒをすすった。
ピーテはうっとりとコーヒーの香りを楽しんだ。
ピーテ
「いやあ、本当に申し訳ありませんでした、殿下。
とんだ思い違いをしてしまいまして、はははは。」
クリシュナ
「……………、思い違いで危うく天国に行くとこだったな。」
ピーテ
「あはは、そんなあ、はは…。」
ピーテはコーヒーをぐびっと飲んだ。
リオはパンケーキにメイプルシロップをたっぷりかけて美味しそうに頬張っている。
リオ
「ピーテ先輩、優しいっすよね。俺が襲われてると思ったんですよね。俺なんかのために、感激っす。」
リオはへにゃっと笑った。
ピーテ
(ああ……可愛い……リオちんのためならなんだってやるさ…。)
クリシュナ
「おれはそういう趣味はないから、心配するな。」
ピーテ
「そ…そうですよね、本当にとんだ失礼を。ははは…。」
クリシュナ
「悪いと思ってるなら、この後ちょっと付き合ってくれないか?」
ピーテ
「と、言いますと?」
クリシュナ
「リオと海で泳ぐんだ。」
ピーテ
「ああ……なるほど、もちろんお伴しますよ。」
リオ
「ピーテ先輩、あーざーっす。」
リオはまたへにゃっと笑った。
その口元がメイプルシロップでベタベタなのを見てピーテは笑った。
ピーテ
(リオちんw舐めてやりたい)
…………………………………
王子の宮殿の裏っ側はビーチになっていて小さな桟橋もある。
3人とも短パンいっちょうになって準備運動をした。
クリシュナ
「よし、今日は泳いで、ついでに魚をとるぞ!」
リオ
「おーーーーー!」
と拳を振り上げた。
ピーテは涼しい顔で微笑んでいる。
クリシュナ
「よし、あの島までだ、行くぞ!」
クリシュナは勢いよく海に走り出した。
リオも後に続くが早速こけた。
素早くピーテが腰を抱えてつかまえた。
ピーテ
「大丈夫かい?りお。」
リオ
「はい!先輩!迷惑かけて申し訳ないっす!」
クリシュナが遠くから怒鳴った。
クリシュナ
「こらーーー何してる!ちゃんと泳げーー」
リオ
「ういーーーーーっす!」
リオはザボンと飛び込んで平泳ぎでのんびり進んでいる。
クリシュナ
「こらーーー!遅いぞ!それでもアサシンか!」
リオ
「ふわい!」
ピーテ
「もっと優しくしてくださいよ!」
クリシュナ
「充分優しいだろうが!」
クリシュナ
(まったく甘やかしのアサシン軍団め。)
2キロほど泳いで小島にたどり着いた。
リオはグッタリと浜辺に寝転がる。
クリシュナ
「リオ、何が食べたい?」
リオ
「………………。え………?」
クリシュナ
「食べたいものあるか?」
リオ
「えっと……えっと……あ………。」
リオは掟を思い出して口に手を当てた。
立ち上がってクリシュナの背後に回るとがっしりした背中に指で文字を書いた。
『ブルーオアシスのチキンカレーとチーズナン』
クリシュナ
「へえ、いいね、食べよう!」
リオは目を輝かせた。
クリシュナ
「その前にでかい魚をとるぞ!」
リオ
「頑張るっす!」
クリシュナ
「行くぞ!」
二人は銛を持って小舟に乗り込んだ。
ピーテももう一艘の船に乗り込む。
ピーテ
「へえ、リオちんってこういうのに弱かったんだ。
胃袋を掴めば付き合ってくれたりするのかな……。」
3人で海に潜って魚や大きなエビ、貝などをとって、海岸で焼いて食べた。
結果的に大漁!小舟で港町まで運び、売りさばいた。
そのお金でアロハシャツを買い、カレー専門店ブルーオアシスに入った。
この港町はリゾート地でもあるので、ラフな格好でも問題はない。
クリシュナは辛さ10倍のチキンカレーを注文した。
リオは信じられないといった顔で肩をすくめた。
もちろんリオは甘めカレーだ。
クリシュナ
「美味い!」
クリシュナは初めて食べる庶民の味に衝撃を受けた。
ピーテ
「この、チーズがたっぷりとろけたナンがたまりませんね。」
リオ
「んーーーーー最高っす!」
クリシュナ
「リオ、10倍もそんなに辛くないぞ、一口食べてみろ。」
クリシュナはリオの口に辛さ10倍カレーを入れてやった。
リオは飛び上がって大騒ぎして水を飲んだ。
目からボロボロ涙を流している。
リオ
「辛いっすよ!死ぬっす!」
クリシュナもピーテも笑った。
クリシュナ
「泣くなよ、悪かったって。」
クリシュナはリオの頭をよしよしした。
ピーテ
(この王子なら大丈夫そうだな…。)
ピーテ
「クリシュナ王子、ご馳走さま。
私は本部に戻りますから、リオをお願いしますね。」
クリシュナ
「…………。」
リオは手を振っている。
クリシュナ
「 さて、帰るぞ、リオ。」
リオは大きく頷いた。
つづく