スパルタ訓練とがっつりステーキ
クリシュナ
「リオ、起きろ!」
リオ
「むにゃ〜。」
クリシュナはリオが布団がわりにしている式典用のフサフサしたマントを引っ張って、リオを床に転がした。
リオ
「あれ?王子様だ……おはようございます…。ふああ〜」
リオは掟を完全に忘れている。
クリシュナ
「ひとっ走り行くぞ。」
リオ
「ふわあああ〜い。」
クリシュナは部屋のバルコニーから木に飛び移って下に降りた。
リオはバルコニーの手すりに足を引っ掛けて落ちたが巨体のイェータが軽々と受け止めた。
リオ
「イェータ先輩!どうしてここに!」
イェータ
「たまたま、クエストで通りかかったのよ。久しぶりねえ。」
リオ
「あ〜ざっす!」
いつものようにへにゃっと笑ってイェータをドキドキさせた。
イェータ
「うふふ、可愛い子。」
イェータはリオの頰にキスした。
リオ
「せせせ、先輩!」
その時、クリシュナの声が聞こえた。
クリシュナ
「おーーーい、リオ!行くぞ!」
リオ
「ああ、行かなきゃ!すいませんっす先輩!」
リオは慌てて声の方に走り出した。
リオの姿を見るとクリシュナはニヤッと笑って走り出す。
クリシュナは宮殿の周りを何周か走ったあと、塀に登り屋根に飛び移った。
今度は、屋根から屋根に飛び移ったりして駆け回る。
リオは屋根の間に落ちるたびにイェータが抱きとめる。
クリシュナ
「どうしたリオ、ちゃんとついてこい!それでもアサシンか!」
リオ
「悔しっす!もう一回チャレンジするっす!イェータ先輩、俺、諦めないっすよ!」
イェータ
「リオ、ファイト!あの王子に負けるんじゃないわよ!」
リオは落ちるたびにまた屋根に戻りチャレンジする。
何度目か屋根に登るとクリシュナが仁王立ちしていた。
クリシュナ
「リオ、ちょっと休憩だ 、ほら。」
クリシュナは水が入った皮袋を渡す。
リオはへにゃっと笑って水を飲んだ。
クリシュナ
(基本はできているようだが何でリオは落ちるんだろうか。
もしかして……やる気?)
クリシュナ
「リオ……、何か食べたいものはあるか?」
リオはちょっと考えてクリシュナの大きな手を取った。
『がっつり亭のがっつりステーキ』
クリシュナ
「よし、今から宮殿に帰るまで俺にちゃんとついてこれたら、
食わせてやる。」
リオの紫色の瞳がキラキラと輝いた。
クリシュナ
「頑張れよ!俺も食べて見たいからな!」
リオはガッツポーズで頷いた。
それから見違えるような動きでリオは屋根を飛びまくった。
クリシュナはヒャッホウと声をあげる。
クリシュナ
「いいぞ!リオ!」
下に待機しているイェータもヒュウと口笛を吹いた。
イェータ
「リオちん、やればできるじゃないの!」
…………………………………
クリシュナとリオは水を浴びて汗を流すと、服を着替えた。
リオはクリシュナの子供の時のブラウスとキュロットを借りた。
二人は食堂で朝食の準備をする。
今朝はフルーツヨーグルトとハムエッグ、レタス、トマトが用意されている。
しかも3人分だ。
それに温かいコーヒーをクリシュナが淹れてきた。
クリシュナ
「おい、リオの護衛、いるんだろう?
朝食一緒にどうだ?出てこい。」
柱の陰からのっそりと巨体のイェータが出てきた。
イェータ
「いい男からの招待は断らない主義なの。」
そう言ってイェータも席に着いて、コーヒーをすすった。
イェータ
「あら、美味しいコーヒーだわ。王子様。」
クリシュナ
「それは良かった。」
リオもコーヒーを一口すすって、顔をしかめた。
リオ
「にがっ!」
クリシュナはははと笑って、リオのコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れてやった。
再び味を見たリオは、ウインクしておや指を立てた。
イェータ
「もう、リオはお子ちゃまねえ。」
リオはへにゃっと笑った。
イェータはじーっとリオを眺めた。
イェータ
(それにしても……その服はまずいんじゃあないかしらね。このまま監禁しちゃいたいくらいどハマりよ。本当に可愛いわ、リオちん。)
クリシュナ
「リオ、野菜もちゃんと食べろよ。大きくならんぞ。」
リオはレタスをつまんで口に放り投げておどけてみせた。
イェータ
(あら……、この王子様…もしかしてリオちんの事、子供って思ってるのかしらん。
リオちんもう18だし、そんなに子供じゃないんだけどねえ…まあいっか。)
…………………………………
朝食を食べて少し休んだら、クリシュナ王子による剣の特訓が始まった。
クリシュナ
「リオ、このサーベルを使ってみろ。お前に直剣は重すぎる。」
リオはこくこく頷いている。
……………………………
クリシュナ
「ほら、遅いぞ!速さで圧倒しろ!」
リオ
「ういっす!」
クリシュナ
「頭で考えるな、感覚を研ぎ澄ませ!」
リオ
「っす!」
クリシュナ
「がっつりステーキが待ってるぞ!」
リオ
「おおーーーー!」
木陰で紅茶を飲みながらイェータは二人を眺めている。
イェータ
(よく続くわねえ、もうかれこれ5時間よ。)
……………………………
お昼の鐘がなってようやく二人は剣を下ろした。
クリシュナ
「よく頑張ったな、リオ。汗を流したら、がっつりステーキだ!」
リオ
「いやっほーーーーーう!」
リオはぴょんぴょん飛び跳ねて回った。
リオは馬に乗っている間も立ち上がって風を受けて笑っている。
クリシュナは落ちるなよと言って笑った。
イェータもため息をつきながら笑っている。
がっつり亭はお昼時で少し並んだが無事にステーキにありつけた。
リオはクリシュナの手のひらに必死の形相でガーリックソースと書いた。
クリシュナ
「ガーリックソースも欲しいのか?」
リオは激しく首を縦に振った。
クリシュナ
「いいぞ、俺もそれにしよう。」
リオ
「よっしゃあ!」
リオはガッツポーズをして喜んでいる。
イェータ
「なにその、ややこしいコミュニケーション。」
イェータは笑って二人を見た。
鉄板の上でジュージューと音を立てるがっつりステーキに香ばしいガーリックソースをかけるとさらにじゅわああああと音がした。
リオは切り分けて口に入れて目を閉じてかみしめる。
クリシュナ
「うわっ………美味いな!」
リオはクリシュナの太くてたくましい肩に、『最高!』と書いて、へにゃっと笑って見せた。
クリシュナ
「頑張った甲斐があったな、リオ。」
イェータ
「あんたたち昼間っから本当にがっつりねえ。」
イェータはレモンソースのステーキを上品に食べている。
イェータ
「ところで王子様、この後、あたしとひと勝負どうかしら?」
…………………………………
3人は王都から少し離れた小さな森にやってきた。
イェータ
「この森で時間内にたくさん獲物を狩ったほうが勝ち。」
クリシュナ
「面白そうだ。」
イェータ
「リオ、時間が来たらこの笛吹いてね。」
リオ
「了解っす!」
二人は駆け回って森の中のうさぎやら鹿を二人は器用に弓で射る。
互角の勝負だ。
その時、クリシュナの研ぎ澄まされた感覚がホワイトタイガーの姿を捉えた。
クリシュナは木の枝を飛び移りながら静かに近づく。
ホワイトタイガーも狙っていた。
口に笛をくわえたまま木の幹にもたれて居眠りしているリオを。
クリシュナは木からホワイトタイガーの頭上に飛び降りると同時に首を切り裂いた。
ホワイトタイガーの大きな体がどさりと崩れ落ちた。
リオ
「ん……むにゃ……。」
リオは目を開けてびっくりして笛を吹いた。
クリシュナは吹き出して大笑いした。
イェータ
「はあ………そんなの狩られたらあたしの負けね。」
木から飛び降りたイェータが首をすくめた。
イェータ
(しかも、アサシン教団の秘儀、飛燕暗殺まで…。なんなのこの王子様。)
3人は狩った獲物をどっさり抱えて街で金貨に変えた。
特にホワイトタイガーは高値で売れた。
イェータ
「勝ったのは王子様だから、これは全部あんたのものよ。」
クリシュナ
「俺は、金はいらん。」
イェータ
「わかってないわね、王子様。あんたはいい暮らしをしてるし大きな宮殿も持ってるけど、それはあんたのものじゃない。あんたは何一つ持っていないのよ。」
クリシュナ
「俺は一人でも構わないし、何もいらん。」
イェータ
「それはどうかしら、急に王様じゃなくなったら、これが役に立つ。
お金は裏切らないわ。だから、悪い事は言わない、持っておきなさい。」
クリシュナ
「なら…リオ、お前に預ける。」
リオ
「俺っすか!」
クリシュナはリオの両手にずっしりとした金貨袋を投げた。
クリシュナ
「管理料でお前に半分やる。」
リオ
「いいっすよ。任せてくださいっす、ちゃんと守ります。」
あっと言ってリオは口を手でふさいだ。
クリシュナは笑ってリオの頭をなでた。
イェータも笑ってリオをつんつんした。
つづく