009[アリスとの出会い]
僕は、護姉さんに軽く背中を押され、
鏡に映る自分しかいない世界に放り込まれてしまう。
合わせ鏡の中、無数に存在する僕は、僕が思っている以上に、
不安そうな顔をしている。
僕は、本当に久し振りに「独りが寂しい」と思った。
物心付いた頃から、僕の存在を邪魔にする者に、
パーソナルスペースを侵され、苦痛を与え続けられるのが嫌過ぎて、
僕は…「自分が一人でいる事が好きなのだ」と勘違いし、
長い時間…、本当に長い間…、
何時の間にかに、そう思い込んでしまっていたのかもしれない……。
僕はゆっくり振り返り、
護姉さんに背中を押され、押し込まれる様に入って来た道をも、
完全に見失っている事に気付く。
僕はどうやら、護姉さんに渡された懐中電灯1個の光のみで、
このミラーハウスからでなければ、いけないらしい。
もっと酷い状態、光源無しの真っ暗な状態で、
何度も閉じ込められた経験があるので、
慣れ馴染んだシュチュエーションではあるが、好きになれない感覚だ。
僕は天井を見上げ、天井の鏡に映る僕と目を合わせ、溜息を吐き、
念の為、獣や蝙蝠等が入り込んでいる事を想定して、
武器にもなりそうな、懐中電灯を右手に持ち、
左手の指を壁代わりの鏡に這わせ、
合わせ鏡の中に存在する沢山の僕と一緒に独り、歩き出した。
どのくらい歩いた頃だろうか?
僕は時計も無く、時を知る術も無く、歩き続けている内に、
不意におかしな事に気付く。
僕はピタッと立ち止り、鏡に這わせていた自分の左手の指を見詰め、
指を擦り合わせ、『綺麗過ぎる』と呟く。
ココは廃墟の筈なのに、鏡に這わせていた僕の指先は、
全く汚れていなかったのだ。
それに最初、気付く事が出来なかったが…、このミラーハウス……。
廃墟にしては、この場所の空気に淀みが無さ過ぎる。と、僕は思う。
それなりに暑くて、僕自身、汗を掻いてはいるのだが…、
夏場、1日留守にした部屋だってココまで、
空気に淀みが無い事、何て事は絶対に無い筈だ……。
ココは明らかに、高温設定ではあるが、空調管理がなされ、
絶える事無く、掃除の手が行き届いている雰囲気がある。
僕がミラーハウスの衛生状態を不思議に思っていると、
『ねぇ~、何故にアンタは、怖いて思わんの?』と、
突然、耳慣れないイントネーションで、
後ろから鈴を鳴らす様な愛らしい声を掛けられた。
僕が驚き、振り返ると、
そこには、ゾッとする程に綺麗な、黒い瞳の真っ白い美少女が、
メイド喫茶のおねぇ~さんが着ている様な、
お洒落なエプロンドレス姿で立っていて、僕を見詰めている……。
僕は考える。入り口に鍵が掛かっていた事から考えて、
彼女は、ミラーハウスに「僕の後から入って来た」と推測される。
出入り口付近に居るであろう護姉さんと遭遇しているのは確実。
高確率で今は、護姉さんと顔見知りになっているのは明白だ。
そう言う理由であろうが、彼女からは、僕への悪意は感じ取れない。
僕は個人的に、
「これは、もしかして、ラブフラグが立ちそうな巡り合わせ?
通常、対人運が宜しくない僕へのサプライズ的な幸運だろうか?
ここで、出会った美少女に、
好印象を植え付けて置かない手はないだろう!」と、こっそり思い。
透かさず、僕は彼女に対して、余所行きの営業スマイルを浮かべ、
『こんばんは、もしかして君も、ドリームキャッスルのテラスで、
バーベキューしてる人達の御連れさんかな?
良かったら、僕と一緒にミラーハウスを攻略しようよ!』と、
僕は相手に日本語が通じるかどうか考える事無く、日本語で話し掛け、
彼女と友好関係を築ける様な努力をし始める。
彼女は2重3重に、驚いた様子を見せ、僕が名前を教える前から
『迎君は、えぇ~子やな』と言って、突然クスクス笑い出し、
『そやね、良いよ!ミラーハウスを一緒に出よ!』と僕の左手を取り、
『これ、御願やねんけど、絶対に、手を放したり、
他の子探したりして、余所見をせんとってな!』と、僕と手を繋ぐ。
僕が『了解。君だけを見ているよ』と言ってから、
彼女に名前を訊ねると、彼女は「アリス」と名乗って、
『早速、護さんとこ行こか!』と言い歩き出す。
そしてアリスは、ミラーハウスの中で、全く迷う事無く、
僕を連れて、ゴール地点まで簡単に辿り着く。その間、僕は…、
斜め後ろから見たアリスを愛で、繋いだ手の感触を楽しんでいて、
アリスが鏡に映っていなかった事に気付く事は無かった……。
そんな僕と、アリスがミラーハウスから出て来ると、
入口に立っていた護姉さんと、
ネズさん、カメダさん、トードーさんは、何故か凄く驚き、
シエンさんだけは、一瞬だけ眉間に皺を寄せ、溜息を吐き、
『マッちゃん達が待ってるから、テラスに戻ろう』と、
とても素っ気なく言って、
目的地のドリームキャッスルのテラスは、一直線に戻れば直ぐなのに、
何故かドリームキャッスルの裏を通る方向、来た道へと戻る様にして、
シエンさんは颯爽と歩き出した。
僕は「何故そんな廻り道をするのだろうか?」と思いはしたものの、
雰囲気的に、誰にも質問する事が出来ないまま、
アリスと手を繋ぎ、来た道を戻る。
その途中、僕は、また、不気味に笑うピンクのウサギのきぐるみ。
裏野ドリームランドのオリジナルキャラクター…、
「裏野ウサギさん」の姿を見た気がした……。
但しそれは、メリーゴーランドの中央の支柱に飾られた鏡の中。
一瞬の事だったので、見間違いかもしれないし、
もしかしたら、そう言うデザインの絵があったかも?な感じなので、
誰にも言わずにいる事にした。
僕等はシオンさんが先導する中、
まるで、行った場所の見回りをするかの如く、忠実に通った道を戻り。
ドリームキャッスルのテラスに戻ってくる。
僕等がバーベキュー会場になった場所に戻ると、
皆が何故か、こちら側に注目して驚いた表情を見せていた。
マツニイも、さっきのシエンさんと同じ様な表情を見せ、
『一緒に戻って来てしまったのか……。』と残念そうに言い。
僕とアリスが居る方向を見ている。
僕が不思議に思い。
「もしかして、僕等の後ろに何かが居るのかな?」と、振り返ると…、
僕の首が、何の前触れも無く取れ、
不気味に笑うピンクのウサギの頭がテラスの床に落ち、
バウンドしてアリスの足元へと転がった。
僕は一瞬何が起こったのか分らなかったが、
アリスの真黒な瞳に映る首だけの自分の姿に驚き、それと同時に、
アリスが僕の姿になっている事に驚いたのだった。