003[ちしゃの森]
蝉が全力で「夏ですよ!」と叫ぶみたいに、
自分の羽で自分の腹を擦って、求愛の歌を歌っている。
僕と護姉さんは、青空の下、炎天下の為に、
人気の無い公園の入口付近の木の木陰に入り、御迎えを待つ。
そこは、歩道の敷石やアスファルトの上より、
土の上なので涼しかったけれども、やっぱりそれなりに暑く、
嫌でも汗が滲んで来る。
護姉さんは『今日も凄く暑いね』と言いながら、
上着のポケットからタオルハンカチを取り出し、、
『ハンカチを持って来なかったの?』と僕に訊ねて来て、
『持ってないと答える』と、自分のだけでなく、
僕の汗も、ハンカチで軽く押さえる様にして、拭ってくれた。
そんな触れ合いの時間を僕がドキドキしながら楽しんでいると、
民家の立ち並ぶ道の交差点から公園前の道に、
白いワゴン車が入って来て、軽く一度、クラクションを鳴らした。
護姉さんは勢い良く振り返り、本当に嬉しそうな顔をして、
その車の運転席に駆け寄って行く。
護姉さんが呼んだ御迎えが来たらしい。
僕は、光の反射で顔の確認ができない帽子を被った車の運転手に対し、
激しく嫉妬しながらも、
自分の存在が忘れられ、この場に置いて行かれる事を恐れ、
護姉さんの後を追い掛ける。
車に近付くと、真黒い影にしか見えなかった運転手の顔が見え、
実年齢より老けて見えるダンディーなオジサン顔に心底驚き、
その、ブロッキングシャツを上手に着こなすイケメン兄さんに向って、
『帽子屋さんのマツニイだ!』と叫んで、僕は勢いよく走り出した。
護姉さんが呼んだ護姉さんのバイト先の先輩は、僕の良く知る人物で、
僕は「マツニイ」に久し振りに会え、嬉しくなってしまって、
護姉さんを押し退け、車の運転席側の窓枠に飛び付いた。
笑顔の護姉さんと、眉間に皺を寄せ会話をしていた相手も、
『え?迎君?』と、驚いた表情をしている。
実は、その人、車で迎えに来てくれた護姉さんのバイト先の先輩、
僕にとっての「マツニイ」は、裏野商店街の帽子屋の息子さん。
僕と同じで、母親が余所の地域から来た人で、
僕みたいな立場にある存在としての「先輩」で、顔馴染み。
元新聞記者で、ジャーナリストを志望する僕の先生だったりする。
僕は、僕専用ではない僕と父の共有PC、
SNSでの遣り取りを思い出し、僕は小さな子供の様に、はしゃぎ、
「迎えに来た車の運転手に嫉妬してしまった」と言う気持ちを忘れる。
マツニイの方は、眉間の皺を伸ばし、
『迎君なら、大丈夫か……。
じゃ、シロは後ろに行け!迎君は隣においでよ』と笑っていた。
僕はマツニイに車に乗り込むよう促され、喜んで、
勝手知ったる穏やかな気持ちで、
素直に迎えに来た車の助手席に乗り込む事が出来た。
僕がシートベルトを締めると、マツニイは僕の方へ乗り出し、
僕の鼻孔に木の匂いと柑橘系の香りを残しつつ、
ダッシュボードのグローブボックスの中から紙の束を取り出して、
『迎君が欲しがってた資料、手に入ったよ』と、
前、僕がブログに書いていた事の資料となった文献より、
更に物証に近い物のコピーを渡してくれる。
こうして「裏野ドリームランド」の裏の歴史の新情報を齎され、
僕の「小学生最後の夏休みの自由研究の資料」として、
マジで、ガチな、黒い歴史資料のコピーを僕はマツニイから貰った。
の…、だが…しかし……。
それをパラパラと見て、簡単に軽く拾い読みしてから、
『これ、新聞に売り込んだ方が良いのでは?』と僕。
『んな事しても、握り潰されるのが落ちなんだよ…、
世の中ってのはな…、小学生が思っている程、単純じゃないんだ……。
地位を持った金持ちが、緘口令敷いたり、
簡単に黒を白くして、白を黒くしたりも出来るんだからな』と、
元新聞記者だった「マツさん」の顔でマツニイは笑う。
それは正直、僕にも理解できる事だった。
身近にも、そう言うネタは、普通に転がりまくっている。
護姉さんも、僕と同じ事を思っているらしく、
『それ言っちゃうと、最初から潔白な国の政策なんて、
無いんじゃないか?って思えちゃうね』と言った。
父親の影響で帽子好きなマツニイは、その御洒落な帽子を被り直し、
『そうだね…、それが本当に、そんなのばっかりしかないのなら……。
一般市民にとって、世知辛過ぎる話だよな』と苦笑いし、
「本当にそうなんじゃないか?」って思えちゃう僕は、
黒い歴史資料のコピーを読みながら、
「ココ内緒!」と手書きメモが入った神情報の個所を熟読し、
箱物政策の裏側について、今度こっそり、
父親と共有するPCを使って、「自分ででも調べて見ようかな?」と、
思い始めていた。
そんな時に何故か・・・
マツニイは『おっとイケナイ!忘れる所だった』と言って、
ドリームランドに行く途中の飲食店の駐車場に車を停める。
マツニイが突然、車線を変更して、駐車場に車を停車させたのは、
萵苣の木林に囲まれた駐車場付きの飲食店。
軽食喫茶「ちしゃの森」。
「ちしゃの森」は、萵苣の木を使用した「家具」や、
樹皮を染料として使った「染物」、
細かい細工の木製「アクセサリーパーツ」に、将棋の「駒」等……。
「家具や雑貨」を「軽食」&「珈琲・紅茶」と一緒に売る店らしい。
因みにそこは、護姉さんのバイト先で、
マツニイにとっては、「バイト先&工房」と言うか……。
「ちしゃの森」と、その周辺の土地が、マツニイの祖父の持ち物で、
家具や雑貨を作る方が、マツニイの今の本職なのだとマツニイが言う。
マツニイは、僕に「その事」を簡単に説明した後、
護姉さんに『ちょっと、工房に行って来るよ』と個人的に言い残し、
僕には『店の中に入って、飯でも食って待っててくれ!』と言って、
頭をポンポンッと優しく叩き歩き去る。
そんな会話の後、僕がなかなか行動に移さないでいると、
護姉さんが助手席のドアを開け、『中に入ろうよ』と僕の手を引く。
こうして僕は、車から降りる事になる。そして、護姉さんは強引に、
軽食喫茶「ちしゃの森」の店内へと、僕を連れ込むのであった。
そこで僕は、肝試しの話題で盛り上がる店内の雰囲気に驚き、
その上、「ちしゃの森」にの店内入って、
短い髪のスポーティーな雰囲気の細身な店員、ネームプレート曰く、
ミツキさんから、定番の『いらっしゃいませ』ではなく…、
僕を無視した言葉、
『シロさんだ!あれ?今日休みよね?』と言う言葉を発せられる。
僕は護姉さんと手を繋ぎ後ろに隠れていた為、気付かれなかったか?
御客様とは、認識されなかったのかもしれない。
そしてその場で初めて、
「所持金0の為、御客様扱いされても困る」のだが、
「されないは、されないで、何だかとっても居心地が悪い事だ」
と言う事を知った。
護姉さんは、この店で『シロさん』と呼ばれているみたいで、
御客様からも、その名指しで声を掛けられ、愛想良く笑って
僕の様子には気付いてくれない。
そんなこんなで、僕が店の空気感に戸惑っていると、
護姉さんに『高校の同級生で、一緒にバイトしているの』と、
簡易的に紹介された。底無しに明るい性格のミツキさんに、
『あ!この子が例のムー君?さぁ~、坊や!お・い・で!』と、
捕獲され、軽々と小脇に抱えられて、
問答無用で僕は、奥のカウンター席に連れて行かれる事になった。