002[僕の周囲の面白くない世界]
護姉さんと、その御母さんが僕の家で一緒に住む様になってから、
半年近く経過したある日。
僕の父が、婚姻届を役所に提出していなかった事が発覚する。
護姉さんの御母さんは激怒して、僕の父を詰り、
この夏休みのクソ熱い中、僕の父に罵声を浴びせ続けている。
僕の父は、「久し振りの会社の休みの日」だと言うのに…、
それを冷めた目で見て、微糖の缶コーヒーを飲みながら、
こっそり、薄笑いを浮かべていた……。
どうやら僕の父は、婚姻届を「出し忘れた」のではなく、
「出さない事を選択した」のであろう。父からは…、
「両親の勧める再婚相手だから、一時の同居は仕方が無い。」と、
暫くは、家政婦として使って、
その内、子供への虐待を理由に追い出す算段を立てていた……。
そんな節が、同居の最初の方から、見え隠れしていた気もする。
正直な話し・・・
同居直ぐから、結婚する相手の息子を虐待する種類の女とか、
「嫁にしたい」なんて、僕の父は「思えなかったのだろうな」と、
僕は思う。だって、僕が「その虐待」で死んだりしたら…、
その責任を一緒に背負う事になるのだから……。
それならいっその事。『息子が再婚を嫌がっている』と吹聴しまくり、
『息子が「彼女と一緒に居る」と言う時間を過ごす事で、少しづつ、
慣れていってくれれば良いのだが……。』と、
適当な建て前を周囲に浸透させ、しっかりと土台を整えてから、
仕事の忙しさを理由に、少しづつ在宅時間を減らし、
「虐待を見ない振り」した上で、「大事」になった後、
『まさか、彼女がそこまで酷い仕打ちをしてしまうだなんて…。』と、
涙を流しながら「悲劇の主人公」を演じれば良いのだ。
そんな僕の父親は勿論、影の参謀タイプな人種だったりする。
自分では、周囲からの風当たりが強くなる立ち位置に就く事は無く。
必ず、自分より上に生贄を立て、その後ろで暗躍する人だ。
こんな僕の父を作り上げたのは、裏野地域に巣食う「イジメ」の風習。
「イジメ」が日常化していた学年。「イジメ」が常態化した学校で、
日々培われた「正義を勝ち取る」攻略システム。
その場の「枠組み内での世論」を掌握すれば、
それが「本物の世論」で無くても、構わない。
皆に「それが世論なのだ」と思い込ませられれば「勝ち組」で、
それが「正義」として成立してしまう。現実の中の異世界設定。
それは日本が、世界に輸出してしまった「IJIME」の基本形態。
護姉さんの御母さんも、そんな文化が稼働する「この地域」で、
僕の父と同じ様に、ずっと
「正義を勝ち取ってきた勇者」なのだろうけど……。
僕を物理的に、精神的に傷付ける優越感に浸り過ぎて、
僕の父に踊らされている事に気付けなくて、
僕の父がこっそり、その会話を携帯のボイスレコーダーに録音する中、
陥れられた罠にも気付けずに、現在進行形で溺れてしまっている。
僕の父は上手に、後で会話を確認してみても、気付かれない様に、
言葉巧みに責任を転嫁する為の言葉を口にしながら、
相手の言葉を誘導し、編集の必要の無い、
自分が優位になるデモテープをその場で作成していた。
僕の父は、今後の展開を考えて、さぞや楽しい事であろう。が!
その御蔭で、それに巻き込まれた僕と護姉さんは、
護姉さんの御母さんに、
『暫く外で遊んで来なさい!』と家を追い出さてしまった。
僕は小さく舌打ちする。父が寝ていて、朝食が貰えなくて、
父親が家に居る恩恵での昼飯を期待していたのに、
小遣いも貰ってなくて、昼前に追い出されてしまうなんてついてない。
而もだ!「飲み水だけでも確保できる家に、居る事すらも、
出来なくなってしまった。」そんな憂目に遭う破目に陥っている……。
本当に冗談でも笑えない。
残念な事に、地元で涼みながら遊べる場所は須らく、
先祖代々、この裏野地域に住まう。虐げる側の人間に占拠されている。
それは間違いない。
それを見守る大人達も、そう言う序列で生きているので、
そこへ行き、何かあった時に・・・
被害者になるのも、加害者として罪を押し付けられるのも、僕等だ。
全くもって面白くない!
『さてと……。護姉さん、これからどうしようか?』と、
途方に暮れながら、僕が振り返り、質問すると護姉さんは、
白いワンピースの上に、日除け用の黒くて薄い上着を羽織りながら、
『そうだわ!迎君、一緒に裏野ランドに遊びに行きましょ』と、
僕に微笑み掛け、僕の手を優しく握り、ゆっくり歩き出す。
それは、同じ家に住んでいても、一緒に居る事が許されなかった。
僕と護姉さんの初めての触れ合いだった。
僕はうろたえ、顔を真っ赤にしてしまったに違いない。
心臓が激しく脈打ち、顔面が熱い。
護姉さんは、歩きながら何度か振り返り、
長く切り揃えられたさらっさらの髪を揺らして、楽しげに、
『秘密基地に連れて行ってあげるわ!』と、
僕を見て、肩を震わせる程にクスクス笑い、僕の手を引いた。
護姉さんの秘密基地があると言う「裏野ランド」とは、
「裏野ドリームランド」の事。
URANO DREAM LANDとは、国内に複数残る廃園。
ネットで検索すれば動画も出て来る有名な肝試しスポットで、
廃墟になって10年越えした「テーマパーク跡」の1つだったりする。
因みに、僕の母親が生きていた頃。僕が乳飲み子だった頃。
遊びに行った写真が残る程度で、
僕には「裏野ドリームランド」に遊びに行った記憶は無い。
更に言えば、僕には一緒に肝試しに行く友達もいないので、
僕にとって、URANO DREAM LANDとは、
肝試し客を集める「廃墟」と言う認識以外は無い。
そして、この時、僕は一人で、言い知れぬ期待に心震わせていた。
「2人きりで廃墟に遊びに行く」の、だと、勘違いしていて、
今年、小学生最後の夏休み。絵日記に書けない。
その事で、絵日記の1頁を埋めちゃ不味い事になる。
そんな、甘いエピソードを一瞬、思い描いてしまっていたのだ。
但し・・・
1分も経たない内に、その勘違いに僕は気付きました……。
高校生だった護姉さんは、僕の目の前で髪を耳に掛け、
ポケットから携帯電話を取り出して、画面に触れて操作し、
『あ!ミツキ?今日、先輩は?あ、うん、ありがとう!……。
あ、先輩!はい、シロです。
今日、弟も一緒に連れて行きたいから迎えに来て欲しいの!』と、
裏野地域に住んではいない。裏野地域とは縁も所縁もない。
裏野地域外の学校に通う同じ学校の友達。
及び、バイト先の先輩と携帯電話で連絡を取り。
車での迎えを手配したのです。
色々妄想してしまった愚かな僕は、護姉さんに背を向け、
こっそり、「ですよねぇ~……。」と呟くのだった。