魔界へようこそ
笑っていたリオは途端に困ったような顔をする。
「優しい奴もいれば危ない奴もいるからね。特に人間であるつばきとさくらは危ない!」
「なんで?」
「美味そうな匂いがするからだ」
レトの言葉を聞いた瞬間、後退りした2人。それに慌てて訂正する。
「俺達は人間の美味しそうって匂いは分かんないから大丈夫!」
素晴らしい笑顔で訂正をするリオ。疑わしい目線を向けていると、レトが話し出す。
「者にはその種族特有の匂いがする。人間は特に美味しそうな匂いがするらしい」
「なるほど。それじゃあ、種族によって美味しそうな匂いかどうか分からない者もいるってこと?」
「ああ。だが種族だけとは限らない。者にもよる。詳しくはまた後で」
レトの説明により、一応納得した2人。猫たちもホッと息を吐く。
「兎に角、事例がないから帰れるかどうか分からない」
「レ、レト!」
レトはスパっと言い切った。リオは慌てるが、気にした風もなく2人を見つめる。つばきは顔を顰める。さくらは何処か遠くを見つめている。そんな様子を見ていた猫2匹は困ったような顔をした。
心配そうにみんなを見つめているリオ。レトは静かに呟く。
「1つだけ方法がある」
一斉にレトの方に視線が集まる。特に勢いよく目を見開きながらレトを見た2人の姿に若干ビビるリオ。それを横目で見たレトは、口角が少し上がるのを感じた。自分で感じただけでほとんど動いていない。
視線を前に向け、全員に告げる。
「その方法は危険が伴う。それでもいいか?」
真剣な表情。全員、ゆっくりと頷く。
頷いたのを確認し、そして一拍置いたあと言葉を紡ぐ。
「魔王カオスに会い、帰る方法を聞き出す」
その瞬間リオの驚愕の声が室内に響いた。レトの顔をまじまじと見つめる。
「・・・まじかよ?」
「まじだ」
「いやでも、簡単に会えるわけ」
「ないな」
「・・・。だったらどうするんだよ~」
呆れたような声。
つばき達はポカーンとしている。まさかここで魔王が出てくるとは思わなかったからだ。
リオ以外のみんなが反論する。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」
「いやいやいや、まさかのラスボス登場?」
「わあ!なんか楽しそうだねー!」
「始まってもないのに早速ラスボスとかクソゲーだな!」
焦っているつばきに、首を傾げているさくら。ショコラは何故か楽しそうで、サラは爆笑。
つばきは目をカッと開き、黙りなさい!と大声で怒鳴った。ショコラはしょんぼりと項垂れるが、さくらとサラは不満気な表情をする。
「その方法で本当に帰れるんですの?」
真剣な表情で問いかけるつばき。
その姿は、不安や焦りを無理やり押さえ込んでいるように見えた。とても苦しそうに、辛そうに。
その様子に気がついたさくらとサラ。しかし何も言わない。言ったところで意味はないと思ったからだ。
レトは外を眺めながら答える。
「可能性はある、というだけだ。保証は出来ない」
「・・・」
つばきの顔が険しくなっていく。そんな表情を見たリオは元気な声を出す。
「可能性があるってことは、前に進めるってことだ!」
胸を張って答える。
「だいじょーぶ!なんとかなるって!」
眩しいくらいの笑顔。その笑顔を見ていると無謀なことでもなんとかなるのではないかと思えてくる。
窓の外を眺めていたレトの瞳は優しさを含んでおり、さくらもサラも笑っている。ショコラなんてニコニコしながら飛び跳ねている始末。険しい表情だったつばきも口元を緩ていた。
「そう、ですわね」
綺麗に微笑んだつばきに満足そうなリオ。
穏やかな空気が流れる。それはとても心地よい空気。温かな雰囲気が室内を包み込むなか、さくらが着物を気にし始めた。
「どうしたー?」
サラがさくらの顔を覗き込む。
「着物が邪魔くさい」
「あー、嫌いだもんな」
「ん。てか、歩きにくいし窮屈だし」
鬱陶しそうに着物を睨みつける。そんなさくらを呆れた表情で見つめるつばき。
家でも外でもずっと着物を着ているが自分とつばきの部屋の中に入った途端すぐに脱ぎ捨てTシャツとショートパンツを履いてだらだらとする。つばきはいつも通り着物姿だが、さくらは着物が好きではないのですぐ脱ぎ始める。
幸い両親とも2人の部屋には寄り付かないので見つからない。本当は家の中でも外でも着物など着たくもないのだが洋服でいる所を見られ蔵の中に1日入れられたことがあった。真っ暗で何も見えず音もほぼしない蔵の中。だがさくらは夜目が利くし耳もかなりいいので恐怖もなくむしろ蔵の中とか入れない為喜々としてはっちゃけた。蔵の中のもので遊び回った。だがそれを毎度されると飽きるので流石に勘弁して欲しいと思い大人しくしてはいるが部屋の中では別だ。
因みにサラは知っており助けようとしたこともあったがさくらが楽しんでいるのと誰にも言うなと口止めされたのでいつも通り過ごすことにしている。つばきはこのことを知らない。知らなくていいことだと思っている為言っていない。
リオとレトはキョトンとした顔で着物を見ている。それに気づいたさくらは苦笑しながら言う。
「あとで説明するよ。兎に角、何か動きやすい服ない?」
リオは少し考えたあと奥にある階段を上がっていく。2階に上がると大きめの木箱を取り出し、ガサガサと音を立てながら何かを探している。
一通り探したあと、上から顔だけ出した。
「俺のお古探したんだけどないっぽい。ごめんな」
申し訳なそうな表情で謝るリオに慌ててお礼を言う。
「いや、探してくれただけで嬉しいよ。ありがとう、リオ」
微笑むと、少し困ったような顔をした。どうにかして服をさくらに渡したいようだ。リオの困った顔を見ながら優しいなと心の中で思った。
ぐちゃぐちゃになってしまった中身を綺麗に整頓していき、取り出した木箱などを元の場所に戻している。どうやらリオは几帳面な性格らしい。
片付け終わり、2階から降りてきたリオに顔を向けるレト。
「ん?」
「買えばいいんじゃないか?」
「そっか!その手があった!」
レトは呆れた表情でリオを見る。リオは目を輝かせ、さくらに向き直る。
「此処から少し離れたところに町があるから、そこで洋服を買おう!」
「え、いや、でも・・・」
チラッとつばきを見る。つばきも少し戸惑っているようだ。助けてもらった上に服まで買ってもらうのは少し、いやかなり気が引けた。
しかしリオは、
「大丈夫!お金ならレトが出すから!」
そう言って聞かない。自分では出さないのかと思いながらレトに視線を移すと、コクリと頷かれてしまった。どうやらレトも賛成しているみたいだ。
な!な!と言いながら迫ってくるリオの勢いに負け、頷いてしまった。
「よっしゃー!ならさっさと行こうぜ」
何がそんなに嬉しいのか分からないが、眩しいほどの笑顔を振りまいている。その顔を見ていると、こっちも嬉しくなってくるなとさくらは思った。
ゆらりとレトが2人の前に立つ。
そして、
「ようこそ、魔界へ」
綺麗な声色に言葉を乗せ、妖艶に微笑んだ。