不安と疑問と指輪
辺りは薄暗く、景色はみな同じ。歩いても歩いても一向に森を抜ける気がしない。喋りもせず、ただひたすら道なき道を行く。
土を踏みしめる音と鳥であろう高い鳴き声。此処に来てからずっと変わらない景色。日が差し込むことがない、ずっと薄暗いままの灰色の世界。そのせいで時間の感覚が分からなくなった。今は何時で何日なのか。朝なのか夜なのか。そもそも時間の概念がここにはあるのだろうか。
歩けども変わらない光景にどんどん不安と疑問が募る。本当にこの2人を信用していいのか。助けてもらったのにそんなことまで考えてしまう。そしてこの2人は何者なのか。どうして耳が長く、尖っているのか。どうして自分達を助けてくれたのか。疑問は積もるばかり。
歩いて15分くらい経った頃、視界が開けてきた。やっと森を抜けられる。2人は安堵のため息を吐いた。
森を抜けると、そこは草原のように広く、何もない。建物などなく、草むらが広がるだけ。
すると突然青年が振り返り、
「あと少しだから頑張れ」
優しい声色で声をかけてくれた。
それに驚いた2人。まさか自分達を心配してくれるとは思ってもいなかったからだ。その優しさが今の2人にはとても嬉しく、安心出来た。表情が和らいだ顔で頷く。
草原を歩いていくと、少し離れた場所に小屋が見えた。リオはその小屋を指し、あそこが家だと言う。
小屋といっても木材で造られた物置小屋みたいなものではなく、まるでロッジのようだ。そこまで大きくはないがシンプルな造りで、住みやすそうだ。
小屋に着き中に入ると木の香りが肺を満たした。外見からは分からなかったが中はそこそこ広く、真ん中に木で作られたテーブルと椅子がある。その奥には階段があり二階に行けるようになっていた。現世でいうロフトだ。家具もほとんど木で作られており、所々花や木の実らしきものが飾られている。落ち着いた空間だった。
椅子に座るよう言われ、少し緊張した様子で座る2人。猫たちはテーブルの端に座る。全員座ったのを確認するとリオは笑顔で言う。
「さ、改めて自己紹介しよう!」
テンションの高いリオに若干引きつった表情のつばき。しかしそんなことお構いなしのリオは自ら自己紹介をする。
「俺はリオ・ヴァンペルト!よろしくな!」
眩しいほどの笑顔に思わず目を細めてしまう2人。リオはニコニコしながら次!と大きな声で言った。
「レト・アレイデ。よろしく」
落ち着いた声。青年はレトという名らしい。
2人はどういう関係なのか少し気になったさくら。
さくらの様子を見ていて分かったのか、リオが話してくれた。
「レトとは小さい頃からの友達なんだ」
笑顔のリオに対してレトは興味なさげ。リオを見ていると、レトの表情はあまり動かないせいか無表情に見える。そのせいか冷たいという印象を受けた。
さくらは目の前の2人に目線を合わせる。
「あたしは妹の高宮さくら。それで、こっちの白い猫が飼い猫のサラ」
「よろしくーす!」
サラは尻尾をあげ、軽い口調で挨拶する。それに続くように、つばきも自己紹介をする。
「わたくしは姉の高宮つばき。黒い猫が飼い猫のショコラですわ」
「よろしくね!」
ひとまず全員の自己紹介も終わり、穏やかな空気になる。ずっと気を張っていたさくら達も、穏やかな空気と共にリラックスし始めた。
ほっと息を吐き、猫たちの頭を撫でると、猫たちは気持ちよさそうに目を細め喉を鳴らす。するとつばきが、真剣な眼差しで目の前の2人を見つめる。
そして、
「ここは、何処なんですの?」
静かな声で言った。
あまりにも真剣な眼差しと声だった。それに応えるように、ずっと笑顔だったリオはその笑顔を消す。いつになく真剣な表情。
この表情を見るのは久しぶりだな、とレトは横目で見て、そう思った。
リオはつばきの目を見て答える。
「此処は魔界だよ」
「…魔界?」
「そう、魔界」
つばきの目が大きく開く。さくらは机に肘を乗せ、手に顎を乗せたあまり行儀よくない状態でじっと話を聞く。
「この世界は魔界で、様々な種類の魔族、魔物がいるんだ。それらの頂点に立っているのが魔王カオス様なんだ」
「魔界の他に天界、人間界が存在する。お互い行き来は出来ない。普通なら」
「てことはあたし達は普通じゃないってこと?」
「そうだな。たまに紛れて魔界に来てしまう人間もいるみたいだが・・・。お前達は違うんだろ?」
レトは鋭い目線を向けてくる。
「紛れて…ってことは有り得ませんわ。わたくし達はあの指輪のせいでこんな所に来てしまったのですから」
つばきは顔を顰める。
「あの指輪・・・?」
「詳しく話してくれる?」
レトが呟くと、リオが優しい口調で話を促す。
指輪が玄関にあり、それを猫たちが見つけ持ってきたこと。その指輪のケースを開けた途端、眩い光に包まれ、あの森に来ていたこと。丁寧に話しをしていく。2人はつばきの話しを真剣に聞いていた。
話し終わると静寂が訪れる。2人は何か考えているのか、何も話さない。
暫く沈黙が続くと、口元に手を当てて考え込んでいたレトが口を開いた。
「その指輪を見せてくれ」
その瞬間つばきが大きな声をあげた。
「あ!!」
「おわっ!な、なに!?」
つばきの悲鳴に驚いたさくらは変な声をあげる。しかしそんなことお構いなしにつばきはさくらの肩をガシッと掴む。
「忘れてましたわ!あなた指輪をどこにやったんですの!?」
「あ」
すっかり忘れてたというような表情のさくら。
ドラゴンに襲われる前に指輪のことを聞かれ、探していたことを思い出した。しかしあの時、どこにもなかった。
慌てて立ち上がり、跳ねたりくるくる回ったりしたがどこにもない。つばきも一緒に探したが一向に見つからない。リオとレトは探している様子を不思議そうに眺めている。
探していた2人はとうとう口論をし始めた。
「本当にどこにやったんですの!?」
「それが分かったら苦労しないっつーの」
「そんなこと言ってる暇があったら探し出しなさい!」
「あーあーうっさいなー、これだから小姑は」
「な、なんですって・・・!?」
探すのをやめ、お互い睨み合う。口論はエスカレートしていく。
「大体だらしがないから、なくしてしまうのですよ」
「はあ?誰がだらしないって?」
「貴方ですわ」
「つばきに言われたくないね!歴史の本を買ってきては床に積みまくってさ。足の踏み場はないし汚いし」
「そんなに汚くありませんわよ!さくらの方こそ、床に漫画の本やらゲームやら置きっぱなしで汚いじゃありませんか!」
「はあ!?どこが汚いっていうのさ!」
「全てですわ!」
目の前で繰り広げられる喧嘩にリオはおろおろしていたが、なんとか止めようと2人の間に割って入った。
「まあまあ2人共、落ち着いて?」
「「リオは黙ってて(なさい)!!」」
「はい」
2人の迫力に負け、すぐさま退散。情けない顔をして戻ってきたリオを一瞥し、未だ言い争っている2人を見たレト。どうやって止めようか考えていた時、サラが服を引っ張ってきた。
「どうした?」
「さっきからさくらの帯のとこからキラキラ光ってるのが見えるんだ」
「おび?」
「あ、さくらの胸の下に巻いてあるやつ」
サラが言ったように胸の下に巻いてある綺麗なピンクの布を見てみると、微かに光るものが見える。
何か挟まっているようだ。
レトは立ち上がり、さくらの傍に寄る。そしてじっと帯を見つめる。
言い争っていた2人だがさくらの隣でじっと立っているレトが気になり、自然と止まっていた。じっと見下ろされているさくらは居心地が悪くなり声をかける。
「レト・・・?」
すると目線を合わせ、
「悪い」
と言い、おもむろに帯の中に手を入れた。
びっくりして固まるさくらに、同じく固まるつばき。リオだけが焦ったように、おい!と声をあげる。レトは気にする様子もなく、帯の中に手を突っ込んだまま長い指先で中を探る。固まっていたつばきだったが我に返り、慌ててさくらを引き寄せようとした。
その瞬間、帯から手が離れる。
レトは全員にも見えるように腕を低めの位置に持っていき手を広げた。その中には指輪が転がっていた。
「指輪!!」
硬直していたさくらが叫ぶ。
「あ、やっぱり光ってたのって指輪だったのかー」
「え?」
サラは呑気に言ったが、さくらとつばきは訳が分からないというような表情をする。サラの代わりにレトが説明する。
「サラが教えてくれたんだ。さくらの帯に何か光ってると」
「そ、そうだったんだ。いや~びっくりした!」
「悪かったな」
ぽんぽんとさくらの頭を撫でる。その感触はどこか懐かしく、温かい気持ちになった。
このようなことをしてくれた人などいないのに、どうしてだろう。
少し考えたが、一向に思い浮かばないので考えるのをやめ、この手のぬくもりを黙って感じていた。
さくらの頭を撫でたあと、改めて指輪を見る。見たこともない指輪。
2人の様子を見ると、難しそうな表情をしている。何を考えているのか分からないが、あまり良いことではないのだろう。
考え込んでいたリオが口を開く。
「つばき達が魔界に来ちゃったのはこの指輪のせいだと思う」
「やっぱりそうですの」
指輪を見ながら呟く。レトはつばきに指輪を渡しながら言う。
「この指輪には相当な魔力が封じ込められている。きっとこの魔力のせいだろ」
「魔力って・・・あの魔力?」
「さくらの言ってる魔力がどれなのか分からないが、人間は無駄に魔界の知識があるからな。たぶんそれで合ってるだろう」
「まじか」
ファンタジーの世界で存在する魔力や魔法。それが此処では当たり前のように存在する。それは2人にとって信じがたいことである。
つばきはふと、思っていたことを口にする。
「わたくし達、帰れますわよね?」
その瞬間空気が変わる。
静まり返った室内。誰も声を発することが出来ない。
つばきは震える声でもう一度言う。
「帰れ・・・ますわよね?」
「つばき・・・」
さくらは心配そうにつばきを見つめる。リオは困ったような表情をし、レトに目線を移した。それに合わせ、全員がレトを見る。
期待、不安、焦り。
様々な感情が見え隠れしている瞳が、レトに集中する。そして、口を開く。
「それは、分からない」
重い空気が流れる中、落ち着いた声が鼓膜を揺らす。
「魔界に来てしまった人間が生きて帰れたという話は聞いたことがない。ましてや、生きているという話さえもだ」
「それって」
「魔物に喰われるか、魔族の奴らに殺されるか。又は誰にも見つからずに餓死などが原因だろう」
「だから、俺達に助けられたってことはかなりラッキーだったってこと」
「ラッキー・・・」
「そう!俺達は魔族だけど低級な種族ではないから、人を喰ったり襲ったりはしないんだ。逆に友達になりたいぐらいだよ!」
ニッコリと笑うリオ。その言葉に、瞳に嘘は見えない。