入学③
華やかなBGMに合わせて新入生の行進が始まった。会場の至るところから拍手が湧き上がる。これから式が始まる、という緊張感が身体中に走った
体育館には新入生の私たちが座れるようにパイプ椅子が前の方に整然と並べられていた。そこに担任に先導された1,2組の生徒が次々座っていく。私たち3組も常原先生の指示に従って着席する
とても息苦しかった。無意識に呼吸を止めていたようで酸欠状態緊張すると無意識に呼吸を止めるのが私の癖らしく、母親に悪い癖だと何度も注意されていた
座ってから少しの時間をおいて、私はゆっくり息を吐き出す。程よく落ち着いたところで周りを見渡す
ふと体育館入り口に立っていた女性教師と目が合った。グレーのスカートスーツに髪をアップでまとめている。鋭い視線はまっすぐ私を見ていた――がそれも一瞬のことで視線は既に別の方向に向けられていた
私は再び辺りを見回す
プレハブ造りの体育館。壁中に校章が印刷された横断幕が張られている。舞台隅に植木鉢に入った花々が添えてあり、華々しい演出が施されていた。とてもシンプルな入学式である
私たちの後方に先輩方に当たる2,3年生や保護者たちが多く集まり、壁側やいちばん後ろに教職員の先生方が立っている
驚いた。2,3年の先輩たちにはパイプ椅子などの用意はされておらず床に腰を下ろした状態だった
4月とはいえ気温はまだまだ13度程度。手を撫でさすったり微かに震えている先輩女子生徒が数人くらい居た。体育館だと尚更寒く感じる季節。彼女たちを見ていてとても心配になった
たとえ2,3年生であっても入学式という行事なのだから椅子に座らせるくらいの待遇は無いのか。だとしてもひざ掛けなどの持ち込みくらいさせてあげればいいのに。私は学校側の配慮の無さに唖然とした
彼らの表情をよく見てみると髪を垂らしてずっと俯いていたり、面倒くさそうに気だるげな目をして新入生たちの行進を見ていた。暗めの印象の生徒が多く、逆に派手な見た目をした少数の生徒たちが目立っていた。後者の生徒たちは今にも嚙みついてきそうな視線をこちら側に寄越していて、とても良い印象とは言い難かった
…こんな先輩方がいて、この高校は本当に大丈夫なのか
内心動揺しながらも彼らから視線を外し、気を取り直して教職員たちを見ると…彼らも似たような状態だった
起立はしているのだが歪んだような猫背といったあまりにも態度と姿勢が悪く、これが教師かとツッコミを入れざるをえないほどのひどい有様なのだ。平気な顔をして館内で喫煙する教師、体育教師だろうか、紺色のジャージを身にまとい右手には剣道部が使う竹刀を手で弄んでいる教師もいた
…入学式で保護者が出席するというのに、堂々と喫煙したり、持っている竹刀は手放さないんですか
呆れつつ半ば関心しながら表情を観察してみると、彼らの顔からはあからさまな嫌悪感がにじみ出ているのが分かった。それは新入生としてあまり居心地がいいとは思えない表情だった
…なんだか、私たちを歓迎している雰囲気ではないんだけど。気持ち悪いなあ
不気味な空気を感じ取りながら私は先輩たちと同じように、教職員たちから逃れるようにして視線を逸らした
新入生の行進は思ったよりも早く終わった
それもそのはず
3組だけでは無く、ほぼすべてのクラスでこの入学式を欠席した生徒が半分以上に上ったからだ。現に今、新入生に用意されていたパイプ椅子の半分以上が空席のままである
司会役の教師が今年の新入生の数は417人と言っていたのでおよそ200人近くが出席しているという計算になる
そう考えると、どうやらこの高校に入学してくる生徒は不登校が多いらしいと思った
だがよく観察してみると2,3年生は新入生よりも人数が4倍近く多かった
2学年合わせて、の人数だとしてもそんな4倍も差がつくことは不自然。つまり新入生の私たちの代の登校拒否者が多いことを表していることになる
たまたま私たちの代の不登校者が多いだけなのか…?
入学式すら終了していないというのに書面やらなんやらで怪しいことがいくつも出てくると、必然的に高校自体を疑い始めてしまう。そしてそれは高校の何もかもが疑わしく感じて、裏社会と繋がってるんじゃないかという異常な妄想までを引き起こす。馬鹿馬鹿しい、と私はこの考えを振り払って入学式に集中した
式が次々進行していく
教頭先生や来賓者の挨拶などが次々と進んでいく
そこで私はふと疑問に思った。校長先生がいない
学校の顔とも呼べる大きな存在の校長先生がいないのだ。欠席ならまだしも、その話題について一切の説明がなされてないのだ。つまり存在していない。私はここまで考えて無意識に体を震わせていた
結局永遠と湧き出る疑問を考え続けていたため、来賓者たちの顔や話に集中出来ず、聞き取れなかった
カメラやマイクを通して話がなされてるとは言え、映し出されているスクリーンは色が褪せていたりマイクも雑音がかなり入っているなどと、コンディションが悪かったせいもあった
なによりも、なんだかこの入学式事態が靄に包まれているような感じがして、後で様子を思い出そうとするも記憶が非常に曖昧になってしまうのだ
それでもこの高校で良い学びが出来ることを期待している的な話はされていたと思う。どなたの話していた内容かまでは全然思い出せないけど
様々な挨拶が終わったあと、CDによる校歌が流された
なんでも、最近若者に流行りのアーティストのプロデューサーが作詞作曲なされたとかなんとか。それは私も知ってる有名人で、ポップな曲を多数発表している
校歌の感じもポップ調で、いかにも流行りに敏感な女子高生たちが好きそうな曲だった
しかし周りの新入生たちはあまり聴く気が無かったようだ。表情を変えずに俯いてる生徒が多い
…無表情で寡黙な学年、か。そしてポップ曲に興味無し。彼らは何に興味あるんだろう
曲が終わって式の終盤。私はこの学年に興味が湧いてきた
あっという間に入学式が終了した
最後に教頭先生の締めの挨拶があり、式が終了。やっと緊張が緩んできた
これで私たち新入生が退場かなと私たち新入生が思ったその瞬間――
「それでは保護者の皆様は退席して下さい。講堂にて説明会を行わせていただきます。会場まで誘導します。移動をお願いします。なお、新入生の皆さん及び2,3年生はその場に残っていて下さい。」
『!?』
驚いた。
保護者を先に退席させる入学式など聞いたこともない
新入生の周囲で戸惑いの声が上がった
早く帰らせてくれ、といったざわめきが聞こえる
私もリオちゃんに話しかける
ねえ、式の後にそのまま残ってって話、先生から聞いたっけ
「………聞いて、ない。」
間を空けて彼女はぼそりと答えた。彼女もイレギュラーなこの状態について戸惑っているのだろう
「…というか、入学式のあとの話、されてな…」
彼女が言い終わらないうちに司会の先生の言葉が館内に響いた
「それでは今から生徒会活動に移ります。2,3年生は前に集まって下さい。」
生徒会活動…!?どういうことだ…??
新入生一同、この状況が吞み込めていない
しかし考える時間は与えられなかった
質問する暇もなく、いつの間にか私たちは後ろにいた先輩たちに囲まれていた――
こんにちは。続きがやっと書けました。お待たせしてしまいいつもすみません!
今回でこの章は終了します。次の章でいよいよ本題に入れそうです。
P.S.永らく更新を止めていましたが改稿致しました。
少しずつ進めていきますので気長に待ってていただけると幸いです。