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学園×ミヤ  作者: 森本枦絵
入学式
3/8

入学②


 法律が改正されるまでの期間、わずか2週間。施行まで5年を要した

 なにせ全国47都道府県それぞれに国立の高校を作るのだから莫大な年月と費用が必要なのは当然だった

 それでも5年は早すぎると思う。一度に47校の高校を建て、そこに勤めさせる教職員を全国から集めたりしなければならない。近年教員不足だとニュースになってたくらいだ。少なくとも10年は要するといった考えが世間的に広がっていた

 だからこんなにあっさりと高校設備を整えられると今までに政府が、少子高齢化社会対策一つを決めるために費やしてた長い年月が嘘のように思えるのも仕方のないことだった


 首相の会見は全国でテレビニュースやネット配信で生中継され、今まで政治に一切興味関心が無かった人々が食い入るように会見の様子や液晶を見つめてるという異様な光景が日本中で広がった

 国内すべての中学・高校で授業の一環として、会見生中継を見させられたという。またほとんどの国内企業でも同じだったそうだ

 皆が一様に動きを止めて会見を見ていて、上司と一緒に見ていた母は「ああ世界が終わるとはこのことか」と思ったらしい


 ――本日を持ちまして、法改正を行う案が可決されました。内容は今の若い世代に、思う存分に勉学を励んでいただくため、高校の制度を整える、というものです

   日本国憲法はそのままに、義務教育課程は小・中の9年とします。ですが、中学校を卒業する段階で成績が惜しくも、最下位だった生徒は入学費用、授業料は免除で国の設立した高校に、入学していただきます

   また、家庭の事情などでどうしても高校に行けない、という生徒も入学していただけます。その生徒たちも学費などが免除対象です

   今の学生には「学ぶ」事がとても大切です。私は、18歳までの若者すべてが安心して学べる環境を提供したいと思っております――

 会見終了直後は異様なまでの沈黙が辺りを支配した

 誰ひとりすぐに言葉を発することが出来なかった

 この堂々たる説明振りに誰もが圧倒されたのだ

 ――なぜ今更教育改革を?

 ――学費免除?そのための資金はどこから持ってくるのか?

 ――18歳までの学生は必ず高校に行かなければいけないというのか?

 ――そもそも他に優先すべき政策があるだろう

 訊きたいこと言いたいことは山ほどあるが、誰も口をひらけない…それほど印象強く、歴代稀に見ない堂々たる会見だと揶揄された

 会見模様は数多の人気動画投稿サイトに生放送で投稿され、1日も経たないうちに総再生回数が1億回を突破した

 この会見が行われた時、当時6歳の私は何か大きなことが起こっていると思っていたが、幼すぎてあまりよく覚えていなかった

 覚えているのは両親が悲しそうな顔をして私とお兄ちゃんを見つめていたこと。そしてその日の夕食が母の得意料理のカレーライスで、今まで食べてた中でいちばん美味しくなかったこと

 でも次の日には何事も無かったかのような雰囲気が食卓に流れてた。前日のカレーも何故かとても美味しく感じられた

 だから私は気にしなかった

 ――私には関係無い

 そう思ってた。まさか自分が一連の騒動に巻き込まれるとは思いもよらなかったのだ



 ぼんやりと幼きあの時の記憶を懐かしみつつ、私は自分のクラスと指定された場所に向かった

 現時刻は8時29分頃

 教室に入る時刻が8時30分と指定されておりギリ間に合うか間に合わないかくらいの時間。にも関わらず廊下にはまだまだ大勢の人々がいて、彼らの流れはとてもゆっくりである

 そんなに急ぐこともないかと、私もその流れにゆっくりと乗ることにする

 真新しいカバンから昨日学校から送られてきた書面を開く

 今日の予定や私個人のクラスや番号などの全ての情報が書かれている。クラス発表についても書かれており、私が在籍するクラスは3組と記入されていた

 3組か。どんなクラスなんだろう

 不安に駆られながらも期待感が私の機嫌を上昇させる

 そう言えばこの書面は春休み期間終了ギリッギリの昨日届いたんだよね。焦ったなあ


 学園からの書面はなかなか届かなかった

 卒業時に成績最下位者は個別で校長に呼び出され、自分が学園に入学する旨を聞かされるのが毎年恒例らしく、3月下旬には学園のあらかたの情報は入手していた

 だが、肝心の入学式や持ち物、物品購入費用等の連絡が一切通達されず、とうとう入学式前日を迎えてしまっていた 

 さすがに遅すぎる。普段のんびりしている私が不安を覚えすぎて学校側に問い合わせ電話を何度もかけようと思ったくらいである

 昨日の15時過ぎ。やっと書面が届いて私は心からほっとしたのだった

 安心したまま、三つ折りになっていた紙を開いて目を通しているとなんだか妙な違和感を覚えた

 クラス、学籍番号、私に関するすべての情報が書かれている。それらは明日張り出しとかでは無いらしい

 普通の高校ならクラス発表は『本校までお越し下さい』というはずなのに。変わっているな。そこが新しい高校のポイントなのか。書面で通知するなんてとても珍しい

 以前、中学の時の友人になかなか書面が届かないことを相談したことがあった。その時彼女は「届かないなんてことは絶対無いよ?大丈夫だよ。待ってたらすぐに来るって!ちなみにクラス発表は大抵現地まで行って確認するもんだよお。」とカラカラと笑っていた

 彼女は私の唯一の友人であり県内の国公立で指折りのトップ校に合格を決めた。更に彼女には高校に通っている姉がいるのでこのような相談にいくつか乗ってもらっていた。おかげで高校で必要であろうと思われる情報や教材を揃えるのにそんな苦労はしなかった

 ――クラス発表は現地で確認する

 彼女はそう言った。しかし、この高校はそうでは無かった

 こんなイレギュラーな高校大丈夫か。過剰反応のしすぎなのかもしれないが、私は心配になってきた

 結局その勘が正しかったりするのだが、それに気付くまではまだ少し先である


 私は何故か、クラス発表に関しての部分がどうしても引っかかってしまい、なかなか書面の内容が頭に入って来なかったのだった

 そうこうしているうちに私は階段を上りきり、突き当たりの角を曲がって自分が指定されたクラスの前に到着した

 中から生徒たちの話し声は聞こえてこない。もう私の担任とやらが来ているのか。早いな、さすが国立高校は違う

 そう思いつつ後ろのドアから入ってみて、唖然とした

 担任らしき人は見当たらなかった

 そして教室内には数えられるくらいの生徒しかいない。机がざっと30はあるのに数人だけしかいない

 彼らの見た目はほぼ不良のようなカッコをした生徒だったり、髪を顔の前に垂らしてぱっと見が男か女かも分からないような生徒だったり、と様々な同い年の子たちがいた

 内心驚きつつ私は平然を装って自分の指定された席に着いた

 私の席の周りは誰も座って無かった。机の上や横にカバンが無かったのだからまだ登校していないのだろう。…いや、もう30分をとうに過ぎているのだから遅刻だろう。最も、私も人の事は言えないけど

 その後も何人か生徒が教室に入って来た。だが結局部屋に揃えられた机の数の半分にも満たない人数しか登校して来なかった

 指定時刻の数分後、ガラガラと大きな音を立てながら女性が入って来た

 ヒールの音が教室内にこだまする

 細身の女性でくっきり二重。はっきりとした顔立ちで、彼女の着てる黒のスーツがさらに彼女のキリリとした印象を強くさせるのだった

 「皆さんおはようございます」

 少し低めの凛とした声で女性は私たちに挨拶した。

 「本日から 担任になりました、常原つねはらです。よろしくお願いします。自己紹介など細かいことは入学式後のホームルームで行いますので省略させていただきます。その時は皆さんにも自己紹介など簡単に行ってもらいます。では体育館に移動して今から入学式です。廊下に出てください」

 にこりとも笑わず、機械のような説明で常原先生は壇上を降りた

 残された私たち生徒はのろのろと廊下に向かう。誰も何も言わない

 並び順はどうするのか、戸惑っていると常原先生は機械的に支持を出した

 「並び順は女子が前、男子が後ろで適当で大丈夫です。名前は呼ばれませんので一列に並んでください」

 私たちはもたもたと並びだす。

 並び終えたとき前にいた私より背の低く、暗めの印象の女の子と肩がぶつかった。ごめんと即座に謝ると彼女は陰鬱そうな眼でこちらを見た

 「…だいじょうぶ」

 かすれた声で聞き取りにくかった。それでも誰も話そうとしないこの空気の中で、ひとこと交わしてくれたことが私にはとても嬉しかった

 常原先生が列を先導し、歩き出した。私たちも後に続く

 ひとこと交わしてくれたことが嬉し過ぎて私はその子に小声で話しかけた

どこの中学校から来たの?

 「…季水きすい中」

 たどたどしく、それでも嫌がってる様子は無く彼女は私の質問に答えてくれた

 名前聞いてもいい?

 「…神崎、鈴緒りお

 リオちゃん。いい名前だなあ。私は雅。よろしくね

 「…みやちゃん。よろしく」

 小声同士、誰にも聞こえないくらいの小さな会話

 これが今後一生深く関わっていく、高校で唯一の友人になるリオとの初対面だった


 この後の入学式で大きく時は動き出す。

 どんな式になるのか誰も予想しないまま、私たちは吹奏楽部が奏でる何かの曲をBGMに、体育館に足を踏み入れた

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