入学①
入学式の朝はよく晴れていたと思う。雲一つない快晴でウグイスの鳴き声が響き渡っていた
歩道の隅に小さく咲いた花を目で追いつつ、私はその高校にたどり着いた
新品のローファーが太陽光で輝いてまぶしかった。同時に履き慣れていないため、足の小指の部分や踵がとても窮屈で痛んだのも未だに覚えている
私の名前は令柊雅。7月の誕生日で16になる新入生だ
初めての高校生活が不安…、という誰にでもある悩みを抱えながら私は高校の門をくぐった
門の隣に置いてあった『入学式』の文字の立て看板が非常に目立つ。この学校の書道教師が書いたのだろうか、とても達筆である
高校のイメージが「怖い」のひとことしか持ってない私は不安で仕方なかった。何故なら、ここは普通の高校ではないから。事実やそれと異なる数多の噂が飛び交うこの学園は他校よりも遥かに異彩を放っていた。
そんなところに入学するのだ。不安でないはずがない。最も、不安を感じていたのは私だけでなく、今日ここに入学してくる生徒全員が思ってた事だろうとも思う
…そして、噂の数々を覚悟していた通りだと理解するにそう長く時間はかからなかった。
家の最寄り駅まで数分歩き、電車に乗って20分。そして5分ほど歩いた場所に高校はあった
国立奏芽高校。これが私の通うことになった高校の名前。そして、私の運命が変わった場所
ここは普通の高校とは違う。制度も高校自体の仕組みも全然違うのだ
何がどう違うのか…時は遡ること10年前である
10年前。年号、帯綾18年
その頃の私は小学校に入学するかしないか、くらいの年であった。そのため当時がどんな状況になっていたかはよく知らない。父や母から話を聞くのみである
2人の話をまとめるとこうである。当時の日本は解決しなくてはいけない問題が山積みであった
外交がうまくいかなかったり、温暖化対策が一向に進まず環境破壊を止められなかったり、経済低迷により日本が徐々に衰退していった
中でも特に深刻になったのは高齢化社会だ。給付するための年金がある年急激に膨れ上がって前年の幾倍となり、政府の財政を大幅に圧迫した
国家予算の財源の半分は社会福祉として高齢者に配分されたらしい
税金を増やさざるを得なかったため税率が一気に20も%引き上げられ、生活がままならなかった国民が数多く居たらしい。
そんな現代社会の日本、今や人口の半分以上が高齢者だ
政府の財政運営がうまくいかず、赤字は年々増加し、日本が崩壊するのは時間の問題だった
この危機的状況な当時の日本を取り仕切っていた内閣総理大臣は堅田良継首相。妻子持ちで愛妻家であると有名だった人物だ
だが当時の日本をどう考えていたのか、世論では政治家であった彼を疑問視する声があった。なぜなら彼の肉親は彼が幼少期に亡くなっており、また親族との繋がりが薄く、高齢社会への関心が非常に低かったと言われているからだ
何故彼が首相に抜擢されたのか、今でも分からない、裏で何かあったのではないかという推測が今でもネット上で蔓延っている
逆に彼の関心が高かったのは意外にも、教育だった。メディアなどによると学力向上を図ることで今後の日本の未来を決定させるに違いないと過信していたんだとか
きっかけは帯綾17年度の全国学力調査の結果は過去最低を記録した、というニュースが流れ世間に衝撃を与えたこと。それも年毎の平均よりはるかに劣ったという結果だったのだ
帯綾17年から首相を勤めている堅田氏も激しく衝撃を受けその会見が話題になったくらいだ
――今の若い世代には勉強してもらわなくては困る。何か対策を打たねばならない。今後検討を重ねていく――と答弁をしたらしい
もっと他にやることがあるだろう。野党の国会議員だけでなく、与党の一部までもがそう叫んだらしい。ただでさえ日本経済の円安が加速し、1ドル160円台を突破し前代未聞の状況下での発言。批判も当然だった
与党内部での分裂が起こるとあってはさすがに堅田政権も反対派を押し切れず、即日にも解散総選挙を行うんじゃないか――。誰もがそう思ったに違いない
しかし彼はわずか数日のうちに政策を閣議決定し、あっさりと教育に関する法改正を行ってしまったのである
このニュースが伝えられるとさすがの国民も驚き呆れ、反対する団体が多く現れた。SNS上で大量拡散され、国会前でデモが昼夜問わず行われた――が、それも1週間も経たないうちにぱったりと無くなってしまった。
これもまたネット上では裏で取引されたのではないかと憶測が飛んでいるが真実かどうか定かではない
法律が改正され、その政策が施行されたのは5年後の帯綾23年。私は小学5年生に上がった時だった
そもそも『法改正』とはなんなのか
簡単に言うと国が作った高校に特定の生徒を強制入学させる、という内容だ。特定の生徒とは『中学校卒業時点で学力が学年最下位になった生徒』である
彼らを全国それぞれの中学校から1人ずつ集め、47都道府県に1校ずつ存在する国立高校に強制的に入学させるのだ。そこで学力向上を図ろうと政府は法改正を行ったのだった
…その高校に私は今年、入学を決めてしまった。言い換えると中学卒業時の学力最下位は私なのであった