表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮題 銀木犀と金木犀  作者: 松尾英子
9/10

秘密 其の弐

波留が母の典江に呼び出された日。

実は同じことが2年ほど前に繰り返されていた。

それは二年前の夏休み、波留が五年生、有紀が6年生で、尚子は中学三年の受験生だった。

一応、受験生の尚子は夏季講習へ行っていたが、あまり勉強はしていない様子で落ちこぼれている。

同じ頃、小学生二人は子ども会の活動で、日々忙しく出歩いていた。

つまり家で留守番をしていたのは朋子だった。

その朋子を典江は呼び出す。

「あ~朋子、今一人なの!?…そうよかった。じゃあ、悪いけどちょっと頼みたいことがあるのよ。旅館まで来てくれないかしら!?…そう、お願いね。」

朋子は、母の典江に「頼みごとがある」と言われ、夏休みの昼下がりに母の待つ旅館へ向かった。


旅館には、お客が出入りする表玄関と、従業員通用口である裏口の二ヶ所がある。

そして朋子は母に言われた通り、裏口から入って行った。

各階に仲居用の休憩室が設けられていて、それぞれの専用ロッカーが置いてあり、畳部屋になっていて寛げるようになっている。

大抵はそこにいるはずなんだけど、珍しく空いている客室へ呼ばれた。

「ねえ、なんで客室なの!?」

朋子は不思議そうに母に尋ねる。

「そうねえ、他の人たちに聞かれたくないからよ。」

典江は会話を聞かれたくないのだと言った。

「ふーん…ところで頼みたい事って何!?」

朋子は典江の用事を済ませ、早く帰りたいと思った。

「実はね、おじさんがアンタに参考書を買ってくれるそうよ。」

典江は、本題からではなく、まず最初に朋子を物で釣ろうという腹積もりらしい。

朋子は「なんで!?」と聞いた。

同級生のお義父さんでしかない人に、どうして参考書を買ってくれるというのか、不思議に思った朋子。

「うん、アンタにちょっと買ってあげたいから、ドライブに付き合ってくれっていうんだけど…いいわよね。」

何とも強引な話である。

「ふ~ん、頼みたい事ってソレだけ!?」

朋子は典江の話に裏があると疑うこともなく承諾する。

だが、そこには罠が仕掛けられていた。


何も知らない朋子。

誘い出されるがままに、典江の男の車に乗り込み出掛けた。

数時間後、朋子は自宅近くの公園で下され、その日は具合が悪いと言ってベッドで寝込む。

誰にも打ち明けず、それから数回誘い出される度に、朋子は汚され続けた。

やがて一年後、波留の入院がきっかけで、男と典江の企みに気づく。

そしてようやく男との関係を清算した。

一年近く、朋子は男に弄ばれた。

当然、この計画に母の典江は加担している。

それでも朋子は誰にも何も言わずに耐えていた。

だけど波留が典江と男に向かって、激昂する姿を見て感激し、自分も嫌な事にはキチンと意思表示しなくては…と改めて思ったという。

その波留の意志の強さを見て、波留にだけ朋子はそっと胸の内を打ち明けた。

勇気をもらった朋子は、やっと本音を言えた。

それから一年。

今度は波留がターゲットにされた。




波留は典江に呼び出され、旅館へ何時ものように裏口から入って、母のロッカーがある休憩室へ向かう。

けれどそこに母の姿は無くて、客室にいると教えられた。

『なんだ、まだ仕事中か…。』

波留は母が仕事をしていると思って部屋に向かう。

すると普段は滅多に使わない客室に居た。

「へえ、この部屋にも客が入るんだ。」

波留が呟きながら部屋をノックする。

すると中から典江が出てきた。

「あら、アンタよく知ってるわねえ。この部屋は端っこだから、滅多に使わないのよ~。」

典江は、波留に声を掛けつつ、中へと促す。

「うん、でもさ…ココの九階って、出るんでしょ!?」

そう、実はいわくありげな部屋が最上階にある。

「へえ、アンタってそんなことも知ってんだ。」

旅館にはありがちな話だ。

「うん、支配人の娘と同級生だもん。」

そう、波留の小学校からの同級生に、清浦雪乃という子がいる。

雪乃の母は、実は再婚なので、今の父親は実父ではないのだが、弟と双子は今の父の子だ。

そんなわけで、雪乃と波留は友達として仲良く付き合いがある。

雪乃の両親は、波留と仲良く付き合うように言うのだそうだ。

だからというわけじゃないが、旅館の女将にもよく波留と雪乃は可愛がられる。

それで、小学生の頃からたまにお小遣いをもらったりして、何かと二人でいることが多かった。

その雪乃から、「九階のあの部屋は出るよ。」って、しっかり曰く付で教えてもらったんだよ。

まあ、この手の話は、古い温泉宿にはどこでもあるんだけど。


というような、夏休みには付き物のホラー話をして、波留は母の典江とコミュニケーションを図る。

典江の方も娘たちの中で、波留が一番社交的だと思っていた。

ただ、それを認めるのは癪なので、典江はいつも尚子を引き合いにしては、波留を貶める言葉を発していた。

今日も「アンタは誰にでも愛想振りまいて…厭らしい子。」と言い、「尚子は、まったくそういうところが無くて、プライドが高いわねえ。」と言う。

要は、波留の事をお調子者と言いたいようだ。

その評価、微妙に間違ているんだけど…この人に言ってみても仕方がない。

機嫌よく話していても、必ずこの人はこの場にいない尚子を引き合いにしてくるが、肝心の尚子は典江が思うほどの器も人望も全くない小心者だ。

その証拠にいつも朋子や有紀に来客があると任せてしまう。

そして母の不倫についても、一切見ないで向き合おうとしない。


波留は諦めて「要件は何!?」と単刀直入に聞いた。

どうせロクな話じゃないのはいつもの事だ。

「ああ、アンタさ…塾の代わりに参考書とか欲しい!?」

なんで今更参考書なんだ。

「…それなら、お父さんに貰ったお小遣いで買えるからいいよ。」

波留は何となく典江に対して警戒心を持った。

自分から波留に、何か買ってやるなんて事言わないのに、そんなことを提案するのが怪しい。

「何、アンタお小遣いで買ったの!?言えば買ってあげたのに…。」

益々怪しい。

問題集一つ買うのでも、尚子にお伺い建ててからでないと買ってくれないくせに。

大体は、波留は父親に相談して買ってもらう。

自転車もランドセルもそうだった。

でも、いつも尚子は「有紀はお下がり使ってるのに、アンタはいつも贅沢よ!」って怒られる。

そんなの有紀が嫌だと一言言えばいいだけの事だ。

なのにいつもイイ子ちゃんぶって、「アタシは何でもいいよ。」という。

欲の無いふりして、実は波留の持ち物を横取りするのが有紀だ。

過去に何度もそんな目にあっているが、その裏で有紀を誘導しているのが尚子である。

つまり入れ知恵しているのだ。

お小遣いだって、波留はちゃんとみんなに平等にもらえるよう進言しているのに、尚子は自分が一番でないと気が済まない。

だから尚子は母に強請って、高校入学してすぐに原付バイクを買ってもらった。

バイク通学可の学校だったからだ。

なのに、自分は乗らないで友達にタダで貸している。

言ったら悪いが、尚子に新車を買い与える余裕があるなら、有紀に新品のセーラー服や学生鞄を買えたと思う。

それなのに尚子のお下がりで済ませた。

そこは怒っていいと思うのだが、有紀は何時も遠慮がちになる。

だが波留はそんな理不尽は認めない。

だから、嫌な物は嫌だと主張し、父親に買ってもらっている。

そう、今回も入学に必要な物を。波留は父親に頼んで買ってもらった。

すると典江は対抗心から、真新しいセーラー服を入学式三日前になって購入。

嫉妬をむき出しにする尚子と有紀。

それは典江に文句を言うべきことだと波留は思った。

そんな典江が参考書を買ってくれるだと!?

絶対に怪しい。

波留は典江の出方を観察することにした。


典江は、波留に「他に欲しい物はないの!?」という。

なぜわざわざ波留一人を呼び出し、こんな端の客室で話をするのか。

まるで誰にもこの密談を聞かれたくないようでもある。

何のために…!?

波留は裏に何かが隠されていると直感する。

「…本当の用件は…!?」

波留は典江の言葉を無視して、要件を催促した。

「…アンタって…本当、小賢しいわね。」

そう、この人の本性ってこうなのだ。

そしてこの人は、娘を自分の所有物ぐらいにしか思っていない。

お気に入りの娘が尚子で、あとはそのおまけ。

波留に関しては、別れた元旦那の憎々しい男の娘で、敵という認識だろう。

まあ無理もなく、波留は父親に似た。

お陰で目の敵にされている。

さて、今回の典江の目的は…まさに鬼畜としか言いようの無いモノだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ