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仮題 銀木犀と金木犀  作者: 松尾英子
8/10

秘密 其の壱

典江は欠陥人間だった。

娘の朋子を男に引き合わせ、朋子に何をさせていたのか。

それは淫行、または売春行為だった。

しかもそれは典江の私利私欲のために利用されている。

そのための人選に、たまたま中学生だった朋子に白羽の矢をあてた。

それだけの事で、典江は別に娘なら誰でも良かったのだ。

ただ、尚子だけは選ぶつもりはなかったようだが。

そう、朋子は典江の欲の犠牲になり、生贄にされた。

その事に典江は罪悪感もない。

あれば、今日は「この人をお父さんと呼びなさい」なんて、非常識な事を言うはずがない。

波留は頭を抱えた。

兄たちが母を避けている理由は…この性格なんだ。

そしてこの非常識さをしっているのだろう。

波留は、父の元を訪ねる必要があると感じた。

但し、守られるべき娘の心と体を悪用した件について、それを伝えたら…きっと典江は父に殺されるかもしれない。

今回は黙っておいて、進学の事のみ相談しよう。

それだって、本当は行きたい学校を選んでいいはずなのに…。

尚子の家庭内暴力が無ければ、私達は中学受験だって可能なはず。

それを誰もが諦めている。

高校受験だって選択の自由が無い。

尚子が通っている高校より上の学校は許されない。

そんな暗黙のルールが我が家にはある。

こんな事では私達はいずれ崩壊するだろう。

母の典江と尚子のせいで。

そう危機感を募らせる波留だった。


退院をしてしばらくすると、通院の日に担当医から登校の許可が下りた。

翌週から行っても構わないという。

なんだかんだで三週間ぶりになる。

登校しても当分は運動は禁止。

頭痛したり、吐き気がしたら病院へ直行。

という注意事項をもらっている。

そして時は過ぎて、季節は変わって行った。


波留は中学へ進学し、朋子もはれて高校へ進学した。

だが、結局は進学先も尚子に遠慮して、普通科ではなく畜産農業科へ進む。

将来なりたいものも見つけられず、進むべき進路さえ決められない。

また、典江も娘の進路希望に沿うようなそぶりもなく、ただ「行きたいなら行けばいい」という態度だった。

そして相変わらず男との不倫関係は続いている。

波留はそんな典江を軽蔑していた。

というのも、実は入学式の一週間前、波留は典江の許可を得て父に逢いに行っている。

そこで見聞きしたのは…典江が過去に犯した過ちの話だった。

両親の離婚について、波留は父に疑問を投げかけた。

すると、父が波留に向かって「もう中学生か…そろそろ理解出来る齢だな。」と言い、話してくれた。

その内容は衝撃的なモノであり、波留が何故母や尚子に虐げられるのか知った。

そのあまりにも身勝手な理由に、ショックを隠せなかったが、波留は中学卒業したら家を出る決心をする。

そりゃ、愛海たちが家を出て行くはずだ…と、波留も納得がいく。

何も知らない尚子たちは、母の典江に騙されている。

それでも波留のように、真実に目を背けなければ、あるいは疑問に思えば気付くだろう。

けれど、尚子と有紀は自分の事で一杯いっぱいで、他人の事を思いやる余裕もない。

だから朋子が犠牲になり、母の毒牙に…。

なんて恐ろしい仕打ちだろうか。

でも、この朋子の話は流石に言えない。

言ってしまったら…何が起こるか分からないからだ。

波留は家を出たら、兄たちにも会いに行こうと心に決める。

そして波留の中学生活が始まった。


しばらくは平穏な日々が続いた。

ただ、ちょっと有紀とトラブルがあったが、それも夏休み前には解決する。

でも、このトラブルが有紀との確執の始まりだったんだけど、波留はあまり気にも留めていなかった。

そんなある日、波留に付き纏う一つの影がある。

それは朋子に袖にされ、新たな生贄を求める典江の男の姿。

そう、次のターゲットに波留を選択する二人。

波留を巡って、典江は男と交渉する。

再び典江は、朋子のときと同じ手口を使って、波留個人を呼び出した。

その手口とは…。




夏休みの昼下がり。

自宅の一室で、宿題を広げ奮闘する波留がいた。

その時、自宅の電話が鳴り、波留は誰も居ないので電話口に出る。

「もしもし…あ~お母さん。…うん、波留一人だよ。…うん、わかった。じゃあ、あとでね。」

そう言って電話を切った。

どうやら母の典江からの電話だったようで、波留は何やら呼び出された様子。

宿題を切り上げて、波留は母の職場へ向かった。

母の仕事とは旅館の仲居。

朝早くから仕事に出掛け、夜遅くに帰宅する。

基本、日中は休憩時間だ。

チェックアウトの済んだ10時から、チェックインの始まるまえの15時までが休憩。

朝は朝食の配膳があるので、準備も含めて6時半までに入る。

夜は宴会がある日は22時を回るが、普段は21時前には上がれるという。

まあ、実質10時間勤務だけど、残業代はちゃんとつく。

最近は、朝食をバイキング形式にする旅館も多くて、部屋食でない限り朝はゆっくり出勤できる。

つまり、配膳の準備も必要が無い日は、9時ごろ出勤でいいというわけ。

だからお客の都合次第で、出勤時間も退社時間も日々異なる。

それが中居の仕事なので仕方がないが、それにしても典江は滅多に家に帰ってこない。

特に夏休みは家族連れが多く、朝早くて夜が遅くなると言い、ほとんど帰ってこない。

で、典江はどこに寝泊まりしているのかというと、社宅の一室を自分専用に借りているという。

自宅まで歩いて帰るのは面倒なので、徒歩5分の距離にある社宅へ寝る為だけに帰るのだとか。

そんな典江は、小遣い稼ぎにFXに投資していた。

それも男に進められるままに始めたという。

その浮いたお金で部屋を借りていた。

勿論、この事は子ども達には内緒だが、波留は同級生の親が同じ旅館に勤めており、社宅にも遊びに行っていたので当然知っている。

ただ、知っていて見てみぬふりをしていた。

何故か。

典江が秘密にしている素振りだったので。

それと、不倫していた典江を尾行した時、偶然目撃した経緯もある。

その事も波留は姉たちにも内緒にしていた。

何故って、波留は日々尚子の暴力に犠牲になっていて、何時も顔色を伺って生活しているので、話すタイミングもない。

それがこの典江の生活態度になっているというもの。

だから典江は用がある時だけ、こうして娘を呼び出すのである。

でも、呼び出すのは決まって朋子か波留だ。

その理由は、扱いやすいからだった。


さて、典江が波留を呼び出した要件とは…。

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