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仮題 銀木犀と金木犀  作者: 松尾英子
7/10

典江の不倫

目を覚ますと、波留はベッドの中だった。

しかも何やら口の周りに酸素マスクと、ベッド周りをビニールカーテンが覆っていて、凄く仰々しいのだけど。

気が付いた波留に医師が問いかける。

「波留ちゃん、もう大丈夫だよ。」

周りにいた看護師もそう言って声をかけてきた。

波留は声を出そうとして、息を仕込んだら…盛大に咽た。

『ゲッ…声が出ないよ。』

「ああ、無理に声を出さなくていいからね。」

医師の説明によると、波留の器官に直接酸素を送り込むため、人工呼吸器ドレナージが入っていたらしい。

因みに丸々二日間も意識が無く、一時的に心停止になったという。

すぐに心臓マッサージを受け、処置を施したので大事に至らなかった。

で、今日は三日目の朝という事だ。

つまり、波留は一時的に心臓停止になり、死にかけた…という事らしい。

となると、見ていた夢は『臨死体験…!?』という事だろうか。

兎に角、気が付いた波留の足元で、母たちが泣いていた。

ああ、拍子抜け。

生き返ってみたら、随分と母たちを心配させただけだった。


それから数日後、一般病棟へと移された波留。

目覚めてからというもの、絶対安静と言われてベッドから起きられない始末。

検査へ行くときも、トイレのときも車椅子移動が基本。

なんだかんだで一週間が過ぎ、すっかり体がなまってしまった。

特に頭痛や吐き気もないし、後頭部のたんこぶが痛いだけだ。

どうやら転倒時に打った場所に、大きなたんこぶが出来てしまったようで、そこに触れると痛むよう。

脳波の検査でもMRIの検査でも異常はない様子。

とりあえず順調なので、明日は退院だそう。

当分は自宅で静養し、三日後に外来に通院だとか。

その後は、担当医の判断で登校が許可されるらしい。

…が、何故か例によって、母親の典江が今日も来ないので、看護師長が怒っている。

波留が目覚めてから、二~三日はちゃんと付き添っていたんだけど…。

それからこっち、朋子に付き添いを押し付けてドロンしちゃった。

職場には、娘が入院中のため、有給をとって一週間休みをとったのだとか。

『へえ、休みを取ってんのに、見舞いにも来ないで、何処へ行ってんでしょうねえ。』

波留は、朋子姉に愚痴っても仕方ないが、あまりにも無責任な典江に溜息をついた。

大体、数日前まで死にかけていた娘が、心配じゃないのかなあ。

退院について、相談があるというのに、保護者のくせして…って、看護師さんが怒るのも無理はないよ。

三日も音信不通で、何処で何していることやら。


朋子姉にも確認したんだが、この二日間は家にも帰っていないらしく、仕事だと家人は思っているらしい。

普通、仕事で家を空けるなら、連絡は着くんだよ。

それなのに、会社にも出てなくて、病院は連絡つかなくて困ってるというのに…。

あと考えられることは一つだけ。

そう、またも不倫相手と何処かへしけこんで…って、小学生の波留に何いわせんだか。

いい年して、何やってんだろうねえ、あの人も。

今度の相手は一回りしたらしいよ。

しかも二十歳でかなり年上の女性と結婚し、子どもは朋子姉と同級生の男の子がいるんだってさ。

つまり、中学生になる一人息子がいて、その父兄と絶賛不倫中ってわけだ。

まったく懲りないっつーか、情けなくて嫌になるよ。

そんなわけで、波留は朋子姉と退院の準備に取り掛かっていた。

そこへ母の典江は、ノコノコと男連れで現れた。

『この…厚顔無恥め!!!』

波留は心の中で怒鳴りつけた。

「ねえ、二日間何処にいたの!?」

波留は、典江に極めて冷静に尋ねた。

「どこって…家にいたわよ。」

「家って、何処の誰の家!?」

波留が知っていて問い詰めたら、朋子が「波留、止めなよ。」という。

「アンタ、それどーいう意味よ!」

何故か逆切れする典江。

「明日退院するんだけど、看護師さんが「家にも会社にもいない」ってぼやいてたわ。」

すると顔色が変わる典江。

「嫌だわ、何言ってんのかしらねえ、この子ったら。」

何言ってんの…は、こっちのセリフ。

もう、毎度毎度同じこと繰り返して、本当に懲りない女だよ。

能天気な母の典江は、この後とんでもない事を言い出す。

「ところでさ、アンタたち、今日からこの人の事をお父さんって呼びなさいね。」

『はあああ!?…何だってヨソサマの家の主人を、旦那扱いしてんだよ!!!』

波留は思わず絶句して、心の中で叫んだ。

「…今日からって、それはどういう意味!?」

波留は冷静に典江に問いかけた。

「どうって、言葉のままの意味よ。わかったら返事しなさい。」

ムカッときた。

何が言葉のままの意味だ。

あのさ、この人って嫁も息子もいんじゃん。

なのになんでお父さんなんだよ。

意味わかんねえ。

波留は段々腹に据えかね、怒りMax状態に。

「アンタねえ、この人は赤の他人なの。わかる!?」

波留は典江に向かって怒鳴りつけた。

「非常識にもほどがあるわ!!!」

病室に響き渡る声で怒鳴りつけた。


すっ飛んできた看護師に事情を聞かれ、誤魔化す典江。

「嫌だわ、このこったら…ちょっと家を留守にしたぐらいで怒るなんて。」

完全いブチ切れる波留。

「出ていけーーー!!!」

枕を投げつけ、波留は典江たちを追い出した。

慌てた看護師が、ナースコールで医師を呼び出し、怒りで興奮する波留に鎮静剤を打った。

お陰で波留の退院は二日延びてしまった。

こんな非常識な親、見たことも聞いたこともない。

激しく落ち込み、悩む波留だった。

そんな波留に打ち明ける朋子。

朋子の打ち明け話とは…。


中学三年になる朋子は、ただいま受験生。

成績は普通、運動は苦手、家事手伝いをこなす普通の中学生。

本当は受験生なので塾通いしたいはず。

だけど、尚子に遠慮して絶対にそんなことは言わない。

一方で受験に失敗した尚子は、絶賛荒れ狂って狂暴化していた。

その暴力の犠牲は、もっぱら波留に向けられていたんだけれど、朋子も例外ではなくて、あまり勉強する時間は取れなかった。

そんな悩みを抱えている朋子に対し、典江は自分の不倫相手を紹介してきたのだという。

そこまで聞いて、波留は再び頭に来たが…話の続きがあるので我慢した。

朋子は波留に「アンタは何時気づいた!?」と聞く。

波留は、母の典江が不倫していることは、実は一年ほど前から知っていた。

怪しいと思ったのは、波留が学校でヒドイいじめを受けて、担任が典江に連絡が付かないと騒いだ時だった。

あの日もいつも通りに会社へ行ったはずなのに、職場では公休になっているというのだ。

おかしいと思い始め、母の典江の行動を観察。

そして尾行して、典江が男の車に乗り込む姿を確認。

そんな事が数回あって、男の車の中で逢引する典江を目撃している。

外泊した日も確認済みだった。

月に数回、典江は宿直だと嘘をついて、男と外泊していることも知っていた。

それでも波留は誰にもその事を言わなかったと、この時初めて朋子に打ち明ける。

だから朋子が知っていたことに驚きつつ、大胆にも典江が男を逢わせていたことに違和感を覚えた。

「何のために…!?」

波留がそう呟くと、朋子も「そう言えば…」とポツリポツリと思い出したように言い始めた。

朋子の話は、とてつもなく腹黒い典江の姿が現れていた。

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