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仮題 銀木犀と金木犀  作者: 松尾英子
5/10

黄泉平坂 其の壱

波留にとっての家族ってなんだろう。

母や姉たちに邪険にされ、頼りたい父や兄を頼ると「甘えてる」と叱責される。

ていうか、まだ甘えていい年なんだけどね。

何故か、家の女どもは波留をかまう父と兄を毛嫌いする。

その後で、父たちの見ていない場所で、姉によって折檻を受けるのだ。

その事を母に訴えても無視されてしまう。

なぜかいつもそうで、何があっても「甘えるな」「頼るな」の一点張りだ。

だから自分なんていない方がいいのかな…と思い、家出もしてみたんだけど、心配するのは他人だけ。

我が家の人間は、「チッ、帰ってきたのかよ!」と、残念そうにいう。

つまり生きかえってみても、同じように言われそうで…ちょっと不安。


そんな事を考えていると、一人の中年らしき男性が、ススキの間を縫って歩いて行くのが見えた。

何処へ向かっているのだろうと、行先を眺めていたら…その先に土手が見える。

『あ~なんだ、あの向こうには川が流れているんだ』

波留は、何気に意識をそちらに向け、土手の向こう側を見たくなった。

それに、このままおじいさんと向き合っていても、息が詰まるっていうか…なんとなく怖い。

というわけで、早々にこの場から立ち去りたかった。

「あの…今の人が向かった先にある土手が気になるので、あっちへ行ってみますね。」

波留はおじいさんに向かってそう告げると、一気に踵を返して走り出す。

なんとなく、この場から一刻も早く逃げ出したかった。

何故だかわからないけれど、そうしないといけない気がして。


一目散に駆け出した波留は、土手の手前で立ち止まって振り返った。

今まで自分がいたと思われる場所を見たが、もうそこには誰の姿もなくて、いるはずのおじいさんの姿も見えない。

『アレ…おかしいな。いままでそこで話をしていたはずなのに…いなくなっちゃった!?』

波留は、夢現のような気分になるが、そもそも夢の中のようでいて、やたらとリアルで現実感に溢れている。

『コレって夢…!?…それとも現実…!?』

夢だったら、テレビで見たように、自分のほっぺを叩いて現実に戻るはずなんだけど…なんて思いながら、目の前にある土手を上がった。

あがる途中で足を滑らせ、波留は膝を擦り剥いた。

みると血が滲んでいる。

『あ~なんだ、やっぱり夢じゃないのか。』

そう、転んだ痛みもあるし、血が滲むってことは現実だ。

そうでなきゃ、なんだかおかしな感覚だ。

『でも、ここまでどうやってきたんだろう…!?』

それにここへ来る前の記憶か…確か、遊んでいてコンクリートの床に後頭部を打って…その後の記憶がない。

『う~ん…思い出そうとすると頭が痛くなる。』

自分に何が起きているのか、波留は歩きながら考えていた。

『それにしても、さっきのおじいさんは誰だったんだろう…。』

波留は全く見覚えの無いおじいさんに出会い、風格と威厳のある態度に怖れを抱いたが、もう会うこともないだろうと思い土手の上の道を歩き出した。

そう、小学生の波留には少々怖そうなおじいさんだった。

それに訳の分からないオカルトチックな事も言うし。

このまま意識を取り戻さないと死ぬ…みたいな話、訳が分からない。

『じゃあ、今ここにいる自分は誰よ。』と、自問自答してみる。

波留は自分が迷子になった…と思っていた。

何時だったか、本で読んだことがあるが、川沿いに道を歩けば町があるはずだと。

目の前に流れる比較的大きな川は、確か授業で習った二~三級河川ぐらいの幅がある。

少し上流の方に目をやれば、石かコンクリで出来た頑丈そうな橋が見えた。

『橋があるってことは、あの向こう側に行けば街があるかも』

波留は何気に知識を思い起こしつつ、人気のある方向を目指して歩いた。

誰かに遭えば、この状況から抜け出せるはず。

舗装されていない土手の道をテクテクと歩く。

水面はキラキラと輝いていて、手前に河原があり浅瀬が続く。

辺りの景色を見渡せば、春爛漫の小川のようだ。

さっきまでのススキ野原だった景色はもうどこにもない。

ただ、最初に見えたはるか向こうに山並みが霞んで見える。

最初に見た景色は深まる秋のようで、何処までも続くススキの草原だったのに、なんだかとても不思議だ。

寒さは感じないけれど、季節はまるで秋から春になったよう。

なんだか変な感じはするが、それがなんなのかはわからない。

ふと、河原に目をやると、数人の幼い子どもたちが遊んでいる。

何をしているのだろうと思い、波留は土手から河原へ下りてみた。

彼等は河原の石を一生懸命に積み上げている。

なぜ、そんな事を…!?

不思議に思って声を掛けようとしたら、「水が来るよ、逃げなきゃ!」と一人の子どもが叫んだ。

波留も驚いて土手の上へ逃げる。

振り返ると、今までいた河原は水嵩が増して水底へ沈んでいる。

「あ~、せっかくあの子たちが積み重ねた石が…。」

そう、すべて流されてしまっていた。

そして、見る間に水は元通りの場所まで戻っている。

また、穏やかな川の流れに、水面が煌めいていた。


今のは一体何だったんだろう。

石を積み重ねる子どもと、水嵩が増す小川。

此処は一体…どこ!?

あのおじいさんが言ったように、現世との境って事だろうか。

波留はだんだんココが現世ではないと思い始めていた。

そして見えている橋を目指して、川岸の土手を川上に向かって歩く。

しばらくすると橋の袂にたどり着いた。

けれど、途端に迷いが生まれ、渡る事に躊躇いが生じる。

それがどうしてなのか分からず、ただ漠然と不安に駆られた。

このまま先に進むと、何やら後悔しそうな不安。

二の足を踏むとはこの事だろうか!?

最近読んだ本に載っていた諺だ。

ためらいがちに橋の袂で佇んでいると、ふと人の気配がして波留は振り向いた。

「…誰!?」

そこに佇んでいたのは四〇代ぐらいの和服の女性。

余り和服に詳しくはないのだけれど、一見して高そうな着物であるとみてとれた。

『う、う~ん、小学生の無知な波留にもわかるなんて、相当な良いお召し物ってことか。』

少し引き気味に、その上品そうな女性を凝視する。

女性は波留に穏やかな声色で話しかけた。


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