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仮題 銀木犀と金木犀  作者: 松尾英子
4/10

ICU

子どもとは順応力が高い。

波留達の新しい家は2DKの公営住宅の三階の一室だった。

団地には子ども会と言う組織があり、小学生組はスグに新しい学校の友達が出来た。

だけど、中学生の二人は…新しい学校の同級生と仲良くしても、あまり同調できない様子。

特に引っ込み思案の朋子は、友達と呼べる人間関係を構築できなかった。


一方、有紀と波留は団地の子どもたちとスグに馴染み、夏休みは海水浴にキャンプ、秋にはスポーツ、冬にはクリスマスや初詣と愉しく過ごしていた。

そんなある日、波留が転倒して後頭部を打ち、病院へと運ばれたと言う。

意識を失って、救急病院へ搬送された。


意識が戻らないまま、二日目の朝を迎えた。

このまま意識が回復しなければ…と医師は告げる。

「今夜が峠です。…万が一のときは、覚悟なさってください。」

典江は突然の事態に狼狽える。

このまま、波留を亡くしたら…別れた夫や息子に、なんて言われるか分かったモノじゃない。

「どうして、こんな事になったの!」

典江は、波留の事故について、娘たちを問い詰めた。

「し、知らないわよ…波留が外で転倒して頭を打ったようなんだけど、傍にいて一緒に遊んでいたのは有紀なんだから。」

尚子は必死で自分は関係ないのだと訴えた。

「え~、アタシだって知らないわ。気が付いたら廊下でひっくり返って、頭打ってたんだもん。」

有紀は、波留が転倒した現場を見ていないという。

「それで、どうして意識が無くなってるの!?」

典江が有紀に聞いた。

「知らないよ、普通に自力で歩いて家に帰ってたもん。」

有紀の答えに同調して、尚子が答える。

「そう、それで帰宅した波留が『頭が痛いから寝る』って言って、そのまま寝ちゃって…。」

「で、様子がヘンだから、救急車呼んだってわけね。」

典江は、娘たちの話から推測した。

普段、波留はいびきなど書かないのに、高いびきで寝ているので起こしたが起きない。

不安になった尚子が朋子を呼んで、朋子が緊急事態を察して救急車を呼んだ。

駆け付けた救急隊が、意識の無い波留を診てすぐに救急搬送。

現在、ICUで治療中。

だが、丸一昼夜意識が戻らず、危険な状態だという。

次第によっては…別れた旦那や息子たちを呼ばねばならない。

そんな事態だけは避けたかった。

さて、その頃の波留の意識は、実は別のところへ飛んでいた。




波留は、気が付くと見知らぬ場所に立っていた。

『ココ…どこ!?』

見渡す限りのススキ野原。

しかも背丈ほどの高さがあり、小柄な波留は6年生にして133㎝、体重30kgほどしかない。

体格としては4年生ぐらいで、実年齢よりも幼くみられる。

これもネグレクトによる影響ともいえる。

実際、イジメにもあっているのだけれど、それもこれも母の典江が規格外の破天荒で常識知らずだからだった。

その事はあとで触れるとして、そのせいで波留は尚子からヒドイ虐待を受けていた。

尚子は自分が父親から見捨てられたのは、有紀と波留のせいだと思い込んでいる。

有紀が生まれたとき、原因は分からないが両親の中が冷え、その時、再び妊娠したのが典江の負担になった。

母が育児ノイローゼでおかしくなり、妹たちが生れなければよかったのに…と、典江から吹き込まれている。

そのため、病弱で手のかかる波留が邪魔。

そして溺愛する父との間に感情に起き違いがあり、育児が原因で離婚したと思い込んでいた。

故に尚子は波留に辛く当たる。

『お前さえいなければ…。』

肉体的にも精神的にも波留を追い詰める。

そんな尚子を誰も止めないし、典江も知っていて見てみぬふりをする。

また、典江は波留が憎かったので、父親の代わりに苛め抜いていた。


さて、意識の無い波留は、自分が肉体から意識が離れた状態にあるとは思っていない。

知らない場所に一人たたずみ、どうしたモノかとしばらく悩んでいた。

辺りを見渡せば、はるか遠くに山並みが見える。

それ以外は一面ススキ野原が広がっている。

どっちへ向かえば道があるのかもわからないし、どうやってここに来たのかもわからない。

『う~ん…大人なら頭一個分出て、少し先まで様子がわかるんだろうけど…どうしよ。』

波留の目線まであるススキが邪魔で、往く手を遮られていてはどうしようもない。

その時、背後で人の気配がした。


振り向くと初老の男性が立っていた。

背恰好は父よりも少し年輩で、メガネをかけて羽織はかま姿。

おまけに手にはステッキを持って佇んでいる。

『随分、威厳があるように見えるけれど…誰!?』

見覚えの無いおじいさんに、少しだけ恐怖心が湧いた。

何か言いたげに、ジッと波留をみつめている。

「あの…ココは、何処ですか!?」

波留はたまらなくなって声をかけた。

おじいさんは少し怒ったような、ムッとした態度で「すぐに帰りなさい。」と言った。

『か、帰れと言われても…ココどこよ。』

波留は困ってしまい、もう一度尋ねてみた。

「あの…ココがどこだかわからなくて…帰り道もわからないんですけど…おじいさんは知っているんですか!?」

ちょっと、おどおどしながら聞いてみる。

すると、「なんだと…君は此処がどこか知らずに来たのか!」と、少し驚いたふうに答えた。

『えっと…どういう意味だろう…!?』

波留はおじいさんの言った言葉の意味を考えた。

考えてもさっぱりわからない。

すると、大きなため息をついて、おじいさんが語り出した。


で、どうやら信じられないのだが、おじいさんの説明によれば、此処は現世と死後の世界の狭間、つまりあの世の入り口なんだという。

「ええっ、アタシ…死んじゃったの!!!」

思わず驚いて叫ぶ波留。

「いや…まだ死んじゃあいない。いないが…このまま時間が経って、此処に居続けたら同じことだが。」

と、おじいさんの答えを聞いて、ビビる波留。

「え~、そんなのヤダ!!!」

波留は思わず拒否った。

そう、思わず拒否したが、生きるとか死ぬってどういうこと!?

まだ小学生の波留にはよくわからない。

わからないけど、人生まだ生まれて11年やそこらで死ぬなんて…冗談じゃない。

明るい未来…は分からないけど、やりたいこと…も今は特にないけど、夢だって…今は持ってないけど…兎に角、死ぬには早すぎるよ。

でも、どうしてこんなことになったんだろう…!?

波留が考え込んでいると、おじいさんが言った。

「帰り方がわからないなら、会いたい家族に想いを強く念じてみなさい。」

『逢いたい家族か…う~ん、いないな。』

思わず波留は考えた。

ウチの家族、アタシが生き返って、嬉しいの!?

何故か、とてもシビアに考え込んでしまった。


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