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仮題 銀木犀と金木犀  作者: 松尾英子
10/10

秘密 其の参

典江は波留に向かって、「アンタって本当、朋子と違って知恵が回るのね。」と言った。

あ~なるほど。

つまり、典江の下心に気づいた波留を、可愛げがないのだと言いたいようだ。

つか、毎度の事で、いい加減学習するってば。

学習しない姉たちの方がおかしいよ。

そう、この人は波留を使って何かを企んでいる。

それは何なのかはわからないが…用心するに越したことはないだろう。

それにしても、まだ中学生になったばかりの娘に警戒される親って…何なんだと思う。

この人がやってきた事を思えば…今更だ。

そして、この人は波留が父親から典江の犯した罪について、事の一部始終を聞かされたことを知らない。

そう、有紀が不義の子である事実を、父親から聞いて知っていた。

おまけに典江が不倫していることも承知している。

その上、その不倫相手の男に、中学生だった朋子を差し出したことも。

本人が望まないので、波留は公にしていないが、本当ならこれは立派な犯罪。

親子ほど年の差のある男に弄ばれたという事実。

それを手引きしたのが実の母親だという現実。

波留は許し難いと思っていた。


「それは…つまり、お母さんが朋子姉に何かしたってこと!?」

波留は知っていてワザと恍けて聞いた。

勿論、典江が素直に白状するとは思っていない。

ただ、話の流れから聞いてみただけだった。

すると典江は、「…アンタ、何か知ってんの!?」という。

波留は心の中で、『はは~ん、都合の悪い事を隠してるってこと、白状したな。』と思った。

そう、朋子の一件を隠している典江は、まさか末っ子の波留に知られているとは夢にも思わない。

だから波留は、「…何のこと!?…参考書なんて、こっちが頼んでも買ってくれないくせに、ヘンなこと言うからだよ。」と誤魔化した。

「ああ、そういう意味ね…別に朋子には何も買ってあげてないわよ。」

典江は、秘密裏に朋子に買ってあげたモノがあると、波留が勘違いしたととった。

なるほど、そう来たか。

会話で駆け引き…敵も中々なものだ。

しかし、こんな会話を親子でするって…ドン引きもの。

だけど、この女は母親であって母親じゃないからな。

そして波留と典江の駆け引きは続いた。


典江は臨時収入があったので、波留に何か買ってあげようと思ったという。

そもそもそこがおかしい。

普段なら波留ではなくて尚子に向く。

無条件で、100%の確率で、最優先されるのは尚子。

そしてその矛先が決して向かないのが有紀。

波留に向くのは、いつも父親が何かをした時に限る。

だから典江が自主的に言い出した時、それは何かを企んでいるという証拠に他ならない。

「アンタ、見かけによらず頭が回るのね。」

典江は波留に向かって言った。

波留は黙って典江を睨みつける。

「コレが尚子や朋子でも、アンタみたいに聡くないわよ。」

典江は波留に、自分の下心を悟られたことに驚いていた。

一番騙しやすいはずの末っ子が、実は一番の曲者だったという事実。

そしてこの人の中に有紀は存在しない。

だから波留を呼び出し、男の要求に従ったのだ。

また、朋子の時に一度成功している。

今度も簡単に騙せると思っていたようだ。

だが、殊の外頭が回る末っ子に、苦戦を強いられる典江。

そう、典江は知らない。

波留は意外と情報通であるという事を…。


まだ小5だった波留は、典江の不倫相手に近づき、人となりを観察していた。

それは母親が付き合う相手に興味があった為だが…まさか、ちょうど同じ頃、朋子が生贄にされていたとは知らない。

ただ、この男はうさん臭いし、同時に何人もの女性とも関係があることも知っていた。

母の典江はその中の一人にすぎない。

遊びである以上、関わることはマイナスと思った。

だから放っておいたのだけど、朋子が時折、男に個人的に呼び出されていた理由を聞いていたら、もっと早くに助けられたかもしれない。

子どもの波留には、そこまでの観察力が無かった。

それが一年後の入院騒ぎで知ることになる。

あの日、典江がとった行動にキレた波留。

たかが不倫相手に、父親と呼ばせる無神経さにムカついたのだ。

何も知らない、知ろうとしない尚子と有紀。

それにも腹が立った。


そんな事があって一年。

中学生になった波留にとって、最早この女は母親ではない。

中学までは義務教育。

卒業したら、働いて典江を養えと、小5の波留に言い放った女だ。

自分を苦しめ、自由を奪ったと難癖をつけ、生まれてこなければよかったと、何度も堕胎を繰り返したのに…と波留に向かって言った女。

それが典江という女だ。

ならば、中学卒業までは我慢して付き合おう。

けれどその先は父親に頼んで進学し、大学まで面倒を見てもらう約束になっていた。

だから今は勉強がしたい。

それでお小遣いで参考書と問題集を買っていた。

今更、典江にどうこう言われる筋合いはない。

波留は典江が新たに何かを企んでいると思うのは当然だった。

そう、そしてその予測は正しかったのである。


何度目かの攻防戦の後、とうとう典江は根負けし、波留に本心を打ち明けた。

それは典江が借金があって、その肩代わりを男に頼んだら…波留を差し出せと言ったという。

もし、従わなければ、典江を警察に突き出すと脅され、仕方なく男の要求に従ったというのだ。

「何…今度は泣き落とし!?」

波留は冷たく典江に言い放った。

何をしでかして男に脅迫されたか知らないが、波留にその尻拭いを指せようというのだからたまらない。

何が哀しくて朋子の二の舞に…。

「自分のしでかした事なら、自分で尻拭いしてよ。」

波留はそう言って最後まで突っぱねたが、しびれを切らした男が部屋に乗り込んできた。

結局、最後は「典江を前科者にしたいのか」と脅され、渋々波留は男に従った。

波留はまだ初潮も迎えていない。

それなのに…。

こうして波留も生贄になった。


波留は数回男の呼び出しに応じたが、部活が忙しくなったことを理由に、わざと居留守を使うようになる。

何とも卑怯なやり方で、波留の純潔は汚された。

元々、典江はそのつもりだったのだろう。

だからその後もいつもと変わらなかった。

それにしても娘を平気で犠牲に出来る神経がわからない。

これも犯罪行為の一つだし。

まともな親だとは思っていないが…これで娘がグレでもしたら、どう責任を取るつもりなのか。

波留の危惧はやがて現実のものとなるが…それはまだ少し先の話。


そして季節は巡る。



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