まえがき
私の名前は宇都宮波留15歳。
この春から女子高校生になった。
だけど、心は憂鬱だ。
何故って…此処は偏差値平均40~45の工業高校なのである。
学部は機械科、電子科、工業化学科、普通科の四つ。
一応、電子科は偏差値が最も高く、近隣の進学校と同じレベルで60以上。
そして普通科が45、工業化学科は43、機械科は35と低い。
その上、今年の春から普通科が新設されたので、普通科だけは新校舎が別に建てられた。
元々、女子の進学率が極端に少なく、高専へ行けるレベルの男子が電子科に来るので、女子のクラスは工業化学科がメインとなる。
そう、ただえさえ少ない女子が工業化学科に集中し、数名の女子が電子科に入学する。
それが此処の学校の特徴だったのに、少子化のために生徒を集めるのが目的で普通科が新設された。
勿論、普通科と言えども男子の方が3対2の割合で多い。
というのも、彼ら普通科の進学者は他校の滑り止め、もしくは電子科の偏差値に届かなかった男子が受験した。
そのため、男女の比率に差が出てしまった。
そんなわけで男子が多い。
でも、昨今のリケジョブームのおかげか、女子の進学率は向上傾向にある。
当然、波留もリケジョ。
だけど、波留は…実は男子が苦手だった。
波留の家は、いわゆる大家族。
育った家庭環境は八人兄弟姉妹の末っ子で、長女の美恵子との歳の差が20個もあり、波留が生まれた時には社会人になっていた。
その5歳下に長男の賢治がいて、秀才の彼は有名私立大学を卒業し、M井物産に勤めるエリートサラリーマン。
次女は愛海と言い、賢治より6個下の24歳で商社に勤める男性と結婚。
三女は結美と言って、短大を出て銀行に勤める21歳のOL。
四女は尚子と言い、大手化粧品メーカに勤める二十歳の美容部員。
五女は朋子と言い、この春に美術系の専門学校へ進学した。
そして六女の有紀は私立女子高へ通う寄宿学校の女子高生。
つまり、両親と共に暮らしているのは、今じゃ波留だけなのである。
兄弟姉妹が揃うのは、年に一度の年末年始だけ。
父は25歳、母は18歳で結婚し、波留が生まれたとき38歳だったという。
一応、父は建築関係の会社を経営している。
その父が母にべた惚れで…子沢山というわけだ。
おまけに女系家族なので、兄の賢治を除くと女だらけ。
だからというわけじゃないが、波留はあまり上の兄弟姉妹との接触がないし、姉同士の仲もあまりよくはない。
年が近い結美姉と尚子姉は互いをライバル視しているし、気弱な朋子姉はそんな姉たちの板挟み。
男勝りでボーイッシュな有紀姉は、そんな姉たちを軽蔑して見下している。
まあ、ユウキって名前からして男みたいなんだけど、性格もそうで女嫌いらしい。
だから母に言われて、寄宿舎のある女子高に行かされたようだ。
そして長女の美恵子は性格がきつくてしっかり者だが…底意地が悪く、何でも一番でないと気に入らない。
次女の愛海は美恵子と歳の差が一回りあるので、上手に立ち回るが狡賢くて要領がいい。
そんな姉と妹に挟まれた賢治兄さんは優柔不断で優男だ。
兄弟姉妹唯一の男子なので、姉妹喧嘩には一切口を出さないし仲裁もしない。
下手に口出しをすれば藪蛇だからだ。
だけど、末っ子の波留は小学生のころまで病弱だったので、賢治は何かと波留をかまっていた。
一方で母親の典江は自由奔放な性格で、あまり周囲の事を考えないわがままな人。
どうも父子家庭で育ったためか、常識的な母親ではなく、子育てや家事が苦手な54歳。
そして厳格で、昔ながらの頑固オヤジの父は先年還暦を迎え、もうすぐ61歳になる。
実はこの父、子どもたちに畏れられていて、普段は口数も少なく、威厳の塊のような人。
波留も小さい頃に、酔っぱらった父に一度だけ叱られた。
理由は忘れたが、きっかけと言うか、叱られる原因を作ったのは尚子だった。
いつも父や兄に可愛がられる波留に嫉妬し、嗾けて父親に向かって口ごたえをした。
あの時、家にいたのは…中2になる三女の愛海姉以下、六人姉妹のみ。
兄の賢治は、ちょうど東南アジアへ留学中。
長女の美恵子は結婚して家を離れた。
愛海と結美は家事手伝いをし、ほぼ家の中の事はこの二人が担っている。
そんな二人の手伝いをする朋子に対し、尚子は自分が得をするよう妹を利用してばかりいた。
意地の悪い尚子を諌める父。
反抗期に居た尚子は、幼かった妹たちを嗾け父に反抗した。
それが癇に障った父は、私たち姉妹に恐怖の制裁を加える。
そう、平手打ちである。
この日、波留は生まれて初めて、父親から折檻されたのである。
でも、病弱な波留なので、父は波留を溺愛する。
普段、留守がちな父親だが、たまに帰ってくるときは、波留に手土産を持って帰ってくる子煩悩な一面がある。
社会人組はすでに自立していて、親との距離もとっているので、波留はいつも子ども扱いをされる。
まあ、実際この春高校生になったばかりで、まだ子どもなんだけど。
こんな風な家の中で、波留の居場所はあるようでなく、女系家族の末っ子と言う立ち位置はかなりしんどい。
例えば、姉妹の誰かが学校、もしくは何かで褒められたり、表彰されたとしよう。
もうそれだけで嫉妬と妬みの対象になり、嫌がらせとイジメのターゲットになる。
そして母との相性が悪い有紀は、溺愛される妹の波留が気にくわない。
一つ違いなので、尚更比べられることも多く、しかもいつも一緒に扱われるのに、病弱な波留は足手まといでしかない。
ハッキリ言って邪魔な存在。
なので、いつも置いてきぼりにしては、有紀は男の子に交じって遊ぶガキ大将だった。
だから近所じゃ有紀は男の子扱いで、小学生の頃まで次男坊と思われていたのである。
中学に進学してセーラー服を着た有紀を見て、世間は有紀を女の子だったと認識したほどだ。
まあ、兄弟姉妹が八人もいれば、それはそれは個性豊か。
しかも優秀な兄弟姉妹も居れば、そうじゃないコンプレックスの塊の様な兄弟姉妹も居る。
そのアンバランスな兄弟姉妹関係に水を差し、意図して?煽るのが母の典江だった。
典江のお気に入りはしっかり者の美恵子と尚子。
そして長男の賢治は別格だ。
この三人はとかく贔屓したがるのである。
だけどインテリで優秀な愛海が苦手で、その愛海に懐く結美も苦手だった。
この二人、父親に似て賢く優秀なため、賢治に続いて大学出なのである。
堅実で質実剛健という言葉が似合うタイプ。
また、長女の美恵子は高校を出て美容師の学校へ行き、今では個人で店を持つまでになり、複数の店舗を持つ経営者でもある。
尚子はそんな姉に憧れ、姉の伝で大手化粧メーカーの美容部員になった。
共に見た目が綺麗なため、母自慢の娘たちであった。
さて、そんな兄や姉を見て育った朋子は、引っ込み思案で内気な性格だが、絵を書いたりするのが得意。
でも、自分の意志を口にしたり、言いたいことを言えずに我慢するため、いつも尚子にいい様に利用される。
尚子は自分が目立つため、優秀でいるために周囲を利用する、そんな嫌な性格だった。
この性格が典江とマッチングするらしい。
そんな典江は、いつも外で刺激を求める女だ。
家という、家庭という箱の中では窮屈で、主婦に納まれない。
それがこの家族を壊していくことになる。
典江という破天荒な女は、家庭を顧みず、外で不倫をしていた。




