佐藤まさき
放課後。
一通りの生徒が帰ったのを見計らって千恵は教室に戻った。
教室には男の子が一人いた。地味でクラスにもあまり馴染んでない生徒。
名前は 佐藤まさき。
どうやら先生に提出する紙を書いていつようだった。千恵はさっさと自分のプリントを取り出し、教室を出ようとした。そのとき
「あー……、竹中さん?」
久しぶりに、クラスメイトに話しかけられ千恵は少々戸惑った。
「な……なに?」
「大丈夫か……?」
「だからなにが?」
佐藤は言いにくそうに
「今日泣いてただろ?」
と言った。
誰も自分のことなんて興味ないと思っていたので、千恵は面を食らった。
そしてちょっと恥ずかしそうに照れた。千恵は苛められる前はクラスにも友達が何人かいたが、それらは全員女子だった。男子に話しかけられるのが千恵にとっては珍しい体験だったのだ。
「見たんだ……」
「嫌でも目に入るだろ。あんたいつも顔に出さないから、大丈夫なんだと思ってた。でも、やっぱり大丈夫じゃないんだなーって思って」
千恵は一瞬言葉を失い立ち尽くした。そんな風に認識されていたのかと思った。
「あんなことされて、大丈夫な人いるわけないじゃない」
「いやでも、世の中いろんな人がいるから。それに下手に手を出して巻き込まれるのもオレやだし」
そう言いながら佐藤はプリントに必要事項を記入している。
「………」
「なんでいじめってあんのかねぇ」
「知らないわよ……そんなの」
佐藤の傍観者からの物言いに千恵は少し苛立つ。
「結局あれだよね。池田たちは、あんたを苛めなくなってもイジメはやめないよ。アイツらにいじめはよくないなんて言っても無駄。言われて反省する奴は、そもそもイジメなんてしない。自覚がないのだから」
「そう……だよね」
「助けてほしかったら、言いなさいね」
千恵はその言葉に自分の耳を疑った。そして目をパチクリさせる。
「今なんて?」
佐藤は変わらないトーンで、一字一句違わず繰り返した。今度はちゃんと千恵が聞くようにゆっくりと。
「巻き込まれたくないんじゃなかったの?」
「巻き込まれたくねーな」
「だったらなんでよ……?」
不思議そうに千恵は問う。
「人が泣いているところを見るのは、もっとイヤだから」
佐藤はまっすぐに目を見てそう言った。
「変な人だね。あんた」
千恵は微笑んだ。
「普通だよ俺は」
千恵はこのとき初めて、佐藤の笑った顔を見たような気がした。
正確にはそんなことはないのだろうけれど、たぶん、自分に向けて笑ってくれたのが初めてだったから。
だから千恵はそう思ったのだ。