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いじめ



午前五時くらいに目が覚めた。外は朝の匂いがしていた。

生物が寝ている時間はこんなにも静かなのかと感じていた。



寝るに寝むれないから起きることにする。

それにしても昨日のカツ丼は重い。ベランダにでて千恵は一人たたずむ。

なんでこんな余計な悩みを抱えてしまっているのだろう。

なんでこんなことになったんだろうか。

とくに思い当たる節はない。




そして千恵はいじめていた子のことを思い出していた。

千恵は俊郎に自分もいじめをしたことがあると告白したが実際には、千恵は直接手を下したことは一度もない。ただ傍観者として、見ていただけだった。

それでもいじめられた今になってようやく分かる。傍観者だっていじめだ。


傍観者の立場からすれば、そんな理不尽な言いがかりはないと思うが、いじめられている人からすればいじめてくる奴となんら代わりはない。

ようは信じられるか、信じられないかの差である。



苛められている人間は一種の疑心暗鬼になっていて誰がなにを考えているか分からない。

心のどこかでは自分をバカにして、話のネタにしているのかも知れないと考えてしまうのである。

いじめられている人は端から見ているよりも孤独なのである。

友達でもなかったから助けなかった。



正直なところ下手に手をだして巻き込まれるのがイヤだった。

傍観者で無関係できれいな人のままでいたかった。

こんな気持ちだったってもっと知っていれば、助けることが出来たのかも知れない。




そう思うのはきっと、今私も誰かに助けてほしいからかも知れない。

都合よく誰かが……。

そんなことあるわけないのに。



お父さんには心配かけてしまったなぁ。言っても言わなくても現状は大して変わらないのにね。

でも手を切ってしまったから、知ってほしかったんだと思う。

普段は顔も見たくなかったほどなのに……。なんでだろうか、話してすごく安心出来た。

本当に損得なしで、私のことを本気で考えてくれる人がいてくれてるのだなぁって分かった。




午前七時。俊郎が起きてくる。

「朝ご飯もカツ丼にするかい?」

「今カツは死ぬまで見なくても後悔しないくらいなの」

そう返されたので俊郎はおにぎりを作った。

お茶漬けの元を混ぜ込んだ千恵の大好物。

「よくお母さんが作ってくれていたね」

「そうだよ。お父さんもね。これはお母さんから教えてもらったんだ」

千恵は心が温かくなった。昨日冷えた動悸が眠るまで続いていたのに、今では

温かくて優しい気持ちで胸が溢れていた。


「行ってきます」

「……行ってらっしゃい」

ここから先は千恵一人。学校に近づくにつれ動悸と手汗が酷くなってくる。

千恵は大好きな音楽を聞いて心を落ち着かせる。



負けてたまるか

負けてたまるか


心の中で何度も唱えた。まるで祈るように。




***





教室に着いた。いつも通り席に座る。この時間はまだなにもされない。問題は休み時間と体育の時間。千恵をいじめている主犯格は

クラスのヤンキー三人

池田愛

関根由佳

矢田郁美


この三人が嫌がらせをしてくる。クラスの人たちは次にこの三人の標的にならないように、無視をしたりするくらいである。当たり障りのない傍観者たち。しかし、千恵はこのクラスの人たちを恨んだりはしない。

分かっている。昔千恵もそうだったから。悪いのは、虐めをしている三人だ。



休み時間になった。話す相手もいないので、渡り廊下にでて外の空気を吸う。

深いため息がもれた。しかし、この一人の時間が一番心を休められる。

教室では、なにをしても話しても陰口の種にされるから。

そんなとき向こうの方から嫌な笑い声が聞こえ、徐々に近づいてくる。



「あー。てめー。探したんだぞ竹中千恵。ブスの癖に外の空気吸ってんじゃねーぞ。私たちの吸う空気が汚れた。殴らせろ」

池田愛である。いつものようにいちゃもんをつけてきた。千恵もいつものように無視する。平然を装ってはいるが千恵の動悸はヒドく体は震え、辛うじて息をするのがやっと。一対一の喧嘩でも勝てるか分からないというのにそれが三対一である。恐怖で震えるのも無理はない。


無視をすること。

それが千恵の出来る精一杯の反抗だった。




「聞こえてんだろ?コラ?」

そういうと池田は千恵の髪を鷲掴みにした。

「てめー見てると、吐き気がすんだよ」

そして髪を掴みあげ、空いている千恵の腹部を殴打した。

「………ッッ!」

一瞬息が出来なくなる。



「まぁ、てめーみたいなゴミがいてくれるおかげで、私らまだ自分はマシだなぁって思えるんだけどね。てめーの価値はそれくらいだよ」

そう吐き捨てると、掴んだ頭を思い切り地面に向かって押し倒す。

千恵は耐え切れず体制を崩した。そして地面に倒れ込んだ。

気が済んだのだろうか。そのまま三人はどこかに行ってしまった。




千恵は涙目になりながら悔しさを噛みしめた。しばらくそこから動けなかった。

なんでこんなことをされなきゃいけないんだろう……。なんでこんな苦しい思いをしないといけないのだろう……。

心身共にボロボロにされながら教室まで続く廊下を歩いた。




私だって生きてんのになぁ……。

殴られたら痛いし、ひどい言葉を浴びせられたらみんなと同じように傷つくのになぁ……。

なんなのだろうね。みんなにとって私ってなんなの?

……辛いよ。お母さん。

おとん……。

ごめんね。

親を悲しませてしまうことばっかり考えてしまう子でごめんなさい。




教室に戻るとカバンの中身がごみ箱にぶちまけられていた。

教科書、ノート、筆箱。その他諸々。

「竹中ぁ おめーゴミもって学校くんじゃねぇよ。くせーからゴミ箱捨てといてやったぞ。お礼言えよ」

と池田が遠くの席で笑いながら言う。

千恵は無視していつもどおりゴミ箱から中身を拾う。


周りの人は見て見ぬふりをしている。気まずそうにしている人も何人かいる。

ヒソヒソと池田たちには聞こえないように「さすがにやりすぎじゃね?」と話している生徒も数人いる。


ご丁寧に弁当箱は、わざわざ蓋が開けられて中身が捨てられていた。

卵焼き、ウィンナー、白ご飯、昨日の野菜の残り物。全部父親が早起きして作ってくれたもの。

全部自分のために作ってくれたもの。それらが全て捨てられていた。


「………」

ゴミ箱から私物を回収しているとき、千恵は弁当箱入れの袋の中に手紙が入っていることに気付いた。それは俊郎からの手紙だった。誰にも見られないように読み始める。



『千恵は一人じゃない。少なくともお父さんがついてる。

どんなことをしても絶対お父さんが責任とるから、好きなようにやりなさい。

でも辛かったら、いつでも帰ってきてもいいんだよ』




一人だけど、一人じゃなかった。



私には、私が辛いとき同じように考えてくれる人がいる。楽しいとき、同じように笑ってくれる人がいる。

いてくれてたんだ。ずっと……。私が見ようとしなかっただけで……。ずっと……。

「おと……う…さん」

誰にも聞こえない声で教室の隅っこでつぶやいた。



どんな目にあおうと絶対に学校では泣かなかった千恵の頬に、小さく涙が流れる。

それに気づき、慌てて頬を拭う。辺りを見渡す。誰にも見られていない。

千恵自身も泣かないと決めてたので、泣いてしまった自分にビックリした。急いで私物を回収しそのまま教室を出た。



保健室で休ませてもらうことにした。ベッドで休んでいる時に、家でやらなければいけないプリントを机の中に置き忘れていることに気づいた。保健の先生は、いつもなにも言わずベッドを貸してくれる。

早退するか聞いてきたが、プリントを取りに行きたいので放課後まで待つと伝えた。


横になってなにもない天井をぼーっと見つめる。「ずっとこうしていられればいいのになぁ」と千恵は思った。


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