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吐き気動悸手汗

夕食はカツ丼だった。

千恵は「受験生じゃないんだから」と笑った。

あぁ。大人になったなぁと、何ヶ月ぶりに見た千恵の笑顔は止まっていた記憶から成長していた。

比奈子に似てきたなとも思った。

それだけで少し涙ぐんだ。それだけのことが、俊郎にとって一番嬉しいのだ。

「おとん?」

「なに?」

「食べるよ?」

「おう」

半分くらい食べたところで千恵の箸が止まった。

「どうした?千恵」

俊郎の箸も止まった。

千恵は震えた声で

「どうしよう…。食べれない。おとん。食べれない」

「いいよ。お腹いっぱいならお父さんが…」

そういいかけると

「違う…。食べたいのに、食べられない」

と遮られた。

「ごめん…なさい。ごめんなさい。」

と泣き始めた。

どんなときでもご飯を残したことはない千恵。その千恵が食べられないと泣いた。

ポロポロと涙を流し身を縮めて震える手を見つめた。

怒ったような目で泣きながら手を見る。

「なんでこんなに…。ご飯も食べれなくなるなんて…。アホらしい。なんでアイツらのためにこんなに悩まないといけないの…。なんで…。アイツらきっと今だって私のことなんて忘れてるのに…、どうでもいいことで猿みたいに笑ってんのになんで私は…ご飯も食べれないの……。

悔しい、ちくしょう……。なんでなんだよ…」


身を震わせた理由は悔しさだった。母の前で頑張ると約束した。それでも明日がくると考えると怖くてたまらない。ご飯も喉を通らないほどに。

こんな状態にまで追いつめられてるのが悔しかった。

口ではどんなことでも言えるのに、本当は怖かった。

怖くて怖くてたまらない。

「千恵……」

かけてあげる言葉が、見つからなかった。

見守ることしか出来ることがなかった。


それでも千恵は震えた手で箸を持つ。

泣きながらご飯を食べ始める。

かけ込むように食べた。

「食べとかないと、明日勝てないもんね」

グスンと鼻をすすり無事完食した。順番に風呂からあがりリビングでテレビを見た。

テレビの内容は頭に入らなかった。毎日同じようなニュース。お笑い。記憶しなくてもよかったから。


寝る時間にさしかかると千恵が口をひらいた。


「明日は学校行くよ。だってちゃんと卒業しないとね。

あんな奴らのせいで人生めちゃくちゃにされたくないから。

……ってね。毎晩思うんだ。


明日こそキレてやる!って

アイツらに目にもの見せて

いままでの鬱憤全部返してやる!

絶対泣かしてやる!ってさ


でも、いざ寝ようと思うと怖くなる。

明日はどんなふうに傷つかなくちゃならないんだろうって。

誰も分かってくれない。


なんで私は一人でこんなに頑張って生きてるんだろうって……。」


そんな千恵を俊郎は抱きしめたかった。

よくあるドラマみたいに。

でも、怖かった。

せっかく縮まりかけた距離を離してしまうのが。

もし、ここで拒絶されたら

千恵は本当に一人になってしまうと感じた。



だから、抱きしめられなかった。

だから、言葉で

「今日お父さんに言ってくれたから、もう一人なんかじゃないんだぞ?」

とだけ言うことにする。

「分かってるって」そう微笑んで部屋に入っていった。



俊郎も自分の寝室に入った。

三十分、一時間。

目が覚めて眠れない。

自分のことのように俊郎は高ぶっていた。

眠れないので昔のアルバムを取り出した。


アルバムの写真には比奈子も写っている。

千恵も今ほど自分を嫌ってなかった時代。素直にたくさんの好きと笑顔をくれてたあの頃。


まぁ。うん。自分もこの頃は親に反抗ばかりしてたからな……。

気持ちは痛いくらい分かる。

そう思ってるから俊郎はあまり強く言えなかった。

そして、こうなってようやく自分の親をこんな寂しい気持ちにさせてしまってたんだなぁと気づいた。

今度会ったら謝ろう。

こういう反抗期は時間が解決してくれるから、黙って待つことに決めていた。


ただでも、やっぱり千恵の笑った顔だけで、一週間二十四時間働きっぱなしでも生きていける気がした。



夜中二時。静まった住宅街でドアをノックする音が響いた。

「おとん。起きてる?」

扉の一枚向こう千恵の声がした。

「寝てるよ」

「…起きてんじゃんか」

あぁ。こういうオヤジみたいな返ししか出来ないから、今どきの女子高生は自分を嫌うのだなぁと、反省した。


扉の向こうから舌打ちが聞こえる。

「入っていいよ」

と言うまで入らないから声をかける。

そういうところは変わらないんだなと、しみじみ思う。


大きくなっても俊郎からすれば千恵はいつまでたっても千恵だった。

「なにしてんの?」

「アルバム見てる」

ふーん、としゃがみ込む



「あ、お母さん」

懐かしい横顔を見せた。無邪気な笑顔だった。

「おとん。……なんかさ、明日ダメだったらもうダメな気がすんだ」

アルバムをパラパラめくりながら言う。

「せっかくおとんに相談出来たのにさ」

俊郎は黙って話を聞いていた。俊郎の相槌を横目で確かめながら千恵は続ける。

「いじめってさぁ。あれじゃん。集団対個人じゃん。個人同士は喧嘩なのにさ。

なんかさぁ。なんだろ…。なんかさ…

自分が間違ってるみたいに思えてくんだよね。

自分は悪くない。いじめてくる奴なんて最低だ。アイツらは間違ってるってさ。

ちゃんとそう思ってるのに。だんだんと私がおかしいのかなぁって考えて死にたくなるんだ。」


開かれたアルバムのページ

千恵が幼稚園の頃の写真。そこには比奈子もいた。

「千恵は大丈夫だよ。こんなにもいい子だから」

「いい子ってなにがさ」

照れて不満げな顔をした。

「ずっと見てきたから知ってるよ。

千恵は近所の大好きな犬が死んじゃったとき、たくさん泣いた子だ。

千恵は友達に嬉しいことがあったら、それをうちの食卓で自分のことのように幸せそうに話す子だ。

千恵は誰かが悲しんだら一緒に隣で同じように悲しむ。誰かが喜んだら、一緒に隣で同じように喜ぶ。

誰かにとって、それは特別いいことではないのかも知れない。


でもお父さんはそんな千恵の優しいところ

すごく好きだし、いいと思ってる。

こんなにもいい子に育ってくれた。これ以上の幸せはもうないんだろうなぁって。

お父さんはいつもそう思ってるよ」

「あ…りがと」

……あぁそっか。おとんって、こんなんだったなぁ。

こんな暗い相談はしたことなかったけど、なんか懐かしい。懐かしくって、あったかい。

子供のときいつも感じてた気持ちだ。


なんて表現したらいいのか分からないけど、ずっと味方なんだなぁってそう思えるんだ。

こんなすぐ近くにこんなにも頼れる人が、いてくれたんだ……。


「頑張るよ。おやすみ」

「お父さんがついてるよ」

「ちょっ。気持ち悪い。触らないで!」

「ご…ごめん」


バカ親父。

自室に戻り電気を消して布団に入る。心臓がドクドクいっている。

いいドキドキではないとすぐに分かった。

それでも明日。絶対に勝つ。


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