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最後の自問自答


――――一瞬、池田はきょとんと目を丸くした。しかし、現状を認識したのか眉間には青筋が浮き出し今にもキレそうだった。


大きく振りかぶってからの殴打。池田の拳は千恵の顔面を真正面から捉えた。憎悪のこもった打撃はめり込ませるように押し付けられた。衝撃を受け止められず壁に後頭部を強打した。千恵の視界が真っ暗になる。

ボタボタボタと大量の血が滴ったのが分かったときは、既に三発目をくらっていた。



「……おい、なにしてんだテメーはよぉ」


そこから先は一方的だった。五発目をもらったときに千恵は数えるのを止めた。全身のあらゆる部位に痛みが走り、どんどんそれは鈍くなり麻痺していった。遠のいていく意識が自分の体を行ったり来たりして、いつの間にか足元には自分が吐いたであろう嘔吐物の一部が赤色に染まっているのが見えた。それを認識すると鉄の味が口に広がった。



満足したのだろうか、池田たちは息を荒くしながら攻撃の手を休めた。千恵は立っているのがやっとだった。というよりも体に力が入らず、壁にもたれかかっている体制を変えられないだけだった。筋肉が負傷するという感覚を千恵は第三者目線から感じ取っていた。




「ちょっとあんたら手伝いな、こいつ全裸にして写メバラ撒いてやるからさ」


千恵の腕を二人が各一本ずつ壁に押さえつける。十字の形に押さえられた千恵に池田は手をかける。ブラウスのボタン部分を強引に引き裂き、下着が露出してしまった。

遠のく意識の中、千恵は思い出していた。これは思い出すというよりもただの現実逃避だったのかもしれない。




千恵の脳裏に佐藤との思い出が蘇る。ぽつりぽつりと断片的な記憶が再生されていく。

昼休みに一緒にご飯を食べていた。どんな会話をしていたかは思い出せない。きっとどうでもいい内容だったのだろう。それでも視界には佐藤の笑った顔があった。それだけは覚えていた。そこで自分も一緒になって笑っていた。大笑いするのではなくクスクスと小さく湧き上がるような、そんな些細な幸せを。

それは経った数日しかなかったけれど、何よりも大切にしたい思い出だった。




俊郎のことも思い出していた。

自分が少し手首を切っただけで、心配して会社まで休んでくれたこと。自分は気づいていないふりをずっとしていたがずっと見ていてくれたこと。寂しいときに限ってどうでもいい肩の力が抜ける笑い話をしてくれたこと。

こんな普通にも生きられない自分を優しい子だと言ってくれたこと。




白い肌が晒されていく中、もう諦めかけていた。

体中の感覚もない。鈍痛がずっと響いている。動けない。




――両腕が折られても両足が折られても、心が折られないかぎり……闘える。




そんな佐藤の言葉がなぜか心で再生された。

もう折れてしまったのかもしれない。そんなことは誰にも分からない。

でもまだ闘えるような気がした。たった数日間の幸せを守りたいと思った。

自分一人でもちゃんと立って佐藤の後ろに隠れるのではなく、佐藤の隣を歩きたいと思った。


「せっかくだから写メだけじゃなくて動画も撮ろうよ。こんな楽しいショーなかなか見られないよ」

「アハハ、それもそうだね。えーっと動画ってどうやるんだっけ」




もう千恵の耳には三人の会話は届いていない。光を失った千恵は最後の自問自答を繰り返す。




まだ……、私……闘えるかな……?

……心まだ大丈夫かなぁ。




ねぇ……佐藤……おとん……ごめんなさい。

大好きだよ……。

ずっと一緒にいてほしいと思ったよ。




だからね……私が今からなにをしてもさ

嫌いにならないで……ほしいんだ……。



ずっと一緒に……笑って生きていける毎日の中に……

二人がいてほしいんだ……。



バカな子でごめんなさい。

でもこれしか出来ることがもう……ないから……。



……嫌われちゃうなぁ


でもいいの……私がいられない世界でも……

二人が笑って生きてくれれば……それで……。


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