約束事
「えー、では裕也君」
「ん?」
「この家にはこの家のルールがあるからね、長旅の後で悪いけど覚えてから寝るように」
「マジっすか……」
どの家にもルールがあるのは普通だろうが、まさか今覚えろと言われるとは思わなかった。
「あはは、大丈夫だよ。何も難しいことは言わないし、この紙にまとめておいたから」
「おー、助かりまする」
これね、と言われて受け取った1枚のルーズリーフに目を通す。
「……」
確かに難しい事は言ってない。けど、量多くないかこれ。
文字がデカかったり地域が田舎だからだろうなどの理由もあるかもだが、少なくとも紙の両面が埋まるくらいは書かれている。
とりあえず、約束事とはこういったものだった。
その一。この家は農家なので、可能であれば手伝いをすること。
その二。門限は20時。止むを得ずそれを超える場合、それ以降の時間帯に出かけるなどの用事があるなら親に言っておくこと。
その三。毎晩仏壇の前で死者を弔うこと。
その四。バイトをする場合、原付の免許を取る場合は親の許可をとること。
その五。出かけの際は、なるべく身内の誰かに行き先を告げること。
その六。朝食は朝の7時に一家全員で摂ること。
その七。入浴は女子を優先すること。
その八。自己や犯罪に巻き込まれた場合は、如何なる状況でも早急に身内に報告すること。
その九。深水優奈を敬うこと。
「――最後の絶対違うだろ」
「えへへ、ばれた?」
「大バレじゃ」
多いとはいえ、この程度なら楽だ。元々俺がいた孤児院の方がよっぽど約束事が多い。
死者を弔うというのは、きっとおばさんの両親の事だろう。農業の手伝いに関しては教えてもらうしかない。俺はどちらかというと都会っ子なので、農作業については何一つ分からない。
「じゃ、お風呂入ってくるね。私の私物勝手にいじらないでよ?」
「弄らないっての。じゃ、ごゆっくり」
やばい、今にも寝そうだ――何て思いつつ、部屋を出て行く優奈を見送った。
さて、あとは風呂の前に寝てしまわないように頑張って起きていなければならない。
「――ん?」
ふと優奈の机に目が行った。ピンク色の可愛らしい寝巻きが置きっぱなしになっている。
そういえば風呂に行くと言ってたし、しかも手ぶらだった。間違いなく忘れ物である。
――さて、どうするか。届けてやろうか? それとも気付かなかった振りをしようか?
ここで気付かなかった振りをする理由と言えば唯ひとつ。いらぬトラブルに巻き込まれたくないからである。
典型的なオチでいけば、俺は恐らく優奈の裸体を目撃してしまう。これは俺としても避けたいところだし、優奈も気を悪くするだろう。
「――」
熟考長考の後、俺が取った行動は単純だった。