借りてきた犬
――3ヶ月が経過。あれから変わったことと言えば、農作業の手伝いをやるようになったことだ。
農作業というのは小難しいことをやるわけではなく、単に水撒きだったり種植えだったりと誰でも出来そうな単純なことを任されていた。たまに丸太にキノコの菌を打ちつけたり、よく分からない回る機械を使って干瓢を作ったりしたものだが、これがなかなか難しくて習得に時間がかかる。3ヶ月前から練習しているにも関わらず未だ下手だ。俺よりよっぽど手先の不器用な優奈でさえ出来るというのだから、慣れとはつくづく恐ろしい。
さて、時期は夏真っ盛り。
海にでも行くか、川釣りでもするか、何か田舎ならではの夏らしい遊びを満喫したいところである。
そろそろ夏休みに入るので、入ったら入ったで立花から色々連絡が来そうだが――果たしてどうなるやら。
件の警察沙汰以降、あまりみんなで大騒ぎすることが無くなったらしい立花。今年の夏で克服してもらえるといいのだが。
「えへへっ」
「暑苦しいんだが」
「エアコンの温度、下げればっ」
それからもうひとつ。俺は膝枕をされて以来、何故か随分と優奈に懐かれている。
動物の親子――といえば事足りるだろうか。人目こそ憚るものの、やたらとくっついてくるようになり、隙あらば腕の中に飛び込もうとしてくる。
不思議なのが、これでカップルではないこと。優奈の懐き具合に俺も頭ポンポンなどで応じてやるのだが、そこには恋愛感情というものが決してない。俺自身も何故かあまり困らないので、とりあえずこのままにしているが――果たして真意は如何なるものやら。温もりを思い出せという、優奈なりの意図があってのことだろうが――
「んーっ」
「……」
借りてきた猫――ではないな、間違いなく。言うなれば犬だ。
たまに猫っぽい一面を見せることもあるが、それは機嫌が悪いときが大抵だ。
「――優奈」
「なあに?」
「暑い」
「エアコンの温度、下げればっ」
「もう下がってるわ! これでも今エアコン最強なんだぞ?」
設定温度、実に10度。低気温である。立花が言うには、男6人が夏場に泊まり会とか開くと6度でも足りないらしいが、何となくその感じが分かる気がする。
場所は俺の部屋。元々リビングに付いていたらしい、使い古しのエアコンをフルで活動させている。フロンガスなんぞ知ったことじゃないと言わんばかりに、僅かにカビの臭いを撒き散らしながら。
くっつかれる時期が夏場ってだけでこんなにも暑くなるとは思わなかった。何って、とにかく優奈の身体が熱い。いやらしい意味ではないが、とにかく熱い。その反面では汗を全く掻いていない辺り、熱中症にならないかどうか心配になってくる。
「……」
優奈の頬が紅潮している。やはり熱中症か。
「――悪いことは言わない、はよ水飲んで寝ろ」
「もう水飲んだよ。で、寝るのは今から」
「そうか、じゃあはよ寝なさい」
「おやすみぃ」
そう言って、俺の膝を枕に寝転ぶ優奈。
「――って、オイ」
いけなかった。俺の言葉が足りない所為で、あろうことか激しくデジャヴである。
自分の部屋に戻れと告げるべきだった。しかし優奈は、既に幸せそうな顔で寝息を立てている。
――もっとも、幸せそうかなんてよく分からない俺なのだが。
どちらにせよ申し訳ない。起こすわけにもいかないので、そのまま寝かせることにした。