伏魔殿の真実
やがて放課後になり、俺は確信した。
ホームルームで師岡が京橋に「この後指導部まで来い」と言っていたのだ。
師岡の指導がこの後すぐ始まると思うと、何だか嫌な胸騒ぎがしてならない。
俺は急いで荷物をまとめ、京橋のあとを追いかける――
「――?」
やがて指導部の前まで来た――のだが、京橋は現れた師岡の後についていった。
一体どういうことだろうか。とりあえず更に後を追うしかなさそうだ。
――やがて辿り着いたのは、旧校舎と呼ばれる場所だった。
ここは名の如く古い校舎であり、平時も解放しているが、専ら物置と化しているため立ち入る生徒や教師は少ない。
――なるほど、ここでなら安心して"食える"だろうよ。
俺は足音と息を潜ませ、物陰に隠れて2人の様子を窺う――
「お前、何故喋らない? 障害でも持っているのか?」
「――」
まあ、答えないだろうなとは思ってた――のだが。
「別に」
しかし大方の予想に反し、京橋は口を開いた。
アルトとソプラノの中央に位置するような、消え入るような声色は何とも涼やかで美しい。
流石に師岡を前に黙りきることはできなかったのだろう。
「授業中に当てても黙ったままだな? 問題が分からないのか?」
「――」
物陰に隠れているせいで見えないが、多分京橋は頷いただろう。
「だったら分からないと言えばいいだろう。喋れない理由でもあるのか?」
「――声、小さいから」
うん、確かに小さいね。
「言っても聞き返されるばかりで、うんざり」
――なるほどな。喋るのが億劫になったと。
「そうか」
さて――ここいらが潮時と見た。師岡は如何出る――
「ならば声出しの練習だな」
声出しの練習――なるほど、態々ここまで京橋を連れて来た理由はそういうことだったのか。
ここなら確かに、声を出す練習をしても誰にも迷惑がかからないだろうし、練習にはうってつけである。
「――?」
しかし、納得しかけていた答えは一瞬で否定に帰す。
声出しの練習という割には、京橋の悲鳴にも似た息を飲む声がしてきたからだ。序に、何かをカチャカチャさせる音も。
――思考が不健全だ、と言われればそれまでだが、より一層嫌な予感が拭えなくなってくる。
「これを使えば、確実に声は出るだろう」
「い、嫌……」
――これは。
俺はポケットからスマホを取り出し、カメラ機能を呼び出す。
「ずべこべ言うな!」
「嫌、放して……!」
――明らかな悲鳴から遂に確信へと至り、俺はスマホのカメラを構え、素早く物陰から飛び出てシャッターを切った。
「なっ……!?」
相手にとっては、よほど不測の事態だったのだろう。
カメラに収まった画像には、情けなく男の象徴を丸出しにする師岡の姿と、あからさまに嫌がる京橋の姿が写る。
――俺というイレギュラーが出現して数秒、その場が固まった後。京橋は隙を見て師岡の手を振り払い、俺の元へと駆け寄って背後に身を隠した。
目には若干の涙が浮かんでいる。これは明らかに忌々しき事態だな。
「証拠画像、ここに撮影、収めたり……なんてな。まさかこれで肖像権訴えるとか、ガキみたいなことはしないだろうなぁ?」
「……何をしている。京橋の指導の最中だ」
「ケッ、これが指導とか――落ち武者なのは俺じゃなくてアンタじゃねぇの?」
――言い争っていると、後ろから複数の足音が聞こえてきた。
「お、おいおい……何だよこりゃ?」
「も、師岡先生、何見せてるんですか! 破廉恥です!」
「うひゃー……あの噂、本当だったんだ……」
やってきたのは、なんと立花たちと――
「何事だ!」
生徒会長だった。
「お、お前ら何でここに?」
「そりゃ、お前が血相変えて走ってったんだ。何かあったのか気になるっての!」
好奇心でついてきたのかよこいつら。
「全く、廊下を走る生徒がいて注意しようと思っていれば……とんでもない現場に出くわしたな」
黒髪ロングが美しい事で知られる生徒会長――名前を天城涼香という。
話には聞いていたが――確かに美しいの一言だ。凛とした眼差しや姿勢が、より一層その美しさを際立たせている。
「――」
やがて、その場の空気は一気に固まり――――