師岡の噂と無口な少女
翌日、当然俺は学校を休んだ。
一晩寝たおかげである程度熱が下がったため、行こうかとも思ったのだが優奈がそれを許してくれなかったのだ。
そうして迎えた更に翌日、俺は心配する優奈を尻目にマスクをして家を出る。
咳も出るし声も調子悪いが、転校して早々長らく休むなどあってはならない。
「おいおい、大丈夫かよ?」
早速立花たちが心配してくる。
「大丈夫だよ、ちょっと疲れが溜まってただけだ」
「あー、そういえばお前、ここに来るまでかなり長旅だったらしいしな。そりゃ熱も出るか」
「寧ろ、出すなってほうが無理だっての」
「だよな」
こうして立花をはじめクラスのみんなは心配してくれたのだが、師岡先生だけは相変わらずだった。塵も積もればなんとやら、師岡先生への悪い印象がどんどん膨れ上がる。
それにここ数日で、俺は師岡に対する奇妙な噂を聞いている。何でも師岡担当の指導部は伏魔殿であり、指導対象となった女子生徒を"食っている"とか何とか。
しかも案外しっかりとした噂であり、教師間でも話題に出ているくらいだ。しかし今のところ被害に遭ったのは1名だけらしいが、この先も噂の信憑性は変わらないだろうとのこと。ましてや食われた女子生徒は自殺しており、遺書すら残っていないと聞くから。
片や師岡はというと、当然というべきか、その噂を真っ向から否定している。
「――?」
うちのクラスは基本的に騒がしい。だからこそ、静かな人物には逆に目を惹かれる。
教室の端で静かに本を読む女子生徒がいて、俺は何となくその人を見ていた。
確か、名前は京橋雫だったか。薄紫の短髪に琥珀色の瞳と、まるでアニメに出てきそうなほど可憐な容姿である。
いつも黙っていて声を聞いた事が無い。授業中に当てられても黙ったままであり、俺からすると本を読んでいるイメージしかない人だ。
「――雫ちゃん?」
「?」
真野が隣から話しかけてくる。
「綺麗だよね、あの子」
「ま、まあ……否定はしない」
「お? 何か興味ある的な発言かそれ?」
更に立花が絡んでくる。
「いや、俺あいつの声聞いたこと無いなと思ってさ。いっつも本読んでるイメージしかない」
「俺もそんなイメージしか抱いてないぜ? 去年同じクラスだったけど、アイツが喋ったところ、見たことないんだよな……」
やっぱりか。
「儚げで可愛らしい容姿は人気だけど、私もあの子の声聞いたことないなぁ」
愛美でさえこの反応である。
「私も……っていうか、先生も声聞いたことないらしいよ?」
更に学年位置の人気者である優奈でさえこう言っている始末。
こうしてみるとやけに気になるな、あの京橋って人。
「あ、でも噂なら掴んでるぜ」
「?」
「あいつ、今度師岡の指導を食らうらしいな。あんまり喋らないから、性格を矯正させるって話だけど……」
「――それ、いつの話だ?」
「さあ? 校則通りに話が進めば、今日にでも指導じゃねぇの?」
「マジか」
――何故か俺は、師岡の指導部まで訪ねてみたい気になった。