胡蝶の夢
――これから俺はどうなるのか。
また今までみたいに引き取り手を失い、いじめを受け続ける日々が続くのか。
そして再び孤児院へと戻るのか。
――そんなの、いやだ。
毎日のように自殺を考えるくせに、本能は本能に従ってのうのうと生きている。
だったらせめて、楽しい事を考えよう。
――でも考えたところで、現実になるわけでもないか。
少し眠ろう。百合の花があると、良い夢を見られるって聞いたし。
◇ ◇ ◇
とある一軒家が、手入れもされていない状態で佇んでいる。
窓は全て締め切られ、中では少年が眠っている。山という言葉さえ生々しいほど、沢山の百合の花を敷き詰めて。
「――」
1人の少女が、その一軒家に近付く。
右手には、身の丈をも越える大鎌が握られている。少女はその鎌を振るい、屈強な鉄製の玄関を容易く切り裂いた。
燃えるような赤い瞳に、鮮やかで可憐な茶髪。そんな愛らしい見た目とは裏腹に力は強く、顔からは表情が消えている。
しかし玄関から漂う百合の匂いに、少しだけ眉を顰めた。
「――百合の香り……なるほど、アルカロイドでの自殺か」
少女は家へ入り、奥へと進む。
迷うことなく歩き、辿り着いた場所は少年の眠る部屋だった。
ドアを開けると百合の花が零れ落ち、あたり一面真っ白である。
「――死神としての運命から目を背け、自ら命を絶ったか。人ならざるモノの存在など、あって当たり前だというのに」
既に息をしていない少年に、少女は無理矢理聞かせるように語り掛ける。
死後間もないか百合の所為か、少年から異臭はしない。
「――夢ばかり見るな。記憶に鍵をかけ、自らに嘘をつくな。課せられた運命に向き合え」
少女の手が、少年の頬に触れる。
――――君こそ幻想を語っているに過ぎないんじゃないか。
――――何処とも知らない場所で、誰とも知らない少女に、そう語っている俺が居た。
――――最早どちらが幻なのか、誰も分からないというのに。
――――俺の夢みる未来とは、一体どちらなのか。