ドーナッツ
「はい、あげる。」
お昼時、隣のデスクの加奈子ちゃんがドーナッツを此方に向けてよこす。
「いいの?ありがとう。」
受け取りながら、ドーナッツなんて久しぶりだな、なんて思う。
「今日安い日だったから、いっぱい買ったんだけど食べきれなかったんだ。」
そう笑顔を向けてくれる彼女に少しばかり胸を高鳴らせ、それをごまかすように会話を続ける。
「へえ、何個買ったの?」
「8個。7個までは行けたんだけどどうしてもあと一個が入らなくてね。」
そう言って再び笑顔を向けてくれる彼女に胸が高鳴ることはなく、むしろ自分のことではないのに胃もたれを感じる。
「そう、か。残念だったね。」
「本当にねー。」
そういいながら彼女はチョコレートを口に含む。
その姿にやはり自分のことではないのに顔をしかめる。
ああ、彼女はそういう人だった。
この出版社に入社して2年。そして隣の彼女は同期だ。
昔から甘党で大食い、だがしかしその容姿は可憐。
そのギャップで何人の男が涙したか、想像に難くない。
俺も入社当初は彼女に淡い思いを抱いていたのだが、途中からその思いは風化した。
同期で隣の席、そんな近さか俺の思いを風化に近づけていった。
受け取ったドーナッツを目の高さまで持っていく。
穴がぽっかりと空いているそれはまるで俺の心のようだ。
なんて、馬鹿か俺は。
ドーナッツを口元にもっていき、かじる。
甘い。久しぶりに食べたそれに思わず笑顔が綻んだ。
おいしいな。
「そんなおいしそうに食べたてくれるとはー嬉しい限りですなー」
咀嚼をしていると横でふざけた言葉が聞こえきた。彼女だ。
「うん、ありがとう。」
「そういえばさ、ドーナッツってさ、なんで輪っかになってるのかな?」
「熱を通しやすくするためでしょ。真ん中空いてればすぐ揚がるし。」
「えー夢がなーい。」
「現実的と言ってくれ。」
「でも真ん中あったらもっと食べれたのにね。」
「そしたら君も7個も食べなかったのにね。」
「本当だよー。もうちょっとは控えたね。」
それは、どうだろうか。
話をごまかすために話題を別の方向にもっていく。
「午後からまた仕事だー。」
手を大きく上にあげて伸ばす。
「そうだね。午後もガンバロー。」
オーっと拳を空に突き上げた彼女を横目で見ながらドーナッツの最後の一口を口の中に放り込む。
そして午後からの仕事のことを考えまた空虚な気持になる。
「ああ、ドーナッツって俺みたい。」
さっき馬鹿げていると思った思考を思わず口に出した。
「なんでー?」
聞きとってしまった彼女は此方を見ながら問いかける。
「あ、うーん。すげー言いづらいんだけどさ、大事な部分がないっていうか、芯が通ってないっていうか。なんか空っぽなんだよね。」
「え、何。良くわかんないんだけど。」
驚愕な表情を浮かべる彼女。
だから言いたくなかったのだ。彼女に俺の気持が分かる訳ないじゃないか。
そう考えていると、彼女は言う。
「だって、ドーナッツって私の中ではそんなイメージじゃないもん。」
その言葉に俺はやけくそになりながら聞く。
「じゃあ、どういうイメージだよ。」
そう言うと彼女は此方に顔を近づけてにっこりと笑う。
何かを含んだよなそんな笑顔に不審に思いながら首をかしげると、彼女は言った。
「無限。」
一言そう言った彼女に俺は意味が分からなくて更に首をかしげる。
その俺の表情に焦れたように彼女は話す。
「だーかーらー無限!無限なんだよ!!無限大!!エンドレス!!!輪っかと輪っかがつながってるんだよ。だから無限。」
指でまるを描いて手振り何振り、で答える彼女。
その言葉に俺は衝撃を受けざる得ない。
なんだって同じ人間でこんなに考えが違うのか。
俺はドーナッツを見て、空虚な穴と芯がないというイメージを持ち、自分と重ねた。
だがしかし、彼女はドーナッツの輪をみて無限といった。
これくらい俺もポジティブなら良かったのだが。
「無限の可能性だよ。私達はまだ若いんだからさ。」
そう言う彼女に舌を巻く。
「だから、頑張ろう。今は辛いかもだけど、未来はいつでも明るいんだよ。」
彼女は知っているのだろうか。俺が今仕事で行き詰っていることに。
励ましているのだろうか、そう考えたがポテトチップスを口に運ぶ彼女を見て考えは霧散する。
こいつ、実は何も考えてないだろう。
呆れながら見ていると、昼休み終了のチャイムが鳴る。
「さー仕事じゃー!」
そう言ってデスクに座り直す彼女に俺は少し笑いながら、俺はパソコンを開く。
まあ、やってみようじゃないか。
ようは、感じ方、考え方、見方、だ。
俺は、自分のことをぽっかり真ん中が空いたドーナッツだと思っている。
空虚で何に対しても真ん中の空間を埋めるためにハングリーだ。
何を入れても満たされることない。
そのうちそのハングリーになれてしまい、埋めようとすることすらやめてしまった。
それが自分だと思っていた。だけど、それは変えることが出来きる。
俺は挑戦してみようと思うのだ。
俺の中にまだ、無限の可能性なんてものがあるか分からないけど、それでも挑戦しなければ始まらないだろう。
ドーナッツに対しての考え方のように俺は一つにとらわれていたのかもしれない。
久しぶりに食べたドーナッツ。
そんなドーナッツはぽっかりと真ん中に穴が開いている。
実用的で現実的な理由から空いたその穴。
その穴を通して俺は非現実的な無限の可能性を見出すことができたのかもしれない。
「ねえ、ドーナッツいつまで安いの?」
「ん?明日までだよ。」
「そっか、ありがとう。」
明日、ドーナッツを買おう。
そのためにも、今日は。
「さ、仕事がんばるぞ。」
この仕事を終わらせてしまおうじゃないか。
ジャンルに非常にこまりました。