あの女の失恋
家は資産家である。(しかも由緒正しい)
美しい容貌をしている。
運動神経もよく、勉学的な成績も優秀である。
性格にはやや難がある。
それが、一宮 陽菜のスペックである。
「だからね、私は世の中のパっとしない女性のためにも、誰もが羨むような男性と付き合いたいと思うのよ。だって、美男と付き合ってるのが美女だったら納得して諦められるでしょう?」
美しい所作で小首を傾げた彼女に、幼なじみである俺は深く長く息を吐いた。
所謂、ため息である。
「じゃあ、俺もハイスペックな女と付き合わないと世の中のパッとしねぇ男に悪いよな」
彼女の言葉を受けて、同じように返す。
「え、なんで?」
この女・・・。
「亘はそんなこと気にしなくて大丈夫よ。全然平気。好きな子と付き合って」
なんだそれは。
本気でちょっとぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、全く得になる事が無いので取りあえず、もう一度深呼吸してやり過ごす。
実のところ、このやりとり自体は頻繁に繰り返されており今更驚いたり疑問に思ったり、まして親身に相談に乗ってやったり等という気は全くない。
ただ、この話が出るときは決まって彼女が失恋したときだってことが分かるだけだ。
「振られたのかよ?」
オブラードには敢えて包まず、直球で聞いてやる。
俺だって暇じゃない。
案の定、彼女は嫌そうに眉をひそめた。
「全く無神経だわ」
「そう思うなら俺んとこ来んなよ」
ぽつりと呟いた台詞にご丁寧に返事をしてやれば、むう、と頬をふくらませた。
幼稚園児か。
「振られてないわ。私、告白してないし、あの人に好きな人が居ただけだもの」
それを振られたって言うんだよ。
ハイスペックな彼女が恋をしたのは、園芸部の地味な男。
花の手入れが好きで、優しくてかわいい女の子が好きで、同じ部の女の子と最近付き合い始めた。
ちなみにその前に陽菜が好きだったのは星が好きな地味な男だった。
どんだけ、乙男が好きなんだ。
「しかたねぇよ。お前、かわいい訳じゃねぇからな」
美人ではあるが。
「本当に失礼ね、亘のくせに」
そう言って益々眉間に皺を寄せてそっぽを向く。
「人のアドバイスに耳を貸す気がねぇなら、俺んとこ来んなよ」
大事なことなので2回言ってやった。
もう1回くらい、言ってやろうか。
「かわいくないって言うのはアドバイスじゃないわ。どうしたらかわいくなるかを教えてくれるのがアドバイスなのよ」
面倒くせえ女だな、おい。
「諦めろ。お前は『可愛い』キャラじゃねぇ。無理だ。絶望的だ。目指すだけ無駄だ、やめとけ」
彼女が望むアドバイスにはならないだろうが、優しい俺は取り敢えず忠告だけはしてやった。