エピローグ
それから。
ラウリート家では毎日のように娘婿を叱咤する親爺の声と、その父を叱咤し返す娘の声が絶えなかったという。
一人娘であるサリナを取られた父親の態度はなかなか冷たく、そんなルカを擁護するのがサリナの仕事だった。
しかし真面目で厳しい父親も、娘にはめっぽう弱かった。二人のやり取りをルカは苦笑しながら、母親は微笑ましく見つめる。
「お父さん、理不尽にルカを怒るのやめてって何回言ったら分かるの!私たちお昼の休憩とるから!」
「サ、サリー……」
そう言って、サリーはルカの手を引いて部屋へ戻る。まだ彼が来て数日しか経っていないから――父親はものすごい勢いで反対したが空き部屋もなく――サリナの部屋を共同で使っているのだ。
「ごめん、ルカ……まさかお父さんがあそこまでうるさいとは思わなくって」
長椅子に並んで腰掛け、サリナが俯いて言う。するとルカは、それを聞くが早いかサリナの頭に手を伸ばし、そっと自分のほうへ寄せた。
「俺はサリーと一緒にいられるなら別にいい」
ぼっと音を立てそうな勢いでサリナの頬が朱に染まった。婿養子という形で働き始めてからルカは平気でこんな甘いセリフを吐く。サリナはもう心臓が保ってるのが不思議なくらいだった。
しかもことあるごとに、
「告白はなんとか守ったが、プロポーズをサリーに取られた」
と、つむじを曲げるのだ。そのときのルカの可愛さと言ったら。サリナは慌てて頬を手で押さえる。本当に顔から火が出そうだった。
そんな顔の熱が治まると、サリナはぽてんとルカの肩に体重を預け呟いた。
「お父さんたちが引退する前に、ルカの吸血鬼になる前の記憶、探しに行こうか」
「……おまえは本当におてんばだな。でも、それは楽しそうだ」
溜息混じりに答えたルカの手が、サリナの頭を撫でる。
ふと顔を上げれば窓の向こうで桜の花弁が舞い踊り、開いた窓から暖かな春の風に乗って甘い香りが部屋へ滑り込み、ふたりを包んでいた。