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2日目

 次の日もまた快晴だった。今日は太陽に薄く巻雲がかかっている。天気のいいときに見られる雲だが、そこからは下り坂らしい。明日は雨になるかもしれない。しかし日の出と同時に家を出ると、ぽかぽかと温かい春の陽気がサリナを包んだ。

 なんだか上手くいきそうな予感、と笑みを浮かべながら教会へと走る。ミサのない間にしか捜索はできないのだから、今は一分たりとも無駄にしたくない。

 廊下を早足で歩いているとルカの背中が目に入った。声をかけると、まだ眠たそうな顔がこちらを向く。

「ルカ、おはよう!こんな早くから来てくれたのね」

 サリナが明るく声をかけるとルカは低い声で、あぁとだけ呟いた。どうやら朝は苦手らしい。

 申し訳なさに頭を垂れながらもルカのペースに合わせ、一歩遅れてついていった。

 聖堂へと向かう間に少しだけ言葉を交わした。ミサが始まるまで一時間ほどだろう。神父が来る前に奥の部屋を確認しておこうという話になった。

 マリア像の両脇に、神父やその他の関係者以外の立ち入りを禁じた扉があった。右手の部屋をルカが、左手の部屋をサリナが調べる。教会の構造は左右対称になっている。おそらく同じ大きさの部屋が並んでいるだろう。

 サリナが入った方の部屋は書庫のようだった。四方を本棚に囲まれ、真ん中に置かれた小さな机に何冊か本が広げられている。

「さすがに、この量は調べられないかな……」

 その本の数に後ずさりそうになりながらも、壁や床を調べて回る。

「神父さんでさえ知らないっていうんだから何かの仕掛けで隠されてるとしか思えないんだけど」

 そのとき、スカートであることも忘れて机の下に潜り込むサリナを一蹴する声があった。

「丸見えだぞ、サリー」

「……へっ!?ルカ!?」

 驚いて机に頭をぶつける。痛みにうずくまるサリナの手をルカが引いて、引きずり出した。

「いったぁ……ッ、み、見た!?」

「そんな色気のない下着、見たうちに入るか」

 いくら年が離れてるからって年頃の女の子にそこまで言わなくても!しかし、もはや反撃する気力もない。スカートをの埃を叩きながらサリナは立ち上がった。

「で、ルカの方はもう調べ終わったの?」

「あぁ、そのことだが、ちょっと来い」

 そう言って、ごく自然な流れでルカがサリナの手を取る。あまりに当然のようにするものだから、呆気にとられる暇すらなかった。しかしそんなサリナとは裏腹に、頬はどんどんと熱を帯びる。

 ほとんど引きずられるように反対の部屋へ連れて行かれた。こちらの部屋は神父が控え室にでも使っているらしい。ちょっとした家具がきちんと揃っていた。

 天使を象った石像が乗せられた、サリナほどの大きさの棚をルカがずらす。と、そこの床から金属製の取っ手と人一人やっと通れるほどの扉が顔を出した。

「こんなところに扉が?」

 それに気付いたサリナが跪いて手をかける。が、錆びているようでびくともしない。

「この埃の積もりようだと、この部屋は何代も前の神父のころから模様替えも何もしていないのだろう。だから今の神父はこのことを知らないんだ」

 そう言って、ルカがサリナの手を優しく払い、手をかける。その白魚のような指に似合わず力はあるようで、ギィと不気味な音を立てて扉が開いた。

 舞う埃から目を庇いながら、ぽっかりと空いた穴を覗き込む。先までは見えないが、地下へと階段が続いていた。

「地下室?」

 入ろうか、とルカに尋ねようとして顔を上げると、外で物音がした。

「……そろそろ人が来るころか。サリー、先に出てろ」

 有無を言わさず背を押され、追い出されるように部屋を出る。廊下から出たら誰かと鉢合わせするかもしれない。裏口へ走った。

 家具を戻したらルカも出てくるだろうと思い腰を下ろした。ぞろぞろと教会へやってくる人々の喧騒が風に乗ってここまで届く。しばらくするとミサが終わり、また人の気配が消えた。

 結局、ルカは出てこなかった。神父に見つかってしまったのだろうか。心配で息が詰まる。

 聖堂が静まり返ったのを確認して、そっと扉から頭を覗かせる。と、こちらへ向かってくる人影が見えた。

 それが自分の探していた人物であることを確認すると、サリーは後ろ手に扉を閉めて中へ入った。

「ルカ!どこにいたの、ミサに来た人に交じってたの?」

 サリナが問うとルカは小さく頷いた。

「ちょっと手間取ったから、こっちのほうが安全かと思ったんだ」

「ごめんなさい、私だけ先に出ちゃった……」

 いい、と聞こえるか聞こえないかの小さな声で言い、サリナの頭にルカの手が乗せられる。

 まるで、身長と年の差を思い知らされるようだった。

(ルカは私のこと、妹か何かみたいに思ってるのかな)

 ちくりと胸に痛みが走った。けれどそれが何か考える間もなく、ルカが口を開く。

「神父も今日は一日いないらしい。今のうちに調べるぞ」

「……うん」


 * * *


 改めて、その暗闇を覗き込む。やっぱり数メートル先の階段までしか目が利かない。

 途方に暮れていると、ルカが聖堂からキャンドルを一本取ってきた。

「それはさすがにダメじゃないの!?」

「あとで返す」

 サリナの言葉に耳を傾ける気は微塵もないらしい。ルカは一人で階段を降りて行ってしまう。

 扉を閉めていくか迷ったものの、閉じ込められたりでもしないようにと開け放したままルカのあとを追った。今日は誰もいないらしいから大丈夫だろう。

 地下は薄暗く空気も湿っぽく感じられた。横に扉や道はなく、ただ一直線に階段だけが続く。

「横道とかないのかな……」

「さぁな。道を覚える必要がなくて楽じゃないか」

 その薄気味悪さに自分の服の袖を握りしめて歩くサリナとは打って変わって、ルカの歩みは泰然としていた。

 しばらく進むと、ルカがゆっくり足を止める。足元を見ていたサリナも、止まって顔を上げた。

「鍵がかかってる」

 重々しい南京錠に手をかけるルカと並んで扉を見つめる。扉自体は木製のようなので、破ろうと思えば破れるだろう。

「鍵を探すか、斧でも持ち込んでリベンジするかだな」

「あいにく時間がないの。明日、斧を持ってもう一度来るわ」

 サリナが言うとルカはそうか、と言って踵を返した。慌ててサリナもあとを追う。

 キャンドルの微かな灯が照らすルカの顔は、どこか微笑んでいるようにも見えた。つられサリナも微笑む。

(ルカ、私のことなのに喜んでくれてるのかな。薬、ここにあるといいな)

(薬を見つけるまでに、どうやって連れ去るか考えておかないと。この町ともそろそろお別れか)

 石造りの階段に、甲高い足音がふたつ響いていた。


 * * *


 昨日より暗い色の夕焼けが照らすジュリオの顔は、少しやつれているように見えた。やはり飲まず食わずでは辛いだろう。

 しかしそんなジュリオとは裏腹に、サリナの気分は欣幸の至りであった。

「明日にもプリムラの雫が手に入りそうなの!あ、まだ保証はできないんだけど……明日の朝、扉の奥を調べてみるわ」

 満面の笑みで語るサリナを、ジュリオが瞳を潤ませながら見つめた。

「すごい!本当に三日で見つけちゃったんだね!」

「だ、だからまだ保証はしないってば」

 今にも泣きだしそうな顔でサリナの手を取るジュリオを困ったように見つめ返す。もし見つからなかったら……余計な期待をさせてしまっただろうか、と臍を噛んだ。

「じゃあ僕、明日のお昼に教会へ行ってもいいかな!こんなところで待ってられないよ!」

「えっ、でも日に当たっちゃダメなんじゃ」

 そんな風に言い出すジュリオに仰天し問い返す。ジュリオはちっちっと指を振った。

「ギャバジンでも羽織っていけば教会までの距離くらい平気さ!奥に古い衣装が何着かあったんだ。使ってもいいかい?」

 今ではもうあまり見ることもなくなった、全身を覆えるほどの長い外套のことをギャバジンという。確かにこれなら、逆に日に当たるほうが難しい。

「もう売り物にならないものだろうだから構わないけど、本当に大丈夫?」

 いくらサリナが心配して止めたところで本人はもう行く気満々のようで、頷く以外の動きを見せなかった。

 サリナもしぶしぶ了承するしかないのだった。

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