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泣け、ガラス瓶の中のこども

作者: 柿緒

 夏休み明けにあった全校集会で、僕のクラスの英語を担当していた吉野先生が亡くなったことが発表された。

 高校生になってまだ半年しか経っていないし、たぶん三年経っていたとしてもそうだっただろうけれども、人の死というものがこんなにもあっさりと自分の人生の前に姿を現すという事実が僕を動揺させた。二学期の授業が始まり、一学期からの続きになるはずだった吉野先生の授業を違う先生がピンチヒッター的に担当に就き、二学期中この代わりの先生が吉野先生の授業を続投した。吉野先生の授業を違う先生によって受け続けるのはとても奇妙な感覚だった。

 それはそうと夏休み明けには席替えもあって、クラスの男子による誰がかわいいと思うか集会で名前が多く挙がった女の子、能美清香(のうみさやか)が僕の隣の席となる。面識もあってないような状態なのに「よろしくね」と気さくな口調で美少女に挨拶されて、その気さくで壁のない態度に内心舞い上がりながら、けれども周りに内心を悟られないように、そして彼女にだけ通じるように感じよ良く「よろしく」と返事をしたのだけれど、もう少し仲良くなった後、このときのお互いの第一印象が話題になったときに本人から聞いたところによれば、この返事はとても愛想がなくていい感じはまるでしなかったそうだ。ともかく彼女が隣の席になったおかげで僕は二学期を幸福に過ごした。

 彼女の顔は可愛かったが、無自覚に言動の無神経なところがあったせいで、彼女を好きになった男子がいつの間にか逆に疎むようになっているということがよくあった。この症状を患った僕の友達の愚痴を聞いたおかげで、可愛さあまって憎さ百倍という慣用句が実感的に理解できた。似たようなことで、彼女は授業中に教師に問題を当てられて意見を言うときにしばしば辛辣気味な物言いになるので、クラスメイトの間で冗談の種になるようなことなどもよくあった。けれど、これらが表す欠点めいた性格は、僕には長所となって、つまりはお互いに思ったことを言うという点によって、僕と彼女は一年生のこの期間でしか毎日会話をするという親密な時間はなかったにもかかわらず、十年来の友となる。

 二学期が始まってすぐ、人の口に戸は立てられぬということで、吉野先生は自宅アパートからの飛び降り自殺だったという噂が僕の耳にも届く。鬱だったらしい。

 二学期が始まる前、夏休み期間は学校全体の縦割りブロック対抗の体育祭があった。進学校のくせに行事にとても力が入っていて、ブロックそれぞれが衣装や小道具から広告チラシ一切を手作りしたダンスを披露して勝敗を決めるという仕組みになっており、まだ一年生なのに、部活が終わってもう空は暗いのにダンスの練習や小道具の制作に参加しなければならないくらい熱気があった。

 そういう学校の定める活動制限時間を越えたときには、しばしば吉野先生はたくさんのパックのジュースを差し入れに持ってきて、僕たちに配った。「一人にひとつだよ」と笑う。

 能美清香(のうみさやか)は授業中によく居眠りをするくせに、居眠りを一度もしない僕よりもテストの成績がよかった。お互いのテスト結果を公表する程度には友達になった二学期以降、二年に上がってクラスが別になるまでの間、僕は一科目も彼女に勝てなかった。「わたしの勝ちだね」とからかい気味に告げる台詞を全教科分余さず、僕は聞く。その際、もれなくついてくる微笑に劣等感と満足を感じた。

 体育祭は八月の中頃に終わり、秋を感じる前に熱気も消える。体育祭の準備に掛けていた時間はまるまる消滅して、学校に来る生徒は部活をやっている者くらいになる。僕も所属していた陸上部の顧問の先生に会うくらいで、担任はもとより吉野先生に会うことはない。

 九月になり、授業のために登校をして、教室に入り、始業式に出て、宿題の提出やら、席替えなんかで二学期初登校日は終わる。

 すでに述べたように、全校集会で吉野先生の訃報を聞き、席替えで能美清香(のうみさやか)の隣になり、僕は幸福を感じる。



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