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慮外千万   (金曜日)

 弟が生きているだって? そんなはずがない。あの子は火事で死んだはずだ。しかもこんな奴が俺の弟だと? 信じられるものか。

「お前らこいつのことミヤビって呼んでいたよな?」

「あれはあだ名よ。(まさし)はみやびとも読むわ」

「だが、同じ名前はいくらでもいるはずだ! こいつが俺の兄弟だという根拠はあるのか?」

家長は黙った。彼女の視線がそれる。やはり、根拠などない、ただの偶然ではないのか?

「似てるのよ」

 と、家長は言った。

「あなたの笑顔と、ミヤビくんの笑顔が似てるの」

「こいつと似てるだって!?」

 ミヤビが口をはさんだ。

「後で鏡の前で笑ってみなさい」

「嫌だ、そんなことしたらナルシストみたいじゃねぇか」

 俺の笑顔と、ミヤビの笑顔が似ている。それは個人の感覚にすぎない。根拠としては不十分だ。そのはずなのに、もしかしたらミヤビは俺の弟なのではないか、と思ってしまう。

「家長さん、こいつが俺の弟だと言い張るのならば、弟がどうして生きているのか、予想ができているのか?」

「ええ。あなたのご両親について聞いた話と、ミヤビくんの話を合わせて想像してみただけのものだけど」

「話してくれないか?」

 いつの間にかミヤビも真面目な表情で、家長のことを見つめていた。そうか、こいつも何か思い当ることがあるのだな。家長は彼女自身が想像して考えた兄弟の物語を語り始めた。

「あなたのお父様はとても勘が鋭かったそうだわ。だから、火事の前もうすぐ自分一家が殺されることが、何となくわかっていたのかもしれない。それは根拠のないものだったのでしょうけど、十六夜家の秘密を知っているから、ありえなくもない話だった。

そうなると、息子のことが不憫でしょうがない。彼は、せめて生まれたばかりの下の息子を、どうにか逃がすことはできないか、と考えた。そして思いついた方法が、幼い彼を親が誰かも明かさずに、孤児の施設に預けることであった。そうすれば、息子はつらい人生を送るかもしれないけれど、生きていくことはできる。彼は妻を説得し、その計画を実行した。その後、彼の予想通り家は焼け、二人は殺された」

ありえなくもない話だ。俺の父親の勘の鋭さは祖父からきいている。勘だけで人生を成功に導いて行った息子であった、と。最後だけは勘も働かなかったのか、と祖父が嘆いているのも聞いた。家長の想像を信じるのであれば、父の勘は最後まで健在であったということか。

「雅という名前をあなたに伝えたのは、もし兄が生き残ったら、弟を見つけることができるようにという、ご両親の配慮だったのかもしれないわね」

 お前は兄だから弟を守れ。それはこういうことだったのか? あの時すでに、父は自分の死を察していたのかもしれない。

いつの間にか俺は家長の話を信じていた。

「正確なことは調べてみないとわからないけどね」

 家長は笑ったが、俺とミヤビは何も言わなかった。つまり、俺達は兄弟なのか?

「俺は一人じゃなかった……」

 先に口を開いたのはミヤビであった。

「俺の親は俺を見捨てたわけじゃなかった。俺の親は弥生の親と友達だった。俺の本名は空島雅だった。俺には兄がいた」

「でもまだ、そうと確信できたわけじゃないわ」

「考えてもいなかった。本当の家族のことなんて。生きてても俺のことなんか忘れてると思ってた」

 弟のことを忘れているだって。そんなことあるはずがない。

「俺は弟がいなくなってから、彼のことを考えなかった日は、一度もない」

 そうだ、俺は一日たりとも忘れることができなかったんだ。ずっと弟の亡霊に取りつかれたような日々を送っていた。どんなに楽しいことや嬉しいことがあったって、弟のことを思うと素直に喜ぶことができなかった。自分を苦しめて生きていくことしかできなかった。祖父はそんな俺を助けるために、あんな話を持ち出したのだろう。いや、もしかしたら弟が見つかることのないよう、他人の目につかないようにされていたため、祖父には彼が存在したのかさえもわからなかったのかもしれない。祖父に謝らなくてはいけないな。

 そして、目の前には生きた弟がいる。

「どうにも、こいつが兄だと言われてもしっくりこないんだよな。だってさっきまで敵だったんだぜ。どうすりゃいいかわかんねぇよ」

「とりあえず、俺のことを兄さんと呼べばいい」

「……兄さん」

 驚いた。この生意気な少年が、素直に言うとは思ってはいなかった。

「なんか変だぞ、これ」

「文句言うのならば、他の呼び方でもいい」

 一度言ってくれさえすればそれでいい。自分の弟が生きている、そのことが実感できたから。

「じゃ、おっさん」

「お前、俺と三歳差のくせに何を言っているんだ!」

「三歳差でも高校卒業すればおっさんだよ、おっさん」

 やはり、こんな奴が俺の弟のはずがない!

「二人とも、積もる話があるでしょうから、私はこれで失礼するわね」

 と、家長。

「弥生こんなタイミングでいなくなることねぇだろ」

「待ってくれ、こいつは弟と言えど、まだ他人のようなものなんだ。二人きりにされて話せるわけがない」

「やっぱりヘタレじゃねぇか。弥生、とりあえずもう一つ部屋を用意してくれ。ここは臭いから、俺は違う部屋で寝るぞ」

「おい待て、臭いとはなんだ!」

「なんだかんだいって、二人とも仲がいいじゃないの。じゃあね。隣の部屋はあけとくわ」

 家長は言いたいことだけ言って、部屋を出て行った。

「……いつもあんな感じなのかい?」

「今日のは少し酷すぎる。でも大体あんな感じ」

「そうか」

「俺、隣の部屋に移る」

 黙っているつもりであったのに、部屋を出て行く時、視線があった。

「おやすみなさい」

「おやすみなさい、兄……いいや」

 本当に可愛くない弟だな。


 自分の弟が生きているということについて、寝る前に考えていた。

 弟が生きているということは、俺の重荷がなくなるということだ。そして、ウサギを妹として見る必要がなくなるということだ。ウサギ、どこに行ってしまったのだろう? 次に彼女に会った時には、好きだと告白できるかもしれない。だめだ、本当に俺はウサギのことを好きなのかどうかは、自分でもいまだにわからない。

 ミヤビという弟について考えてみる。

 もし彼があだ名ではなく本名で呼ばれていたならば、俺は彼が弟であることに気付けたかもしれない。いや、そんなことはなかったな。あいつは敵だった。死んだ弟が生きているなどと言われても、簡単に信じられなかっただろう。どう頑張っても、最短で今だったのだろう。あるいは俺がもっと真剣に彼を探していたら見つかっていたかもしれないが、死んだ人を探すことはばかげている。

 ウサギを探す協力をしてもらおう。結局成り行きで泊ってしまった。今更別れた所でもう遅い。協力してもらう方が、犯人をみつけだせる確率は上がるだろう。先程は駄目と言ってしまったが、助けを求めれば、きっと協力してくれるはずだ。

彼が生きていて、よかった。

そして、俺は眠りについた。


と、思ったが、あいつはまだ俺を眠りにつかせてはくれないようだ。仕方ないな。まだ夜は長い、ゆっくりと話を聞いてやることにしよう。


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