カム、ヒア。 (金曜日)
俺達が作戦を立てた二日後。解散の時刻になったが、今日も盗賊二人は来なかった。
「もう来ないんじゃねぇの」
と、悠木は弥生に聞こえないように小声で言った。
「そうだといいんだけどな」
俺だって同じことを思ってる。それでも、油断をするわけにはいかないんだ。
「頑張れよ、ミヤビ」
「ありがと」
何を頑張ればいいかは分からなかった。
「今日も来なかったわね」
二人が帰るのを見届けた後、弥生は言った。みんな、おんなじこと考えてるんだな。
「もう四日目。最初は二日連続でやってきてたのに、不思議よね」
もう来ないかもしれない、そうみんなが心の奥底で思っている。来なければいい、とも思っている。でも、もし来なかったら俺達は、来るはずもない奴らにおびえながら暮らさなくてはならない。
「もしかしたら、もう家宝は盗まれてるのかもしれないな」
「それはないわ。毎日確認してるもの」
「偽物とすり替わっているってことは?」
「絶対にあり得ない」
弥生がなんでこんなにも自信を持って言えるのかは分からなかったが、彼女がそう言うのならば、まだ盗まれていないのだろう、と俺は思った。
「あいつらも意味もなく来ないわけじゃないだろう。俺達が知らないところで何かやってるのかもしれない」
「単に曜日の問題かもしれないわよ」
なんとも言えないな。俺達にできることは、ただ推測をすることだけだ。その推測だって当たっている気はしない。
「どちらにせよ、今の私達には何もしようがないわ。待つだけよ」
「そうだな。行動するよりも待つ方が疲れるけどな」
突然弥生は笑顔になった。
「そんなミヤビくんの疲れをとるために、今日もあったかい温泉と、おいしい料理が用意してありますよ。しかも今日のデザートはスモモですっ!」
「おぉ、俺の大好物じゃないか!」
なぜか、弥生は笑った。俺には何がそんなにおかしいのか、わからない。
「スモモが大好物って変わってるよね」
「そんなことで笑うなよ。大好物くらい俺の勝手だろ」
どうせ、俺のような一般人の嗜好は、お嬢様から見たら全部ですよ。
「逆に聞こう。弥生は何が好きなんだ?」
「えーと……フグ」
さすが、食生活だけは確実にお嬢様だ。
食事が終わると自由な時間だ。
迷子になった日以降すぐに前の部屋に戻されたため、ほとんど一人でテレビを見て過ごしている。テレビさえあれば絶対に飽きない。そんな俺はテレビっ子。と、言っても例外はある。それは番組と番組の間だ。ほとんどの放送局がコマーシャルになってしまうから、つまらない。
今もそんな時間だった。一つの番組が終わり、次の番組への前時間。どの局も、即席ラーメン、パチンコ、美容整形、世界征服団体(そんなものはない?)のコマーシャルをやっている。
暇だったせいか、妙な胸騒ぎがした。俺の暇はいつも余計な妄想を作りだしてしまうものだ。
「俺は外を確認しなくてはならない」
なぜだか知らんけど、そんな気がした。
暇だから、俺は部屋の外へ出た。何もない。まぁ当たり前のことさ。俺のくだらない妄想が現実になったことなんてない。一瞬変な不安が心をよぎった。
外って本当に部屋の外のことなのか?
俺は室外へ出た。やはり何もない。あるのは門松(何故あるんだ?)だけ。どうせくだらない妄想さ。再び変な不安が心をよぎる。
外って本当に屋敷の外のことなのか?
くだらない妄想のために、わざわざ屋敷の門まで来てしまった。暇っていうものは、人間にとって毒だな。意味のない行動をしてしまう。でも、ここで終わりだ。大気圏外には簡単には出られそうにないから。
そこで俺は気付いた。この門って夜間は非常時を除き開閉不可だよな。例外は弥生と……島津の野郎だっけ。そりゃ面倒だ。やっぱり、帰ろうかな。と、思ったら近くに程よく、荷物が積んであった。これは最後まで見て行け、ってどっかの誰かからの忠告か。せっかくだから上るとするか。
「よいしょ」
あっ、声を出してしまった……。俺も歳だな。だが、まだおっさんには負けないぜ。
無事塀の上へ、上ることができた。少し疲れた。
「じゃ帰りますか」
結局俺は何がしたかったんだろうな。
「ん?」
塀の外をよく見ると何かがいる。倒れてる……人? よく見えないな、もう少し近くで見れないかな。もうちょっと、
「うわあっ」
塀の外へ身を乗り出しすぎて、落下してしまった。よかった、下が柔らかい土で。にしても、これじゃ帰るのが大変だな。それより先に人だ、人。
そこで倒れていたのは、女の子であった。とても可愛い。どうやら気絶をしているみたいだ。助けなくちゃ。俺は彼女をかつごうとした。彼女がかぶっていたローブがずり落ちて……。
「まさか!」
女の子の頭には猫耳があった。
ってここで妄想終了か。もうちょっと考えていたかったな。いやいや、今は人命救助が最優先だ。
そこで倒れていたのは、死にかけの男性(残念)だった。見覚えのある男だ。こいつは、
「カラスだ」
服はボロボロで顔もやつれているが、間違いない、盗賊の男だ。一応、まだ生きている。なぜ、こいつがこんなことになっているかはわからない。どうしよう?
「うっ……」
と、男はうめいた。このままでは朝までもつかわからない。助けるか? こいつは敵だぞ。じゃあ助けない? 敵と言えど、人を見捨てたら夢見が悪いな。こいつなんか見つけなきゃよかった。あ、でも、こいつを捕虜にすれば交渉の材料に使えるかもな。
よし、連れて帰ろう。
俺は男を背負った。運よく梯子がおきっぱなしになっている。頑張って上るとするか。
自分の部屋に帰る頃にはヘトヘトになっていた。途中でカメラに映らなかったことを祈るぞ。
「さて、どうしようか」
選択肢一、介抱する。
選択肢二、弥生に知らせる。
選択肢三、いっそほっとく。
「ここまで運んだのに、三はないか」
選択肢一と二が妥当かな。今更だけど、なんでこいつは倒れていたんだろう? 病気とかじゃないかな。やばい、うつるんじゃねぇの?
「水……」
と、盗賊の男は言った。
「水?」
「水をくれ」
なんだろう? とりあえず欲しいと言ってるものは、あげた方がいいのかな。ためしに、水をあげてみよう。
ペットボトルのミネラルウォーターを渡すと、一本飲みほしてしまった。
「あと、飯」
「はぁ?」
なんか捕虜の分際で偉そうだな。死なれたら困るから、一応部屋にあったスナック菓子を渡してみる。
「助かる」
と、だけ言って一瞬で一袋を食べてしまった。もし、俺が夏休みで観察日記をつけることになったら、こいつの観察日記は絶対につけないな。
「生き返った。三日間、飲まず食わずの生活を送ってたもので、危うく飢え死にするところだった。助かったよ」
その話が本当だとしたら、三日ぶりにこんなに飲み食いしていいのか。この後、腹壊したとしても俺は知らないぞ。
「ん? 君、どっかであったことがあるよね?」
あれ、もしやこの男、俺のこと忘れてる?
「どこだろうかな。まて、言うなよ、自力で今思い出すから。結構最近だよな、あ、そうか!」
男は手をポンと打ち鳴らし、突然、俺を疑っているような目つきをした。どうやら、俺のこと思い出したみたいだな。
「お前、なぜ俺を助けた?」
「なんとなく」
「それはないだろう? 理由があるはずだ」
「すみません、ごめんなさい。素直に言うから許してください。腕をひねらないでください。捕虜にしようとしてました」
怖くてつい、言っちまったよ。ロープかなんかを男の体に巻きつけておけばよかった、と後悔した。
男は自力で座った。やっぱり、ひねられるかもしれない。
「腕をひねらないから、少し話を聞いてくれないか?」
あれ、ひねらないのか、それはよかった。でも勇気をだして、もう一つ、こいつに要求しなきゃいけないことがある。
「その前にさ……」
「なんだ? 一応お前は命の恩人だから、言いにくいことでも言ってみろ」
言いにくいことだ。すごく言いにくい。言ってしまえ!
「先に風呂に入ってくれないか?」
「なぜ……あっ!?」
盗賊の男は俺に言われて、やっと自覚したようだ。彼はものすごく臭かった。
「なにこれ、温泉か? すごいな」
盗賊の男が、部屋の風呂が温泉であることに気付きはしゃいでいる。なんかすっごく楽しそうじゃないか。ここは旅館じゃねぇんだぞ。あいつ自分のいる場所ちゃんとわかってるのか?
あ……服とかどうしよう。
あいつの服ボロボロだったぞ。着れるのか? あれ着たらまた臭くなるよな。今でも悪臭はなっていやがるし。やはり最初に弥生呼べばよかったかな。あいつにどんだけデリカシーがあるかわかったもんじゃないし、この状態じゃこの部屋に女の子入れない方がいいよな。てか、俺も嫌だ。違う部屋の鍵があいていればよかったのに。島津呼ぼうかな。あいつは問題を増やすだけかもしれねぇな。昼間なら他にもいっぱい人いるんだけどな。夜は他に誰がいるかわかんねぇな。警備の人に言ったら……無断で人を入れたことで怒られるな。でも、このままにするわけにもいかねぇな。この部屋じゃ臭くて寝れない。
「ミヤビくん……」
あれ、弥生が来た? 俺の思いが通じたのか?
「部屋、開けてくれない?」
どうしよう? 風呂場のドアは閉まっている。あいつもすぐには出てこない、はず。
出てこないことを祈って部屋のドアをあける。
「今、部屋の中に入ってもいい?」
「えっ?」
後ろを振り返る。やっぱ駄目だ、女の子を入れるわけにはいかない。
「いや、外で話さないか?」
弥生の返事を聞く前に、俺は部屋の外へ出て、扉を閉めた。
「誰かを部屋の中に連れ込んだでしょう?」
「やっぱり知ってたのか……。まぁそうだな」
弥生が厳しい視線を投げかける。やっぱり独断であいつを中に入れたのはまずかったか。
「監視カメラに映ってたのよ。誰なの? 女の人なんでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、男のほう」
「……男?」
なんでそんな変な顔をするんだ? 確かにヘタレが一人で来てるのは不思議だけど、ありえなくはないことだろ。
「まあいいわ。これからは、むやみに人を入れちゃだめよ。そこをあけてよ」
「今はちょっと駄目だ」
「なんで駄目なの?」
「いや、あの、それはだな……」
着替えがないから、どんな格好をしてるか分かんない……なんて、わざわざ言わなきゃいけないのか?
「何も言わないなら、とりあえず開けなさい!」
弥生はドアノブをつかんだ。
「やばっ!」
俺は扉をおさえようとしたが、力及ばず、扉は開いた。
「着替える服がなかったから……。あっ!?」
盗賊の男と弥生の目があったのはその直後であった。
「で、なぜ俺まで怒られなくてはいけないんだ……」
と盗賊の男はぼやいた。
「もとはと言えば、あなたが何も考えずにここまで来たからいけないんでしょ!」
俺達二人は叱られていた。男は、さすがに全裸で立っていたわけでもなく、部屋にもともと用意されてあった浴衣(旅館のやつを高級にしたようなもの)を着るくらいの配慮はできていた。それでも弥生は怒った。
「最初は恋人連れ込んだのかと思ったわよ」
そもそも、その発想がおかしいんじゃないのか? それに監視カメラの画質も上げた方がいい。その怒りが、どんなに不条理でも、俺達は弥生に頭が上がらない。何よりもおそるるべきは弥生かな。
彼女、俺の横にいる男が何者であるかさえも忘れてないか?
「あの……こいつのことなんだけど」
「何!?」
怖いぞ、お嬢様のくせに怖すぎるぞ。
「逃げるかもしれないから、こいつを縄で縛っておいたほうがいいかも」
「そうね、ついでにミヤビくんも縛ろうかしら」
「なんでそうなるんだ」
「冗談よ」
こんな状況で冗談を言われても、リアリティありすぎて怖ぇよ。
「とりあえず縛っときましょうか」
「はい……」
男は素直に従った。さすがヘタレだな。弥生は彼の返事を聞くとすぐさま、見るからに丈夫そうな太い縄を持ってきた。
「どうしたら、家宝を盗もうとするのをやめてくれるの?」
と、弥生は紐で男をぐるぐる巻きにしながらきいた。
「俺は盗みをやめようと思っている。だが、ウサギはどうなのかわからない」
「ウサギってもう一人の女の人よね。彼女の方がやる気なわけね。どうしたらやめてくれるかしら?」
「わからない」
「一緒にやっててそんなことも分かんないの? あなたが彼女にきけば、わかるかしら?」
「ウサギは……行方不明だ」
「行方不明?」
行方不明、か。俺達はそんなこと知らなかったぞ。どうやら、別の問題が加わり始めたらしい。どんどん面倒なことになってくるな。今更この一連の問題から抜けられそうにはない。
「どうして行方不明になったの?」
「おそらく誘拐された。盗みの仕事を頼んだ人間によって誘拐されたんだ。それが何者かはわからない」
「助けだす方法はない?」
「もしかしたら……先程言ったことを撤回する。悪いが俺は君の家の家宝を、盗まなくてはいけないのかもしれない」
「どうして!? さっきはやめるって言ったじゃない!」
「俺が家宝を盗むことができたら、ウサギを助けることができるかもしれない。だから、家宝の場所を教えてくれ」
「……」
「弥生!」
弥生は男の話を信じた。男の話は突拍子もないものであったが、俺にも彼が嘘をついているようには見えなかった。このままでは一人の人間が殺される。
そして、弥生は悩んでいた。彼に秘密を教えるべきか否かを。
「頼む、お願いだ。これでウサギを救えるかもしれないんだ」
「そうかもしれないわね……」
「もしそれで救えたとして、地球が滅びちまったらどうにもなんねぇだろ!」
思わず俺は叫んだ。盗賊の男は驚いた。あれ、もしかして俺、なんかまずいこと言った?
「地球が滅びる? どういうことだ?」
こいつは、知らなかったのか。弥生は俺を睨めつける。俺は思わず舌打ちをした。
「一体どういうことなんだ? 地球が滅びるなんて……」
弥生はため息をついた。隠し通すのを諦めたんだ。
「その言葉のとおりよ。家宝は地球を滅ぼす力があるの」
男は絶句した。
「しかし本当に、地球を滅ぼす、そんなことがありえるものか」
盗賊の男は今までの全てを説明してくれた。仕事を頼まれたこと、家宝について知っていたこと、そして相棒が誘拐されたこと。
「ありえてしまうのよ、何度も言うけど」
弥生は言う。
「おそらく、あなた達に家宝を盗むという仕事を頼んだ人間は、そのことを知っていたと思うわ」
「そいつも捕まえなきゃいけねぇんだよな」
と、俺は言った。でも、そいつについては何もわかっていない。無謀なんじゃないかと思う。
「どうであるにせよ、俺にはこれ以上の協力はできない。協力したら、ウサギが殺されてしまうかもしれない」
すでに殺されている可能性の方が、高い気がする。でもそんなこと言えるわけがなかった。
弥生は黙って、男に巻かれていた縄をほどき始めた。
「俺は結局、何もできなかった」
「いいえ、あなたからもらった情報はきっと役に立つわ」
一瞬にして縄はほどかれ、再び男は自由の身となった。
「これで逃げれるわよ。ミヤビくんが上手く運んでくれたから、監視カメラにはほとんど映ってないわ。この後映ってしまったとしても、また盗みに来たということにできる。あと……」
彼女は彼に数万円を渡した。
「これで新しい服でも買いなさい。公然わいせつ罪で警察に捕まったりなんかしたら、ただの馬鹿よ」
微妙に金銭感覚がおかしいことは、今は指摘しないでおこう。
「ありがとう」
彼は部屋を出ようとしたが、踏みとどまって、また戻ってきた。
「少し君にききたいことがあるのだが、いいかな?」
と、男は弥生に向って言った。
「時間があるなら、別にいいわよ」
「俺の本名は空島優というんだ。俺の両親と君の両親とは仲が良かったらしい」
「何となく予想はできていたけど、本当に空島家の息子さんだったのね」
「知っていたのか。俺は本名を名乗らなかったはずだが、よくわかったな。ききたいことというのは、俺の弟は本当に存在していたかなのだが」
「火事で死んでしまった子ね。存在したわよ、もちろん。私もこの屋敷で働く人から話を聞いたわ。可愛そうなことをしたって……」
「そうか、それならよかった」
男(つまりは空島)は立ち去ろうとしたが、弥生は何か納得がいかない様子だった。
「待って!」
彼女は思わず空島を呼びとめた。彼は立ち止った。
「どうして弟さんが存在したかどうかなんて聞くの?」
「両親の死体は見つかったのに、弟の死体は見つからなかったんだ。それだけの話さ」
「見つからなかった? それはどういうこと?」
「きっと燃え尽きてしまったんだ。俺はまだ幼かったから調べようもなかったし、今でも詳しいことは分からずじまいだけどな」
空島は寂しそうに言った。今でも弟のこと、悔んでるのかもしれない。俺と似たようなものだ。親のこと、いつまでも許すことはできない。
「ごめんなさい」
「なんで謝るんだ? あの火事は君のせいではない。本当に謝らなくてはいけないのは俺の方だよ。二回目の惨劇を起こそうとしている。馬鹿な話だよな」
自嘲的な笑みを浮かべた。こいつの笑顔は初めて見たような気がする。でもこれに似た笑顔を、どこかで見たことがあるような……。
「あなたの弟さんの名前、きいてもいい? ご両親の名前は知っているのだけど、あなたと弟さんの名前はわからなかったの」
「名前か。笑いたくなるような、変な名前だ。俺が優しいで、『すぐる』だから、それに合わせて弟は『まさし』。兄弟合わせて優雅」
俺と同じ名前!? 嫌な感じだなぁ。
「もう話すことはないな。そろそろ行くぞ」
「もしかして、弟さんが生きているということはないの?」
突然、弥生は言った。
「そんなこと……」
「でも死体はなかったんでしょう?」
「確かにそれはそうだが」
「本当に、火事のあった日に弟さんはその家にいたの?」
「……」
空島は無言だった。
「弟さんは火事のある前にどこかに避難していた、ということが絶対にないと言えるの?」
「あるわけないだろ! そんなの気休めだ!」
弥生はなぜか、笑った。
「でも、いるのよ。その火事の日の頃に捨てられた子が」
「それがどうしたんだ?」
「ね、ミヤビくん……いえ、本名は雅よね」
弥生は俺を見た。
ちょっと待ってくれよ? これは一体どういうことだ!?




