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キーパーソン【ミヤビ】   (月曜日)

 何だかまぶしいな、そうかいつのまにか寝てしまっていたのか。目を開けると、そこはいつもの部屋ではなかった。

「こらぁっ中野! 起きろ!」

目の間に現れたのは中年のおっさん。暑い時期に見たくないものの代名詞。

「実験の説明の時間に寝るとはいい度胸だな」

 そうか、実験の説明か。なぁるほど。俺はいつもの教室ではなく化学実験室にいるわけだ。

「もう夏休み終わって一週間たったんだぞ。いつまでも夏休みのノリで、深夜まで起きてるからこうなるんだ。今日は早く寝ろ、わかったな、中野!」

 おっさんのメガネがギラっと光る。こんなに都合よく光るとは、こいつ光の反射角度を計算しているのか? もしかしたら皮脂汗つきのメガネはよく光るのかもしれない。きっとあと十数年もすれば、頭も光ることだろう。年の功ってすごいよな。

「では授業を続ける」

 おっさんが立ち去るのを見計らって、隣の席に座っていた海江田(かいえだ)悠木(ゆうき)が近付いてきた。

「他にも寝てるやつはいたのに、ミヤビ、災難だったな」

「俺の名前はミヤビじゃない、(まさし)だ」

「いいじゃないか、ミヤビくん。ちなみにオレはもちろんわかっててミヤビと呼んでるんだぜ」

 知り合って以来、悠木はずっと俺のことをミヤビと呼んでいる。最初に彼が読み間違えてからかったのを、根に持っているのかもしれない。なんにせよ人の嫌がる名前で呼び続くるってのは感心しない行為だ。

 俺が寝ている間、悠木は寝てはいなかったようだが、授業を聞いていたわけでもなさそうだった。ノートにマンガの女キャラを描いている。そしてその落書き(かなり上手い)が完成すると、また俺に話しかけてきた。

「世の中不思議だよな、あのおっさんのメガネはウザいのに、お前の好きな……」

「おいっ! ここで言うな」

 そうだ、確かに俺の好きな新村(にいむら)(しずく)はメガネをかけている。そしておっさんのメガネと彼女のメガネは別次元のものである。なぜそう言えるのか。それは雫のメガネなら数万円払っても欲しいが、おっさんのメガネは欲しくはないからだ。

「お前、あの子のどこがいいんだ?」

「なんだよ、こんなところで恋愛トークかよ」

「じゃあ当ててみる。普通に話している限りではおとなしいのに、スポーツが上手く、好奇心旺盛。そのギャップがいいんだろ」

「図星だよ、これ以上言うな」

 悠木がニヤニヤしている。彼の視線の先には雫がいた。まじめに授業聞いてるんだな。

「あんなまじめちゃんはお前にはあわない」

 こいつ、否定ばかりしやがって……。そういうお前はどうだっけな? そういや悠木の好きな人って聞いたことなかったな。この機会に聞いてみよう。

「じゃあお前の好きなのは誰なんだ?」

 好きな人を言うのに躊躇するのかと思ったが悠木は即答した。

「弥生」

「おい、好きな女を即答するなんて、お前には恥じらいってものはないのか!」

「恥じらい? 人を好きになるのは自然なことだぜ。それに恥じらいを感じるなんて、君はそれだからいつまでもおこちゃまなんだよ」

 いつも通りのムカつく奴だ。親友だからって、なに言ってもいいわけじゃないんだぞ。お前がその気なら俺だって本気を出してやる。

「さっき弥生が好きだと言ったな。あの女、名家のお嬢様だぜ。お前には不釣り合いじゃないか」

「いや、ここでのオレは間違いなく適役だ」

 言い切りやがった。まさか悠木がこんなにも自信過剰なやつだったなんて知らなかった。

「お前自分の立場とかわかってんのか?」

「わかってる。だから俺は高嶺の花をただ見つめているという役をやってんだ。どうだ、オレみたいなクズには適役だと思わないか?」

 だめだ、負けた。

 その負けをあざ笑うかのように、チャイムの音が響いた。悠木にはこのチャイムが勝利のファンファーレに聞こえていることだろう。

 いつもの教室へ戻るため荷物をまとめ立ち上がる。

「あの……」

 振り向くと弥生がいた。

「今日、私の家に来てほしいの」

 横を見ると悠木の顔が真っ赤になっていた。あまり暑くもないのに汗をかいている。心臓の音がここまで聞こえてきそうだ。ああもう、じれったいな。なんかしゃべれよ。さっきまでの元気はどこにいったんだ?

「は……はい」

 悠木は言った。やっと絞り出してそれだけかよ。口先だけのやつだな。いやまてよ、こいつ見つめてるだけが自分の役だって言ってたから、これは仕事の範囲外なのか。それにしてもこれはいい機会じゃないか。好きな子の家に行けるなんて……。

「いえ、そうじゃないの」

「そうじゃないって、なにが違うんだ?」

 悠木は当てにならないから、俺が代わりに質問してやった。

「私は中野くんだけに来てもらいたいの」

「えっ!」

「ミヤビお前っ!」

 まさかの展開。なにかの間違いじゃないのか? 俺は弥生と話したことすらほとんどないんだぞ。

「一緒に来てくれる?」

 彼女は何か困っているようであった。俺に助けを求めている。思わず頷いてしまった。

「ありがとう。授業終わったら、ミヤビくんの席に行くね」

 肝心な所で名前が違う……。訂正しようと口を開きかけたが、弥生はかわいらしい笑顔を見せ、自分の席に戻ってしまった。

 俺を睨みつける悠木。お前の気持ちはわかる。でも仕方ないだろ、弥生は俺を選んだんだ。負けたと思った勝負、意外な形で逆転勝利。

「口では負けたが、現実では勝ったぜ」

「そうとも言えないな。オレは弥生の笑顔をすぐ近くで見れた。最高のワンショットだ。確かにお前は弥生の家へ行く権利を得たが、それはお前の一番好きな相手じゃない。これじゃどちらかが勝ったとは言えないな」

 負けず嫌いだな。でもこんなことで友情にひびが入ることがなくて、正直安心したよ。

「オレは弥生を見てるだけで幸せなのさ。仲良くなっちまったら、悪い部分も見えてくるからな。遠いところにいる弥生こそオレの理想の弥生だ。オレに弥生に関する悪い情報なんて話すなよ」

「ところで、弥生の家って……」

「十六夜邸に決まってるだろ」

 そうだよな、彼女若くして名家の家長だもんな。俺はあんな大豪邸に行かなきゃいけないのか。でも俺はどうして弥生の家に呼ばれるんだ? 


 時は放課後。俺は今、弥生と一緒に十六夜邸の門前にいた。

ここまでの道のりは正直あまり覚えていない。弥生と二人きりで歩くっていうのはかなり緊張するんだ。彼女がお嬢様で、その上ものすごく美人であるから当然のことだ。

俺は目の前の建物を見た。十六夜邸は全体が綺麗な塀で囲まれている場所だ。中は見たことがない。いつも気になっていたのだが、大豪邸って場所は、どこもこんな塀で囲まれているものなのだろうか。

 弥生は門の横にあるカメラに近づいた。

「只今帰りました」

 瞬時に門が開く。凄いもんだな、このカメラの映像がお手伝いさんによって、常にモニタリングされているんだろうか。いやいや、きっと声や顔の形で人物認証する機械なんだろうな、これは。

 塀の中は何もない空間だった。しかし、俺らが通過した門が閉まると、急に地響きがして地下から謎の建物が出てきた。弥生は建物に入っていく。急いで俺もついて行く。どうやらこの建物は地下へと降りる階段のようだ。長い階段を下りていく。この階段ものすごく長い。何百段も下りたと思われる頃、急に視界が開けた。やれやれやっと着いたぞ、と思って顔をあげるとそこには巨大な人型の機械が……。

「私、実は秘密組織のメンバーなの」

「まさか!」

「本当のことよ。今まで黙っててごめんなさい。本当はずっとクラスのみんなに内緒にしておくつもりだったのだけど、そうは言ってられなくなった……敵が攻めてきたの」

 嫌な予感がする。

「それで俺はなんで呼ばれたんだ?」

「それはね……雅くん、あなたはこの機械に乗って、敵と戦わなければいけないからよ」


 なんてのは妄想で、実際の十六夜邸はいたって普通だった。メインの建物が一階建てで、でかすぎることを除けば。

「思ってたより普通だなぁ」

 あ、口に出して言っちゃった。

「まぁ見た目は普通よね。代々派手好きな人はいなかったみたい」

 逆に派手好きがいたらどうなっていたのだろう? 建物全体をピンク色にしたりするのだろうか。いや、ゴールドってのもありかもな。

「案内するわ。ついてきて」

 はいはい、わかってますよ、お嬢様。ついてきてって俺をどこに連れていくつもりなのかな? まさかあんな……いやないだろ絶対。

 案内されたのは普通の和室だった。今度は本当に普通、大きさも机も普通。机の横に三十代前半くらいの男が正座している。

「座って」

 弥生は男の隣に座って、俺を向かい側に座らせた。

「今から話すこと、ここにいる以外の人に話さないって約束してくれる?」

 俺は頷いた。弥生の隣の男と目が合う。こいつ、なんか強そうだ。

「あ、その前に紹介しなきゃね。この人は島津敬治、私の第一防衛者。いざというとき私を護ってくれるの」

「よろしくお願いします」

 島津と俺の言葉がかぶった。

「で、話ってなに?」

 島津が俺を睨みつける。嫌な感じ。俺こいつ嫌い。

 弥生は島津の反応など気にせず(気づいてないだけかもしれない)話を始めた。

「ミヤビくん、私が十六夜家十五代目家長であることは知っているわよね?」

 おい、またミヤビかよ。もしかして名前知らないのか。とりあえず、説明が面倒だから頷く。

「すみませんお嬢様、お話を始める前にこの方のお名前を教えてくださいませんか?」

「ん? そうだ、忘れてた。この人は中野ミヤビ、クラスメイトなのよ」

 弥生はおっちょこちょいなのかもしれない。やっぱり名前も覚え間違えている。

「あの、俺の……」

「ごめん、話の途中だったわね。実は十六夜家には代々伝わる家宝がある。昨日それを盗もうとしている人たちが現れたの。その時はなんとか家宝を護ることができたんだけど、相手も逃げ出しちゃって、また今度やってくるはずなの」

「つまり、俺にその家宝の防衛役を任せる、と?」

「たぶん、違うわ」

 違うのかよ。てっきり俺は盗まれそうな家宝を守るために、クラス最強の俺が呼ばれたのかと思ったぜ。最強と言っても、ジャンケン大会で一位になっただけだけどな。

 さて弥生、教えてもらおうか、君は俺のどこに惹かれ、俺が君のために何をすればいいのかを。

「じゃあ何をすればいいんだ?」

「それが、私にもよくわからないのよ。ミヤビくんが重要人物であることはわかってるんだけど」

「そんな何をするかも決まっていないのに、なんで俺が重要人物だって思ったんだよ?」

「私には家宝を守るために、ヒントをもらえる能力があるの」

 なんかマンガみたいな展開になってきたぞ。ヒントをもらえる能力って言えば、これは絶対あれだろ。

「それは……未来予知能力?」

「違うわ」

 あれ? またはずれか。

「私の場合は未来の予知ではなく、助けになってくれる物や人物だけ知ることができるの。それがどんな助けかは分からないし、その結果どうなるかも全く分からないわ」

つまり、RPGの主人公みたいなもんだな。ストーリーのヒントや重要人物は町の人とかが教えてくれるけど、戦うのは自分たちだし、この後何が起こるかなんて冒険を進めてみない限りにはわからない。うん、この例えが一番わかりやすい。ちなみにそのRPGのヒロインは金髪美女弥生で、島津はその部下、主人公は黒髪黒目のさっぱり系イケメン、すなわち俺だ。あ、いけない、設定上主人公は弥生なんだった。

「ところで、家宝はいったいどこにあるんだ?」

「それは言えないわ。大事なものだもの」

 なんだ、全部内緒じゃないか。もしかしたら俺はこの家のやつらに騙されているのかもしれない。

「防衛の人たちは家宝の場所を知ってるのか?」

「いいえ、知らないわ。家宝の場所を知っているのは、十六夜家の家長である私だけよ」

 島津も知らないのか。安心した、島津が俺以上のことを知ってるなんて許せないからな。

「他に何か聞きたいことはある?」

 弥生がそう言ってくれるのはうれしいが、何を聞けばいいかよくわからない。あんまり実感わかないんだ。相変わらず、何をすればいいのかさえもよくわかんねぇし。

俺が何を質問すべきか分からず困っていることを察してくれたのか、弥生は言った。

「とりあえずミヤビくんには、この家で暮らして欲しいんだけど……」

 なんだと!

「……やっぱり難しいわよね」

「大丈夫です! 俺、ここに住みます!」

 こんな豪邸に住める機会なんて、そうあるもんじゃない。このチャンス、絶対逃すものか!

「ありがとう」

 こうして俺の豪邸生活が始まった。


 中で生活(と言ってもまだ数時間)してみてわかるものだが、豪邸ってのはとにかく凄い。

 第一に部屋が多い。俺は客室に泊ることになったのだが、客室だけで洋室、和室、大小様々全部合わせて二十部屋以上あるそうだ。なんでそんなにも部屋が必要なのか俺には分からない。ちなみにその時は俺以外客室を使っている人はいなかった。そのほかに使用人の住んでいる部屋が数部屋。案外少ないんだなと思ったが、住み込みで働いている使用人なんて、それくらい少ないものなのかもしれない。その他、倉庫として使われる部屋や、プラモデルを並べる部屋(プラモ作りは弥生の趣味らしい!)など、さまざまな部屋がある。ここで働いて何十年になる人も、その総数は知らないらしい。

 第二に屋敷全体が綺麗だ。こんなにも大きいのに掃除が行き届いていないところなんてない。こんなに広いと掃除が大変なのだろうと思ったが、雇える人数が多いためそうでもないらしい。

 第三に設備がすごい。最新設備がそろっている。テレビもエアコンも掃除機だって最新式だ。もちろん古いものだってある。それらは大抵、骨董品などの価値のあるものだが、それを管理するシステムがまた最新式だったりする。古いんだか新しいんだかよくわかんなくなってきた。とにかく便利な物なら何でもすぐとりいれるようだ。


 俺が客室でのんびりしていると、弥生がやってきだ。

「何か不便なことあったら遠慮なく言ってね」

「ありがとう、大丈夫ここすごく居心地いいよ」

 この部屋は狭くないし、だからと言って広すぎもしない。置いてあるものが質素なのもいい。庶民派な俺にはちょっぴり贅沢だけど、違和感なく使えるものが置いてある。たとえば、普通の大きさだけど画質が一般のより少しいいテレビとか、そういうものだ。俺が使いこなせなそうなものは、決して置いていない。

「よかった」

弥生は動かなかった。何か言いたいが、言いだせないそんな感じだった。

「何か」

「あの」

 俺と弥生は同時に話しだしてしまった。

「いえ、あの先にどうぞ」

 と、彼女は早口で言った。照れているのが可愛らしい。

「俺は、君が何か言いたいのかなって……」

 あれ? なんで俺まで照れてるんだ?

「……ゲーム、一緒にやりません?」

 ゲーム? お嬢様もそういうものをやるのか。まさか純金製だったりとかしないよな。もしくはカジノ、ラスベガスドリームってやつか?

 妄想もむなしく、弥生が持ってきたゲームは、一般的なコンピュータゲームだった。

「島津はあまりゲームとか上手くないのよ」

 島津にできないことって聞くと、頑張らなきゃいけない気がしてくる。あいつには負けたくないんだよな。個々の能力というよりも、弥生への貢献度として。どうしてそう思うのかは、よくわからないけど。

「じゃあ格闘ゲーム百回連続マッチスタート!」

「ひゃっ百回ぃ!?」

 どうやら金持ちはゲームの連続回数も多いらしい。たぶんローカルルールだけど。


 試合の途中で弥生がつぶやいた。

「私がゲームやプラモ好きなこと、学校では言わないでね」

俺は画面を睨みながら頷いた。最初は俺も、お嬢様のくせにゲームやプラモなんて変な奴だと思ったが、考えてみれば彼女だって高校生なのだ。普通の遊びじゃないか。お嬢様ってだけで、もっと優雅な遊びをしていると妄想する方が間違ってたんだ。

なんて考えて油断していたら、彼女の操るキャラに打ちのめされた。格ゲー中に余計なことなんて考えちゃ駄目だな。不思議なのが彼女の使っているキャラが、貧乏な家庭に生まれ両親を支えるために戦う少女、という設定であることだ。

「そのキャラお気に入りなの?」

「うん、だって可愛いじゃない」

 予想外の回答。そういえば、このキャラ悠木のお気に入りでもあったな。このキャラ男性はもちろん女性からの人気もあるんだぜ、とか力説してたっけ。案外悠木と弥生はお似合いのカップルになれたりして。

 なんて考えると今度は寂しくなった。なんでだろ? よくわかんねぇや。

 とにかく今は三勝五敗の戦績をどうにかしなくては。


 結局、結果は三十二勝六十八敗でボロ負けだった。

「なかなかいい勝負だったね」

「いやこれは弥生の圧勝だよ」

「一回は私の言葉を聞いてて集中できなかったのでしょう?」

「一回だけね。それに集中できなかったのは、直接的な負けの原因じゃない」

 弥生は強かった。彼女は手加減してくれているようだが、本気でボタンを押さないとすぐ負けてしまう。

「もう一セットやる?」

「いやもう無理」

 これは本当の話。親指が痛い。もしかしたら明日筋肉痛になるかもしれない。

「じゃあ……質問して言い?」

「いいよ」

 いったいどんな質問をするんだろう? 俺の使ったキャラについて? 好きなゲームについて? 学校の話? それともまさか俺の好きなタイプの話とか……?

「ご両親はあなたが家に帰らなくても心配しないの?」

「え……」

 予想外の質問だった。

「ごめん! 答えたくないなら、答えなくていいよ」

「そういうわけじゃないけど……」

 聞いてて楽しい話じゃないと思うんだ。でも弥生が気になるのなら答えよう。

「実は俺、施設で暮らしてたんだ」

「施設って……まさか刑務所?」

「ちょっと待った! それ本気で言ってるの?」

 弥生はおずおずと頷いた。

「酷いなぁ……。俺はまだ刑務所行く年齢じゃないし。施設って、子供の保護施設だよ」

「そう」

 刑務所と間違えたのに、今回は誤らないのか。結構ショックだったんだぞ。

「なんでそんなところにいたの?」

「親が俺を捨てたんだ」

 無言。気まずい雰囲気。だから嫌なんだよ、言わなきゃよかった。

 と思ったら突然弥生は笑い出した。

「お、おい、どうしたんだ?」

「あのね、ミヤビくんが段ボールに入れられて、フフッ……、捨て猫みたいに、拾ってくださいって、ね、それ想像したら、ハハハ、面白くって……」

 人の不幸を笑うなんて。変な所に笑いのツボあるな……でもよかった。この話して暗くなっちゃうのが俺は嫌なんだ。そういや悠木もこの話をしたとき、そりゃお前なんかいらねぇよなって笑ったっけ。

「ごめんね、笑っちゃって」

 まだ笑いをこらえている。

「別に気にしてねぇし」

「でも、すっごく可愛いよ。私だったらすぐ拾いたくなっちゃうなぁ」

 可愛い? 拾う? 駄目だ、深く考えちゃいけないぞ。俺には雫っていう相手がいるんだ。そんなことより、それた話を元に戻そう。

「中学の時まで施設にいたんだけど、その後親切な家族に引き取ってもらったんだ。本当の家族みたいに扱ってくれて……だからもう昔のことなんかいいんだ」

 その親切な家族が海江田家、つまり悠木の家族。

「名前は?」

「え?」

「名前は誰がつけたの? 施設の人?」

「たしか俺が拾われた時、名前が書いてあるものがあったって、施設の人が話してくれたな。名字は分からなかったから、適当に付けたらしい」

「名字が分からないってことは、親が誰だか全く見当もつかないの?」

「そうだな」

「でもさ、きっといい人だったんじゃないかな。ミヤビくんを捨てたのも、なんか理由があったんだよ」

 親が子供を捨てる正当な理由なんかあるものか。全ては親の自分勝手。俺は絶対に本当の親を許さないし、決して会いたいとも思わない。

「なんであったことのない人を、いい人だなんて思うんだ?」

「だって、ミヤビっていい名前だと思うよ。こんな名前、愛がなきゃつけないって」

 そもそもその名前が違う! 忘れてたが今度こそ訂正をしなくては。

「あのな、弥生……」

「お嬢様! こんなところにいらっしゃったのですか」

 嫌なタイミングでやってくる島津。お前はなんて嫌な奴なんだ。

「これから会議があるので、お部屋にお戻りください」

「わかったわよ」

 弥生も島津の乱入がお気に召さなかったらしい。これで彼女の島津への好感度ダウン。ざまぁ見やがれ。

「あのね、ミヤビくん、これだけは言っておくわ。私の両親も若くして亡くなって今はもういないけど、でもそれは私のためだったの」

 と、それだけ言うと立ち去って行った。

 子を捨てる親と、子のために死ぬ親とじゃ大違いだ。金持ちと貧乏の違いだってあるだろう。弥生、どこもそんないい親ばかりじゃないんだよ。でも、俺はなんで親のつけた名前をまだ使ってるんだろう。名字みたいに適当に付けるって手もあったのに。なんか「雅」って漢字が好きなんだよな。

そういや、また弥生に名前教えそびれたな。まぁいっか。


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