ラストバトル! (土曜日)
朝起きると、すでにお天道様が空高くにあった。寝すぎだぞ、俺。これが妄想ならいいと思って目をこすったが、やはり太陽の位置は変わらない。
「遅いわよ、ミヤビくん」
窓を開けて外を眺めていたため、屋外にいた弥生に見つかってしまった。彼女は窓の前へとやってくる。屋外か屋内かの差があるのに、一階建てのせいで二人の距離は近い。
「おはよう。俺の兄はどこ行きやがったんだ?」
「おはよう。起きていきなりお兄さんの話か。実感はわかないかもしれないけど、あなたのお兄さんなんだから、もうちょっと丁寧な話し方しなさいよ。彼は買い物にいってるわ」
弥生め、やはりあの服装のまま買い物に行かせたな。本当はあいつが警察に捕まってほしいんじゃないのか。
「なんでそんな目で見るのよ? もちろん、ちゃんとした服装で出かけさせたわよ」
お、思ってることが通じたじゃねぇか。弥生、今日は他人の気持ちを察するためのアンテナの感度がいいんだな。これが吉と出るか、凶と出るかは分からないが。
「のんびりしてないで、早く朝食食べちゃいなさい」
「いらない」
弥生は何か言いかけたが、何も言わず口を閉じた。何を言っても、俺は今更朝食なんて食べないからな。昨日の話のせいであまり食欲も出ないし。
「そういやさ、昨日の兄弟説の話なんだけど、なんか他に根拠あるんじゃないのか?」
弥生は声をひそめて答えた。
「『神託』よ。この前、夜にミヤビくんが慰めてくれたことあったよね。あの時、ミヤビくんが来る直前に見たの」
「俺とあいつが兄弟だってことを?」
「違うわよ、それがわかってたらすぐ報告してたわ。私が見たのは、ミヤビくんが捨てられた日。過去が見れるなんて珍しいことだけどね。ミヤビくんがご両親に捨てられたこと、そしてそのご両親はその直後火事で亡くなられたことがわかったの。ミヤビくんに言うべきか悩んだけど、誰かに言わなくてはいけないような感じの意思は伝わってこなかったから、今まで黙ってた。ごめんね」
「いや、それはいいんだ。とりあえず俺とあいつは兄弟だという可能性が、ものすごく高いってことだけ分かれば」
「神託」というヒントみたいなやつでわかったことなら、兄弟説は間違いなく正しいんだろう。あいつが俺の兄なんて、今でも信じられねぇえよ。俺よりヘタレで頼りない感じなのにさ。唯一嬉しいのは、あいつは頭だけはいいから、俺もこれから頭良くなれるかもしれないってことくらいかな。
「そういや島津は兄のこと知ってるのか?」
「あっ、そうね、言うの忘れてた」
ナイス、弥生。それでオッケーだ。あとは、ウサギが生きてるかどうか、そしてやつがうまくやってくれるかどうかにかかってるな。
しばらくすると兄は買い物から帰ってきた。
「金があるとつい買いすぎてしまったよ」
兄の両手には大量の買い物袋。調子にのって、かなり買いすぎたみたいだな。まてよ、弥生一体どれだけの金を渡したんだ?
「お嬢様!?」
突然島津が走ってきた。十六夜邸の門前の監視カメラの映像を見ていて、空島優が映っていたことに驚いてやってきたのだろう。
「この人は、なぜここにいるのです!?」
馬鹿だな、そんな根本的なことを聞くなんて。本当に何も知らないのか。いい気味だ。
「昨日いろいろあったの。で、この人は危険じゃないことが分かったのよ」
「そんな、簡単に決めてしまっていいことではありませんよ。また裏切るかもしれません」
「大丈夫よ。だって彼、ミヤビくんのお兄さんだもの」
島津は小さく舌打ちをし、一瞬兄のことを見た。間違いない、睨みつけていた。こいつ、やはり本当に……。
「お嬢様がそうおっしゃるのであれば、仕方ありません」
お嬢様のことだけは、最後まで裏切ることはできないのか。少し可愛そうな気がした。でもやるっきゃない。
これでメンバーはそろった。これからが最後の大仕事だ!
と思っていたら、兄が後ろから俺の両腕をつかみ、押さえつけた。
「あら、どうしたの?」
「すまないな、俺にとって弟も大切だが、今はそれ以上にウサギのことが心配なんだ。家宝の場所を教えてくれないか? 言えばこいつは無事に助けてやる」
ここでまさかの急展開。
「どうして……? 私達のこと分かってくれたと思ったのに」
弥生は逃げたりしなかった。その場から動かない。逃げるのを忘れてんだ、あまりにも予想外の展開になったから。同様に島津も動かなかった。
「とにかく場所を教えろ」
また腕をひねるのかと思いきや、今回は包丁を持っていた。予定外だ。用意周到だな。俺の首の近くへ刃先を持ってくる。きっとこれは偽物……じゃない、本物だ! そんなの聞いてないぞ!?
「助けてくれ!」
「ミヤビくん!」
包丁なんて、俺に向けないでくれ。なんかの手違いがあったらどうするんだ! もしや、本当に殺す気なのでは? そんなはずはない。ありえない。
「さぁどうする?」
弥生は黙ったまま、島津も何も言わない。二人とも無表情。いや、島津は笑っているのか?
「こいつがどうなってもいいのか?」
刃先が首筋に当たる。冷たい。怖いよ、助けてくれ!
「駄目なの、言えないの……」
「こいつより家宝をとると言うのか?」
「逆に聞くわ。あなたは今そこに生きている弟よりも、生きているかわからない仲間をとるの?」
「ミヤビ、ごめんな……俺はウサギの方が大切なんだ」
兄は俺を離そうとはしない。
「あなたは、どうしてもミヤビくんを離さないというのね」
兄は頷いた。弥生、まさか近接戦を挑むつもりなのか!? またまた予定外だ。ヤバいな、そろそろいかないと……。
「言う! 家宝の場所言うから! 助けてくれ」
俺は叫んだ。弥生が不審そうな目で俺を見ている。そんな目で見られる理由は分かっている。でもお願いだ、今は余計なことを言わないでくれ!
「ミヤビくん……?」
と、彼女は言ったきり黙って何も言わなかった。よかった、吉と出た。
「家宝の場所、知っているのか?」
「知っている。俺は弥生から教えてもらったんだ。家宝の場所を。それで預かってほしいと言われた。今、家宝は俺の部屋にある」
「まさか、それは本当なのか!? なぜそんな所に家宝があるんだ?」
「家宝はいつもは弥生が肌身離さず持ちあるいる。でも、そんなところにあったら弥生が危ないし、場所が分かりやすい。だから、他人にはあまり重要そうに見えない俺が預かることにした。今は部屋の机の中に置いてある。……場所を言ったから離してくれ」
「んっ!?」
兄が俺を離す前に、島津がかけ出した。
「あっちは俺の部屋がある方向だよな?」
兄は俺を離した。彼は島津を追いかけて走りだす。俺達も彼を追いかけて走る。
部屋の入り口で兄に追いついた。そこはもはや俺の部屋ではない。兄の部屋だ。
「とうとう来たな」
と、兄は呟いた。言葉がよくわかんねぇことになってるぞ。彼が部屋の中を指さした。
「作戦成功だ」
部屋の奥で島津は俺の机をあけていた。
「これは一体どういうことなの?」
ごめんな、弥生。俺達には言う余裕がなかったんだ。島津は振り返った。
「ミヤビくん、何かの間違いだったのではないですか? ここには何もありませんよ」
兄は苦笑いをした。
「当たり前だ。ミヤビが言ってくれたのは真っ赤な嘘だったのだから。そして、俺が再び家宝を盗もうとしているのも嘘。全部昨日の深夜に練られた作戦さ。俺の演技は終わった。でもお前は、この期に及んで、まだ演技を続けるつもりかい? もう遅いんだよ。すでに犯人は分かってしまったのだからね」
「犯人が分かった? どういうことです?」
「俺達に仕事を伝え、ウサギを誘拐し、家宝を狙った犯人。知らないとは言わせない。全ては島津、お前がやったことなのだろう?」
横にいる弥生が息をのんだのがわかった。そうだよな、お前にとっちゃ大切な隣人だもんな。でもな、身近な人の方がきっかけは生まれやすいんだぜ。
「根拠はあるんですか?」
「ここに来たことが根拠、というだけでは駄目かな? 少なくとも俺達が逃げ出せるよう準備をしてくれたんだ。十六夜邸の中の人物であることは間違いない」
「あなたから家宝を守ろうとしただけです。あなたにそのようなことを言われる理由はありません。十六夜邸の中の人? 外部の人が忍び込むこともありえますよ?」
「まだ言うのか。いつもこの豪邸はお前に守られているが、なぜ他の人を雇おうとはしなかったんだ? 特に俺達が現れた後は人数増えてもおかしくはないはずなのに、一切人は増えなかった。家長の友達がたくさんやってきた時に、お前はすぐにいなくなったらしいな。人が大勢いると危険であるのになぜすぐいなくなったんだ? 俺が弥生側についた時、小さく舌打ちしたよな? あれはなぜしたんだ?」
「……」
「お前が言わないならば、俺が答えを言おう。人数が増えると必要以上に俺達の仕事の邪魔をしてしまうため、他の人は呼ばなかった。家長の友達がやってきた時、お前はウサギを捕らえた直後だった。だから、その作業が忙しかった。俺が弥生側につくと、家宝を盗む人がいなくなる。だからお前は舌打ちをした。間違いはあるかい?」
島津は俺達と目を合わせようとはしない。きっと恨んでいるだろう。馬鹿な子供だと思っていた奴に反撃をされたんだ。最後のあがきがくるかもしれない……。
しかし、島津は天井を見てため息をついただけだった。暴力的な行動は何もしなかった。
「ばれていたのですか」
再びため息をつく。悲しげな表情。彼は疲れているようであった。一気に老けてしまったように見える。
「そうです。全ての犯人は私です。これで私の野望もおしまいですね」
「島津……本当なの?」
「ええ、そうですとも。私は仕事が嫌になったのです」
兄はベッドの下から丈夫な縄を取り出して、弥生に渡した。彼女は黙って島津を縄で縛り始めた。
悪事は全部ばれるものだっ! と言いたいところであるが、実はそうでもないのかもしれない。こいつは運が悪かった。もし俺がいなかったら彼は犯人だとは思われなかっただろうに。兄も外部の人間が犯人だと思っていた。こいつが犯人であることを前提に考えなきゃ、怪しいところだって見つからなかったはずだ。こいつが捕まった原因は、犯人は島津じゃないかという、俺の勘だ。
そしてまた、俺の勘が言う。仕事が嫌になったというのは本当の犯行理由ではない、と。
「それは違うんだろ。それくらいで家宝盗もうなんて思うはずがない。もっと簡単に盗める物を盗めばいいじゃないか。それなのに家宝を盗もうとした、本当の理由はなんだ?」
「今更隠すまでもないことですけどね、私には恩人がいたんですよ。私と彼は仲が良くてね、ここの仕事だって彼が紹介してくれたのです。その彼がね、殺されました。原因は放火です。その犯人は私の知らない人物でした。あまり接点もなかったでしょうね。彼はなぜそんな人に殺されなきゃならなかったか。その原因が、その時の十六夜家家長にありました。彼はこの家の秘密を知っていたのです」
「家の!? そんな大切なことまで知ってたの?」
弥生が口をはさんだ。変だな。弥生は家宝の存在を知っている人物がいたことを、俺に話してくれた張本人のはずなのに。
「お嬢様、聞いたことがなかったのですか? 家宝の存在を知っていた人がいたのですよ」
「存在だけ、ね。そうよね、もちろん」
どうもおかしいが、今はもっと重要な問題がある。
「だから、殺された彼の復讐しようと思ったのか?」
と、兄はきいた。
「もう分かっているようですね。そうです。もっとも復讐をしようと思った直接の原因は、彼の上の息子さんが行方不明だという噂を聞いたからなのですが。息子さんの行方不明の話を聞き、私はあの事件は空島家全員を苦しめたということを確信したのです。でなければ、彼の息子が理由もなく育て親に反抗するわけがありません」
それは買い被りすぎだなぁ。
「その息子の顔は見たことはあるのか?」
「彼が幼い時に数回。火事の後、私とまで絶縁状態になってしまい、今はどうなっているのやら」
「空島優。それが俺の名前だといったらお前はどう思う?」
「優!? あなたは彼の息子なのですか?」
「そうだ。そして、こいつが俺の弟だ」
島津は唖然としていた。こいつ、なんにも知らないんだよな。残念な展開だよな。実行に移す前に、ちゃんと調べときゃよかったのに。人のこと言えたもんじゃないけど、調査不足だ。
「そうだったのですか……」
そう。家宝を盗む理由なんて、最初からなかった。
「さて、ウサギの居場所を教えてもらおうか」




