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こころの童話  作者: yuzu
2/6

第二話 捨てられなかったもの


 一月ほど経った。圭介は、会社を辞め、理恵とも離婚した。

理恵の実家には、ひたすら頭を下げた。祐介のことは、もし祐介が

父親を必要としたときには、会わせてもらえるよう頼んだ。

マンションのローンの残りは、退職金で埋め、マンションと預金類は、

理恵に託した。身の周りの物を実家に送り、残りの退職金を持って

マンションを後にした。



 奈月、お前のいいところを何も分らずに、どうして俺はこんなに

お前を忘れられないんだ?もう二十七年だぞ。得られなかった執着か?

あの時別れていなくても、俺達はダメになっていたのか?

 俺、またお前に恋してるみたいだな。お前のことが知りたい。

理解したい。お前が何を考え、どんな生き方をしてきたのか。

お前の本当の姿を、憶えておきたい。もう、後悔したくない。




「誠君、令子、またしばらく厄介になる。これ少しだけど受け取って

くれ」

「そんな、お義兄さんお金なんて要りませんよ」

「いや、その方が気が楽なんだ。出たり入ったりするが、俺のことは、

気にしなくていいから」



「お兄ちゃん、ちょっといい?」

「うん」

「お兄ちゃん、この家はお兄ちゃんの家でもあるの。だから遠慮

しないで使ってくれていい。だけど、一つだけ約束して」

「何を?」

「奈月先輩のところへ行こうなんて気を起さないでよ」

「うん。少し前ならそうしたかったかもな。ちょっと旅に出ようと

思うんだ。」

「ちゃんと帰ってくる?」

「約束するよ。考えたんだ。もし、俺が奈月の後を追ったら、

きっと奈月は怒って会ってもくれないだろう。俺、今度あいつに

会ったら、山ほど文句言ってやるって決めたんだ」

「そうねきっと。分った、信じるよ」

「令子、今のうちに一つ頼みがある」

「何?」

「いつか、俺が死んだら、これ」

「これ、もしかして・・」

「奈月なんだ。俺いつもこれを身に付けているから、俺の骨と一緒に

墓に納めて欲しい。それだけ頼む」

「お兄ちゃん・・」

「いい歳をして可笑しいか?そうだよな。俺だって、第三者

だったら笑うだろう。大昔の、それも十代の頃の恋が忘れられない

なんてな。笑いたい奴は、笑えばいいさ。でもな、俺にとっては

宝物なんだ。一緒にいられた時間は短い。でも、時間の長さ

じゃない。あいつがいるだけで、毎日が感動だった。あれほど

充たされたことはない。これからも味わうことはできないだろう」

「お兄ちゃん、奈月先輩に出会えて良かったの?苦しかったん

じゃないの?」

「苦しかった。苦しかったけど、二度とごめんだけど、その先に

あいつが待っていると知っていたら、やっぱり飛び込むよ。 

出会えていなければ、今頃、適当にへらへらと生きていただろう。

苦しみもない代わりに、喜びも、感動もなかったと思う」

「お兄ちゃんにそこまで言わせる先輩ってすごいね」

「うん、俺は、あいつには適わないよ」



奈月、お前の故郷に向かっているよ。こっちの方も随分寂れているな。

もう汽車も一両編成だ。毎日、この景色を見ながら通っていたんだな。

どうだ?昔と変わってるか?



「ごめんください」

「はーい」

「貴方は・・」

「はい。上野です。先日は、無理を言いまして、遺灰をありがとう

ございました。お参りさせていただけますか?」

「どうぞ」


 奈月の変わらない笑顔がそこにあった。

通夜のときは、動転して顔も憶えていなかったが、妹の美沙は、

あまり奈月とは似ていない。




「もう、納骨のほうは・・」

「はい、先日済ませました。姉は、どこか山に撒いて欲しいって

言っていたんですけれど、一部は私達のために、お墓に」

「あの、お姉さんのお話を聞かせてもらえませんか?」

「姉の?上野さんは、姉を思っていてくださったんですよね?

姉とは、どういう?」

「昔、付き合ったことがありました。でもその後、私は彼女に

振られたのです。随分彼女を恨みました。でも、通夜のとき、

私を振ったのは、私のためだったと聞いたのです」

「そうですか・・・姉ならありえるかもしれません。上野さん、

ご家族は?」

「最近、離婚しました。元々うまくいってなかったんです」

「上野さんは、姉はどういう人間だと思っていらしたのですか?」

「お恥ずかしい話ですが、全く彼女のことを理解していませんでした。

ですから、本当の彼女を知りたくて来ました。昔は、ピアノを

やっていて、物腰も柔らかだったので、お嬢様のようだと勝手に

想像していました。でも、彼女の考えの深さは、お嬢様育ちでは

できない何かがあると思ったのです」

「お嬢様育ちですか・・それは、随分と違いますね。


 身内の恥になりますが、うちの母は、本当の愛情を持てない人

でした。子供にも夫にも。自分の痛みしか見えない人だったのです。

私と弟は、姉の愛情で育ったようなものです。

上野さん、姉のアルバムをご覧になりますか?」

「はい。是非」


 母親に抱かれた、生まれたての奈月。そして妹と一緒の奈月。


「あの、幼稚園くらいまでの写真が少ないように思いますが・・」

「気づかれました?姉が一歳にも満たないとき、一度両親は離婚

したのです。母は、姉をおいて出て行きました。そして、戻って

きたのは、四歳くらいのときです。その間に姉は、大人の言葉と

心の違いを読むようになりました。父が仕事している間、祖母や

色んな大人に預けられました。口では可愛いねと言っても、子供を

預かるというのは、面倒なものです。信頼できるのか、口先だけ

なのか、自分を見捨てないか、嘘を察知する必要があったのだと

思います。多分、期待が裏切られて傷ついたことがあったのでしょう。

だから、随分子供らしくなく、人見知りの激しい子供だったようです」

「幼い頃にそんなことが・・」


「幼い姉にとって、父だけが信用できる人間で、その父に捨てら

れたらと怖れていたようです。怪我をしても、父に心配をかけまいと

して隠すような。父が仕事で大変なのが分っていて、父の邪魔を

してはいけないと思ったのかもしれません。

 父は、不器用な人でしたが、いつも人のことばかり考えるような

優しい人でした。いつも親や弟たちのことを大事にしていました。

でも母は、そんな坂井の家の人間と折り合いが悪かった。それで出て

行ったのですが、戻ってきてもそれは変わりませんでした。

 母は、姉の一番手の掛かる時期、一番可愛いはずの時期を知りません。

母親だと聞かされても、なかなか打ち解けようとしない姉を、

可愛げのない子と思ったのかもしれません。坂井の人間と諍いが

ある度に、母は姉に辛くあたりました。(あんたさえいなかったら、

こんな家に戻って来なかった)と。姉は、自分がいるせいで、

母は不幸だと言われているようなものです。母親に一番甘えたかった

のは姉だったのに、甘えることはできなかった。

でも姉は、どんなにきつく当たられても、(それじゃあ、

帰って来なければよかったのに)とは言いませんでした。それを

言ってしまうと、私や弟は生まれてこなかったことになります。

私や弟の存在を否定してしまう気がして言えなかったのでしょう。

その痛みは、自分が一番知っているのですから。

 母は、坂井の祖父母に子供たちを懐かせようとしませんでした。

隣に住んでいるのに、出入りを禁止していたのです。

坂井の祖父母にも問題はありました。でも、姉は出入りしていたのです。

それで、また母の怒りを買ってしまうのですが、それは、幼い頃

自分を預かってくれたこともありますが、父のためでした。

父が、自分の親兄弟と自分の家族の間に挟まれて、辛い思いを

しているのが分っていて、自分だけでも父の望みを叶えたいと思った

のでしょう。

 姉は、小さい頃から、飲み屋さんなどにも出入りしていたのですよ。

それは、母の暴言から父の心を守るためです。これ以上言葉の暴力が

あったら、父の心が壊れてしまう、と思うと、おでん食べに行こう、

お寿司食べに行こうと父を誘うのです」


 お嬢様だって?麻子の言うとおり、俺の目は節穴だった。そんな頃

から、人の心を思い遣っていたのか。こんな小さい奈月が。


「幼稚園の遊戯会ですか?魔法使いのお婆さんかな?」


「ええ、シンデレラの。その配役を決めるとき、姉は魔法使いの

お婆さん役に手を挙げたようです。みんなは、シンデレラや王子様で

手を挙げたのに。姉に言わせると、不思議だったそうです。

魔法使いのお婆さんは、シンデレラを幸せにするのに・・と。

幸せにしてもらうより、幸せにする方を選ぶところが、姉らしい

のかもしれません」


「本当にそうですね」


「姉は、将来何になりたいかという問いに、(心のきれいな人間に

なりたい)と言う人です。母を反面教師のようにして、自分は絶対

人を傷つけたり、陥れたり、裏切ったり、人や何かのせいにしたり

しないと。どんなに傷つけられても、自分の心は真っ直ぐに育てると、

曲げられてたまるものかと、意地みたいに。

ちょっとくらい曲げた方が、生きやすいっていうことありますよね?

その方が楽だと分かっていても、それができないのです」


「小学生のころは、ポチャッとしていたのですね」


「それは、泣き腫らしていたからなのです。その頃の写真を、

姉は一番嫌がりました。それに、いつもジャージを着ているでしょう?

母は、私や弟にはほとんどのものを買ってくれました。自分の言うこと

を聞かない姉を差別していたんです。

 母は、活発で、人を押し退けても奪い取るような、強かな子供で

いるよう望んでいました。姉は、生きた魚や動物を見てから、

肉も魚も食べられないような子供です。そのせいで、極度の貧血になり、

とても体力のない子供でした。貧血のことが明らかになったのは、

高校の時だったので、それまで誰も気が付かなかった。それを母は、

根性がないと言い、活発ではなく、深く考える子だった姉を、

要領が悪いと言いました。

 姉は、母の愛情に飢えていました。母が継母だったら、いっそ

諦めもつくところですが、そうではないから、なかなか諦められ

なかったみたいです。何をやっても、母からはダメだと言われ、

姉も、母を喜ばせようと色々やったのです。でも、喜ばすことが

できなかった。多分、母は自分にとって都合のよい子供でいることと、

自分を敬い、慕ってくれることを喜びました。でも、姉は、

人に媚びることも、媚びられることも嫌いました。それは、

自分の利益のためであって、どちらも相手を本当に思う気持ちではない

と思っていたからです。どんなに欲しい母の愛情であっても、

それは曲げられなかったのです。姉が曲げられないのは、母に

(それは本当の愛情じゃないよ、本当の愛情ってこういうものだよ)

と示し続けたかったのだと思うのです」

 

 小学校の卒業式、ピアノを弾く奈月は、上下ジャージを着ている。

もし、母親に媚びることが出来たなら、もっとちゃんとした格好が

できたのだろう。でも、それはやっぱり奈月じゃない。


「入部早々、出入り禁止になっていましたね。でも、すぐに戻って

きた気がします」


「学校医には、三年間通っていました。泣きながら、お肉を食べて

いましたね。部に出たいために、心ならずも食べなければならない。

自分が偽善者のように思えたのかもしれません。母は、家族の健康の

ために食事を考える人ではなかった。子供の頃から母の味覚と

合わなかった姉は、小学生の頃から、自分でおかずを作るように

なりました。みんな喜んで食べました。でも、体力のなかった姉は、

朝が早いのもあって、高校のお弁当までは作れませんでした。

でも、母が作るお弁当は、とても人前には出せなかった。

私もそうでしたが、みんなが持ってくる愛情たっぷりのお弁当の前では、

恥ずかしかった。それで、姉は自分の好きなパンを買っておいてもらい、

それをお弁当にしていました。私も、看護学校に入学した頃、

検診で血が薄いと言われました。看護婦がそれじゃいけないと、

一緒に暮らしていた姉は、毎日肉や魚を一品入れ、煮物や揚げ物、

果物など、バランスを考えて食事を作ってくれました。

お弁当箱に詰めるのは、それぞれ自分でやりましたが。

すぐに血は、正常になりました。あの頃の私は、姉に甘えていました。

姉が風邪をひいて会社を休んでいても、自分で作ろうともせず、

口をあけて待っていました。

 昇給すると、私のお小遣いも上げてくれました。自分だけいい思いを

するということができないのです。


 大人になって、姉が一番堪えたことは、私と弟が母と一緒になって

姉を笑ったことだと言っていました。勿論、幼かった私達には、

そんな意識はありませんでした。母は、普段面倒なことは、

私達の面倒をみることもですが、姉に押し付けていました。

母親の気分を味わいたいときだけ、母は、私達をヒザに乗せ、

だめな姉ちゃんだと一緒に笑うように仕向けました。

辛かったと思います。それでも姉は、母には私たちを任せられないと

面倒みてくれました。

 姉は、泣きながら自分に言い聞かせたそうです。

(私が、とても欲しかったように、あの子達にも今、母親の愛情が

必要なのだ。その愛情が正しいか、正しくないかは、私が本当の愛情を

示していけば、いつかあの子達にも分ってもらえる)と。

私達から見れば、決してダメな姉ではなかったけれど、姉は、

自分がダメな人間だと思い込まされていたのです。中学から社会人まで

かかって、自分はそれほどだめな人間じゃなかったと、

自力で自信を回復したみたいです。ですから、それまでの姉は、

コンプレックスの塊だったでしょう。

 逆に私は、小さい頃は自由奔放で、母のお気に入りだったのです。

でも、段々物事を考えるようになってくると、違うのではないかと

思うようになり、ずるく立ち回ることができなくなりました。

すると母は、どうしてこんなになっちゃったんだろうねと言いました。

私は、こんな自分じゃだめなの?とひどく傷つきました。そのときも、

姉は、だめじゃないよ。ちゃんと考えてくれて嬉しいと言って

くれました。

 父は、優しい人でしたが、結構へそを曲げることがあるのです。

でも、姉は父の機嫌を治すのも上手かった。姉と父には、

二人だけに通じる言葉のようなものがあって、最後には父が

苦笑してしまうのです。逆に、弟を殴ったこともあるんですよ」


「奈月がですか?」


「ええ。母が甘やかしすぎて、一時弟は我が儘放題になって

しまったんです。体も大きくなっていたので、母は弟が怖くて何も

言えなかった。そういう時は、すぐ姉に頼ります。

姉は、弟が我が儘を言っている現場を見て、このままでは弟は、

何でも自分の思い通りになると思い込んでしまうと思ったら、

手が出ていたと言います。結局そのときは、弟に殴り返されたのですが、

弟も何かを感じ取ったのだと思います」


「やっぱり、あいつはすごい・・・」

「姉がいなかったら、家族は崩壊していたかもしれません」

「僕は、単細胞で彼女の考えを理解できなかった」

「だから、良かったのかもしれません」

「だから?」


「姉は、子供らしい時間を過ごせなかった。姉だって甘えたり、

無邪気に自分の感情の趣くまま過ごしたかったはずです。姉は、

そういう大切な時期が自分に欠落していることも、コンプレックスの

ように思っていました。姉の考えは、分りにくいと思います。

実際、仲の良かった父にさえ理解されなかったことがありました。

 両親の喧嘩はよくありましたが、ある時母が、(お父さんとお母さん、

どっちが悪い?)と子供に聞くのです。いつも母が悪いのです。

でも姉は、母が悪いと言えば、もっと父を攻撃することがわかっていて、

(喧嘩をするのは、両方悪い)と言ったんです。そうすると、父は

(お前だけは分ってくれると思ったのに)とションボリしてしまった。

姉は、自分の部屋に飛び込み、(分ってないのは、父さんの方じゃない)

と一人で泣きました。


 上野さんは、単細胞とおっしゃいましたが、それは姉にとっては、

羨ましい、理想だったのかもしれません」


「僕が羨ましいなんて・・僕は、僕の方こそ、彼女にコンプレックスを

持っていた。彼女は、何をしても僕よりできました。彼女に

愛想つかされるだろうと思っていた。彼女と僕では不つり合いだと」


「どんなに優秀だろうと、スポーツができようと、お金持ちだろうと、

姉は、心が醜い人には目もくれないと思います」


「でも僕は、醜かった。実際、長い間彼女を恨んでいたのですから」


「いいえ、恨んだのは、姉を思っていたからではありませんか?

どうでもいい人間ならば、とうの昔に忘れていたはずです」


「そうかもしれません」


「同じことが、姉にもあったのです。姉は、長い間母を恨んでいました。

でも姉は、(母親を恨んだままで、心はきれいと言えるのだろうか)と、

ずっと心に引っ掛かっていたみたいです。でも、姉が変わってきたのは、

私に子供ができてからだと思います。私も驚いたのですが、

姉は私の子をとても可愛がってくれました。

 姉は、それまでも母が注げなかった愛情を注ごうとしてくれた。

姉なのに、半分母親のように。だから私の子供のことも、

無条件に愛せたのでしょう。子供のちょっとした成長を見るだけで、

姉はものすごく感動して。きっと母は、姉ほどの感動を感じることは

できません。


 姉はそれまで、母は、面倒だけは人に押し付け、いいところだけを

持っていこうとする、ずるい人間だと思っていました。

でも、気づいたと言っていました。一番いいところをもらったのは

自分の方だったと。もし、母からその面倒をもらわなかったら、

こんなに愛情を注ぐことも、感動を味わうこともできなかったと。

 それを悟って、姉は憑き物が落ちたように、泣いたと言っていました。

母に(恨んでいてごめん)と手紙を書いたそうですが、多分母には、

姉の思いの全てを知ることはできないでしょう。

 それでも、二人の仲は良くなりました」


 言葉にならない。


「お母さんは、今は?」


「再婚して、近所に住んでいます。本当は、そちらに仏壇を置くべき

なんでしょうが、そこには今の父の前妻の仏壇もあるので」


「姉のすごいところは、周りには姉に教えてくれる人間がいなかったのに、

自分の心さえも、自分で修復してしまったことです。自分で調べたり、

勉強したりして、何でも自分で解決しました。その分、

人に甘えるのが苦手でしたが」


「彼女には、他に苦手なものはなかったのですか?」


「何でしょう?・・蒸し暑さと地震ですかね。どちらも、東京にいた頃に

懲りたみたいです。あの頃の姉は、食欲も出ず、やせていました。

姉は、なまずのようなんですよ。」


「なまず?」


「はい。夜中に地震がくると、その数分前に、ガバッと目が覚める

らしいのです

ああ、そうそう、無表情の目も怖がっていましたね」


「無表情の目?」


「ネコの目とか、人形の目とか。だから、姉の部屋は、殺風景で

あまり女の子らしくなかったですね。でも、昔一つだけぬいぐるみを

見たような・・熊だったか何か・・」


「苦手だとは、知らなかったのです」


「それと、携帯も」


「携帯?」


「ええ。仕事で必要なとき以外、姉は携帯を持ちませんでした。

必ず人に捕まってしまうのが嫌だったみたいです」


「束縛されることが、嫌だということですか?」


「人のことを心配する人ですから、携帯が鳴ると落ち着かなかった

のではないかと・・


 うちの下の子は、姉と似ているところがあるんです。

人の嘘を見抜くし、親の私でさえ、その考えの深さに驚かされる

ことがあります。姉には、あの子の考えが、よく理解できるようでした。

姉の愛情は本物だと分っていたのでしょう。姉のことが大好きでした。

でも、お祖母ちゃんには、なかなか手厳しいんですよ」



「ただいまー」

「噂をすれば・・です」

「お帰り。恭平、ご挨拶は」

「こんにちは」

「こんにちは」

「なっちゃんのお参りにきてくださったの」

「おじさん、ナツの彼氏?」

「いきなり鋭いね。ずっと昔にね」

「ナツを撫でていたでしょ?」

「ああ、見られていたのか。ごめんよ。嫌だったかい?」

「そうじゃないけど。おじさん、ナツを好きだった?」

「うん、とても。今でもね」

「そうか。ちょっと安心した」

「何が安心なの?」

「だって、ナツは結婚もしなかったし、子供もいないから、

もてないのかなって思って」

「ハハハ、もてないか。いや、結婚する、しないと、人から

愛されないのとは、全く別の問題だよ。それに、君の伯母さんは、

すごくもてたよ。追い払いたいくらいにね」

「ふーん。そうなんだ」


「僕野球に行ってくる。おじさん、また来る?」

「来てもいいかい?」

「いいよ」

「ありがとう。君に会えて嬉しかったよ」

「じゃあね、おじさん」

「気をつけるのよー」



「気に入られたようですね」

「だといいのですが。なかなか鋭いですね」

「ええ、人をよく見ているというか。段々、生意気になって、

呼び捨てに。でも、あの子なりの愛情表現なのです」

「分ります」

「きっと、上野さんの中に、同じ悲しみを感じ取ったのでしょう。

あの子は、姉が泊まって、明日帰るという夜は、(今日は、ここで寝る)

と言って、姉の隣に布団を敷いていました。姉が、帰る時には、

(ナツの家が、爆発してなくなっていたら、ここに来ればいいよ。

狭いけどいいでしょ)と言って、自分の部屋を提供しようとして。

前に、自分が将来建てる予定の御殿の間取り図を書いていたことが

あります。姉が、(ナツの部屋はある?)と訊くと、

(うん、2LDKでいい?)と」


「可愛いですね。彼女が可愛がっていたのがわかります」




「姉には、一つ心の傷があります」


「傷?」


「私達がそれぞれ社会人になった頃、父が自殺してしまったのです。

姉は、父の良き理解者だった分、自分を責めました。

 父が亡くなる直前、帰省していて、そこで坂井の祖父母と

喧嘩をしたんです。それまでどんな扱いをされても文句一つ言わない

父を思って、祖父母に対して怒ったことはありませんでした。

でも、そのときは、祖父母の父に対する扱いに腹が立ったのでしょう。

姉は、(そんなに父さんを粗末に扱うなら、父さんを私のところに

連れて行く。面倒は、叔父さん達にみてもらえばいい)と言ったのです。

祖父母は、うちに来て、手をついて謝りました。父がどんな気持ち

だったのか、わかりません。でも、口をついて出てきたのは、

自分に対する恨みなどではありませんでした。

ポツリと(じーじと呼ぶなと言った)と。


みんなが、何を言っているのか分りませんでした。姉が気づいたのです。

姉が祖父の家に預けられていた頃、姉に対して言った、祖父の言葉だと。

姉の記憶もないくらいの昔のことを、突然父は口にした。

祖父に対して逆らったことのない父の胸には、娘が冷たくされた言葉が、

刺さったままだったのです。

 そこで気づくべきでした。父の心はもう壊れていたのかもしれません。

それまでも坂井の家では、お金の争いがありました。

父の初七日も済まないうちに、また争いが始まったのです。

姉はいたたまれなくなり、自分のマンションに帰りました。

私は、姉が父の後を追うのではないかと、姉の後を追いました。

姉は、しばらく抜け殻でした。祖父母に自分が言ったことが原因だと

思ったでしょう。それから、いつも親に安心させることばかり

考えてきた姉ですが、もしかしたら、姉がまだ親が必要だと甘えていたら、

父はしょうがないなと思いつつ、姉のために頑張ろうとしたのではないか

と思ったみたいです。どちらにしても、姉が誰よりも責任を

感じていたはずです。

 姉は、不器用な人です。人のことだととても強いのに、

自分のことになると、どうでもよくなってしまって。

 私に子供が出来てからは、どんなに辛いことがあっても、

自分から命を絶つことはしないと約束してくれました。

あの子達に辛い思いをさせたくないからと。私は、

私や子供達が姉の役に立てたような気がしました」


「とても話しにくいことを、ありがとうございました。

本当に僕は彼女のことを分っていなかった。僕は、子供の頃父を亡くし、

母子家庭で、たった一人の男として、母や妹を大事にしてきた

つもりでした。両親が揃っていても、色んな問題があるなんて

夢にも思っていなかった。きっと彼女には堪えたでしょうね」


「姉を思ってくれる人がいてくれて、私も嬉しいです」


「社会人になっての彼女はどんなでした?」


「仕事は、姉の悩みの一つでした。姉は、色んなことが出来ました。

でも、それが姉の悩みで、自分には、どんな才能があって、

何がやりたいのか全く分らなかったと言うのです。一つのことに

突出していたら、迷うこともない。その方がよかったと。

結局、手に職をつけようと、専門学校で経理の勉強をし、

就職したのですが、長く勤められませんでした。会計事務所で働いたり、

営業をやったり、経理もやっていました。色んな仕事をして、

自分は企画を考えるのが好きだと気が付いたみたいです。

経理の仕事は、過去の記録であって、どうすれば会社の利益に

つながるかといったことを考える仕事ではない。自分に考えるなと

言われることは、死ねと言われることに等しいと言っていました。

営業も楽しかったみたいです。姉を信頼してくれる人がいてくれて。

でも、仕事とはいえ、顧客の為にならない営業ができなかったらしく、

自分を信頼してくれるお客に勧められないと、あっさり辞めて

しまったり。全く、自分の良心にそぐわないことは、できないのです。

姉のように、融通の利かない人間は、あまりいませんよね」


「大体の人間は、そんなものだと割り切るものですが、

なかなかそうできる人間はいません。彼女らしいと思います」


「企画が好きだと分かっても、経験もなかった姉は、経験したければ、

自分で仕事を作るしかないと、パートをしながら個人事業の準備をし、

立ち上げました。でも、一人でやっていくのも大変そうでしたし、

大量生産したくないからと、数年で止めました。それでも、

やってみて良かったと言っていました。

色んな物を作っていましたよ。最近は、手作り石鹸にはまっていて、

子供達のニキビ用の石鹸や、乾燥肌の石鹸なんかを。

上野さん、姉が作った石鹸を使ってみます?」


「いいのですか?」

「色んな人に使ってもらった方が、姉も喜びますし」

「少ないですが。どうぞ。良かったら、お好きな写真もお持ちになりませんか?」

「じゃあ、これを」

「どうぞ」

「ありがとうございます」




「彼女は、どんなものが好きでしたか?」


「そうですね。野菜や果物は好きでしたね。お米やお豆腐、煮物とか。

そういえば、高校生の頃、お菓子作りにはまっていて、

夜中に作っていましたよ。ケーキやシュークリームなんか。

母もシュークリームはリクエストしていました。父は、一番に

味見をしていましたね。(大したことないな)と言いながら。

姉は、生クリームがあまり好きではなく、プリンとかチーズケーキが

好きでしたね。食べ物以外だと・・音楽や写真や本ですかね」


「ピアノはずっと続けていましたか?」


「ええ、下手の横好きだと言って。指を動かすと気持ちいいらしいです。

クラシックも好きでしたが、ロックも好きだったですね。音楽では、

弟と趣味が似ていたようです。弟は、自分が気に入った曲をテープに

吹き込んで、東京の姉のところへ送っていました。私は、

よく服を買う時、姉に見立ててもらいましたよ。姉自身は、

自分の服にはこだわりませんでしたが、自分でデザインした服を作って、

私や子供達にもプレゼントしてくれました。

 写真は、木や森の写真が好きみたいでした。いつか、

ヨーロッパに行って、アルプスの木々を撮りたいと言っていました。

雪の積もった木とか、新緑の森林が特に好きだったようです。

上の子は、よく写真を撮ってもらいましたよ。

 本は欠かしたことがないと思います。寝床で本を読みながら

寝るというのが、姉の日課でしたから。本はあまり残っていませんが、

CDは残っていますよ。うちは、あまりクラシックを聴かないので、

お好きなのがありましたら、持って行ってください」


「そんなにいただくわけには・・」

「この箱です」

「僕は、詳しくないので、どれが良いのかわかりません」

「姉が好きだったのは、このあたりだと思います」


ラフマニノフのプレリュード、ベートーベンのピアノソナタ、

ショパンのバラード、リストのラ・カンパネラ・・



「音楽に関しては、明るい曲よりも、(魂の叫び)みたいな

ものが好きらしいです。私には、よく分からないのですが」

「本当によろしいのですか?」

「ええ、うちにあっても宝の持ち腐れですから」

「それでは、有り難く」


「遺品を整理していて、姉は、健康保険に入っていないことが

分かったんです。私達も何も知らずに。生活は大変だったみたいです。

それなのに、姉はユニセフに寄付していたらしく、通帳から年に数回

引き落とされていました。確かに、世界中には恵まれない子供達が

たくさんいます。でも、姉の優先順位には、私も呆れてしまいました」


「ただいま」

「お帰り。・・上の子です」

「こんにちは」

「こんにちは」

「なっちゃんのお参りに来てくださったのよ」


 姪は、ちょっとはにかんだ様子だ。お母さんによく似ている。

「着替えてくる」


「あの子、はるかと言うのですが、赤ちゃんの頃は、夜鳴きが

ひどくて、私も寝不足が続きました。その頃は、市内に姉がいて、

助かりました。あの子、姉に抱かれると安心らしく、すぐ眠って

しまったんですよ。私達は姉を、悠のベッドと呼んでいました」



「姉が、母を許せてから、私は、長い手紙を受け取ったのです。

そこには、お話したことや、恨んでいた醜い心、私達に対する愛情

などが書かれていて。何も知らないで甘えていた私は、同じ親として、

母を腹立たしく思いました。それから、私や弟は、自分を

優等生のように思っていたようだけれど、本当は、一番自分に

自信がなかったのは、私だったのよ、と」


「・・・」


「姉は、子供達に毎年、誕生日に手紙を送ってくれていました。

姉は、いつも自分で何でも解決しましたが、こんなことを教えて

くれる人がいてくれたら・・と思うことがあったらしくて。

心の問題だったり、仕事の選び方、才能の見つけ方、考え方などに

ついてです。自分では、時間がかかったり、失敗したことを、

子供達にはさせたくないと思ったのでしょう。今、分からなくても、

いつか子供達が、迷った時、悩んでいる時に指針になるように。


 私は、姉がいてくれて本当によかったと思います。

姉の生き方を見てきたから、私は大きく曲がることはなかった。

まあ、姉に比べたら、ちょっと要領がいいかもしれませんが。


 世の中には、自分が受けた痛みをどう受け止めるか、

二種類の人間がいると思うのです。その痛みを人が受けないように

願う人間と、自分は被害者なのだから許されると、人の痛みには

鈍感になる人間と。姉と母の生き方そのものです」


「何と言っていいか分かりません。こんな重いお話になるとは、

思ってもいませんでした。自分は、何て軽く生きてきたのかと・・」


「人によって、与えられる課題は様々です。それぞれ乗り越えられる

だろう課題しか与えられない。姉は、そんなことを言っていましたよ。

私は、姉が亡くなる前に、大きな課題を乗り越えられて良かったと

心から思うのです。


 引っ越して姉と離れてから、恭平は特に、姉を心配していました。

孤独死が言われるようになって、余計に一人暮らしは寂しいの

じゃないかと。その話を姉に言うと、(孤独死が必ずしも孤独とは

限らない。私がもしそうなっても、寂しいとか、可哀想とか

思わないで欲しい。本当に、寂しいのは、人と心が通じ合わないことだ。

離れていても、心が通う人がいれば寂しくないんだよ。私は、

もういつ死んでも幸せだから)って言っていました」


「今日は、お話を、そして遺品まで、ありがとうございました」

「良かったら、またいらしてください。恭平もきっと喜びます」

「はい。ありがとうございます」


 奈月、お前は何という人生を歩いてきたんだ。

俺は、聞いだけで、重くて、痛くて、言葉にならない。

まるで、予想もつかない話ばかり・・・

どうして、あんな笑顔でいられたんだ。

 今日は、ホテルに泊まろう。

美沙の話を反芻してみる。とても疲れているのに、眠ることができない。



 翌日、圭介は、奈月の眠る墓の前にいた。

 奈月、来たよ。チーズケーキ好きなんだって?買って来たから、

たくさん食べろよ。ぬいぐるみ・・苦手だったんだな。すまん。

でも、部屋に置いてくれていたんだろ?

 

 人にはそれぞれコンプレックスがあるんだな。

あの頃は、二人ともコンプレックスの塊だったんだな。俺は、

何でもできるお前に。お前は、子供らしくない自分、だめな自分に。

俺には、お前にそんなコンプレックスがあるなんて思えなかった。

誰もがそう思うだろう。

でも、お前の心には、確かに存在していたんだな。


 お前、お母さんの愛情、よっぽど欲しかったんだな。

お前が人を恨むなんて、きっと他にはないだろう。でも、無理もない。

俺も同じだ。お前を恨んでいたのは、きっと忘れたくなかったのだ

と思う。恨みを捨てたら、俺の中のお前が消える気がして。

 お前が、正しい心を頑なに守ろうとしてきたのは、お母さんの

ためだったんだろう?本当の愛情を示してきたことも。

 本当に人の心を大事にしていたんだな。子供の頃からずっと。

いつも相手のことばかり・・


 今なら分かるよ。お前が、俺のために別れようとしたことも。

そうだ、あの時の俺だったら、お前がいくら将来のことを考えろ、

勉強しろと言っても、聴く耳を持たなかっただろう。

俺は、だめな男だった。見返すことも出来ず、ただお前を失った

悲しみに暮れていた。お前の思いを無にしてしまった。

どうして、お前につり合うような男になろうと、努力しなかったのか。

だらしないよな。すまん。

恨んでいてごめんな、奈月。でも、お前が開けた穴は、誰にも埋められなかった。


 きっと、お父さんのことも、お前には辛かっただろう。

たった一人、お前を愛してくれた人なんだから。

お前と恭平君は、心が通じ合っていたんだな。俺、あの子が

お祖母さんでなく、お前に懐いていると聞いて、お前のしてきたことが、

報われた気がした。良かったな、あの子がいてくれて。


 お前のことが分かれば、お前に近づけると思っていたけど、

もっと遠くなった気もする。

きっとお前の生き方は、しんどかっただろう?辛かったんじゃないか?

でもお前は、それで満足だったんだろうな。

 

 どうしたら、お前を喜ばせることができる?

きっとお前は、俺が俺らしく生きてくれればいい、とでも言うのだろう。

でも、俺らしいって何かな?

お前は、どういうのが俺らしいと思う?


 お前は、結婚しなかったけど、誰かいたのか?

通夜のときのあの男は、お前にとって大切な人だったのか?

 やっぱり複雑だ。自分は結婚もしておいて勝手だけど。でも俺、

お前以上に愛せる奴いないと思うんだ。お前でないと充たされない。

出会うのが、早すぎたのかもしれない。俺が未熟だったから。


 奈月、お前は、そっちで誰を待っているんだ?

もう、俺のことは忘れているか?

できることなら、待っていてくれ。

もう少し、マシな男になるから。

お前に会いたい。もう一度。

 

 奈月、また来るよ。



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