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ゲジョン  作者: ネッしー
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二人目

~二人目~

 シリューが二階から降り、長い廊下を歩き、玄関を横切って台所に入ると、レアルが膝をついて拭き掃除をしていた。傍には水と雑巾の入ったバケツが五つもある。五つもだ。

「ねぇレアル」

 とシリューが話しかけると「はい」と振り向いて掃除の手を止めた。レアルはシリューを見つめて、シリューより先に口を開いた。

「あ、シリュー様、この家は土足じゃないですよ、説明が忘れていましたね」

 というレアルは、たしかに靴ではなくスリッパを履いていた。「え」とシリューは言って靴を脱ぎ、靴を玄関に置きに行く。どうやら、シリューの知らないルールで、満たされているようだ。台所に戻るとレアルは掃除をすっかりやめて、お茶を淹れる準備をしていた。

「シリュー様、すみません話を遮ってしまい、何の御用でしょうか」

 とカタカタ食器を棚から取り出す。台所はどうやらリビングを兼用しているようで、同じ空間にキッチンから机から置いてあった。床は水色のタイルのようなものになっており、どこか懐かしみを感じる雰囲気であった。電気などつけなくても、日光が入ると部屋が青々しく輝いた。木の葉が揺れて影が雑多と日光を歪めさせれば、水色のタイルは水面の揺れのように揺らいで、まるで水の中にいるかのような感覚になる。なんだか好きだなとシリューは穏やかな気持ちになった。

「えっと、この家は、どういう家なの?」

 とシリューが思い出すように言うと、レアルはコンロに火を付けて、水が沸騰するのを待つ間、シリューが座る机に向かい合って座った。

「この家は、遠い遠い国の家です。はるか昔、このデドドキシンに一国を築いた国の残骸のようなものなのですよ。ニホルという国です。なんでも異文化に成長しすぎて、他の国に侵略されて呆気なく滅びたそうですよ」

 シリューにはよくは分からなかった。昔のことがいかに現代に影響を及ぼしているのか見当もつかないし、残骸になった理由が侵略というのもイメージがつかなかった。

「へー、よくわかんないね。なんでレアルはこの家を知ってるの」

 と尋ねたところで、台所でごとごと何か音がし始め、「あ」と二人がコンロに目をやるとポッドから水が溢れ出していた。「ああ、ええと」と焦りを隠しながらレアルは冷静に立ち上がりコンロの火を消した。そして傍に置いてあったお茶のパックを手に取ってポッドの中に入れる。ポッドはガラス製で、そのパックを入れた瞬間、煙幕のように色がみるみる変わって行く。革命のとき、屋敷に火が燃え上がる瞬間もそんな一瞬の出来事で、そして一瞬で広がった。パックは紅茶のようで、濃いオレンジ色のような煙が水の中で蔓延した。レアルはパックを出し入れして、ポッドにパックを漬けたまま台所の小さな扉を開ける。出てきたのは恐らく砂糖で、入れ物は陶器か、中は見えずスプーンだろうか、そんな棒がささっている。

「なんの話でしたっけ」

 とレアルは砂糖を入れたのち、メイド服のポケットから布を取り出して、さっき溢れた水を拭き始めた。シリューは、なぜこの家のことを知っているのかと、喉のそこまで出そうとしたが、紅茶を注ぐレアルと、台所の水色の世界にシリューは現を抜かすような気持になって、最終的にこう言った。

「僕も、忘れちゃった」

 レアルは顔を見せなかったが、シリューが背中越しでも分かるぐらいには、微笑んでいるように感じられた。ポッドとカップを持って振り返ったレアルは真顔であったが。

「シリュー様の舌に変わりはありませんか、甘々、にしておきましたよ」

 シリューは渋い紅茶など求めていない。甘い紅茶しか受け付けないのである。レアルからしてみれば子供だからしょうがない話であるが、にしてもいつも入れすぎなのではないかと思うほど入れている。ポッドの底に溶け切らない砂糖の結晶が残るくらいには入れている。もはや紅茶というか、砂糖湯である。

「大丈夫だよ。変わんない。というかずっと変える気はないよ」

 シリューが紅茶をカップに注ぐ。息を吹いてそっと口を近づけるが、やはり熱いようで、もうちょっと冷まそうとまた息を吹き始めた。

「して、シリュー様」

 冷ます時間があるならとレアルは口を開く。

「現在、この国のトップはあなたですが、まぁ事実上王の不在という状況です。シリュー様がどうお考えなのか知りたいです」

 レアルは真剣な顔になって、その糸目から若干蒼い目が見えた。

「どうお考えって、僕にできることなんてあるの?」

 コップの側面を触って熱さを確かめるようにシリューは聞いた。

「細かいことを話すと、直観に反しますから、何も考えずシリュー様の考えが聞きたいのです。この国を治めるか、このままここで過ごすか、どうしますか」

「メイドさんが心残りなんだ。放置したら、どうなるの」

 シリューは食い気味に聞いた。レアルは、シリューがいまだにメイドのことを思っていることに、少し目を開きかけた。「メイドは、残念ながら」と糸目に戻った。

「死ぬまではいきませんでしょうが、安全は保障されないでしょう」

 シリューは「ダメ」と呟いた。「ダメだよ」と今度はレアルに聞こえるように言った。

「僕、勝手にメイドさん追い出したままなんだ。そのメイドさんたちを助けなきゃ。ヘルヤ家のメイドは優秀のはずでしょ? 皆集まれば……そこからまた考えようよ」

 シリューは革命前夜に、逃げるようにメイドに指示したことがどこか心残りであった。あれは勝手は解雇宣言であり、迷惑をかけてしまった。レアルの言う王の不在で、メイドたちの安全が保障されないというなら、それは罪である。

「メイドたちを、連れ戻す、ですか」

 レアルはシリューがここでの生活を選ぶと感じていたため、少し驚いた。そして今までの仕事仲間を思い出して、シリューとの思い出を浮かべた。シリューの教育担当、食事担当、掃除担当に、武芸担当……それぞれがそれぞれシリューのために懸命であった。かくいうレアルは屋敷の警護で手がいっぱいであり、それはたしかに、親しいメイドと再会したほうがシリューは安心だろうなと感じた。

「ねぇレアルは、皆の場所わかってる?」

 シリューがやっと紅茶を飲み始めた。

「場所は分かりませんが、ある程度の見当は付きますよ。ただ、皆私とは会いたくないでしょうね、シリュー様も出向かないと信じてはくれないでしょう」

 シリューは少しごくっと紅茶を飲んで、熱かったのか少し耐えるような顔をした。

「なら、僕も行くよ。誰から助ける? レアルに任せるよ」

 レアルは顎に手を添えて「そうですね」と呟いてから、台所に置いてある大量のバケツから、大量の雑巾、まだまだ埃の被ったリビングのソファや家具を見渡した。

「私事で申し訳ないですが、清掃担当から、ですかね……」

 レアルはそう呟いて、シリューとは目を合わせなかった。別に見なくても、どんな目でシリューがレアルを見ているかは想像がつくからだ。「あちっ」と声がして片目から蒼い目で見ると、レアルのことなんて気にせず紅茶を楽しんでいた。

「清掃担当は、メリエルさんだね」

 シリューはようやく飲める紅茶をぐいぐい飲んでしまった。

「すぐに出ますか?」

 レアルがそう聞くと、シリューは少し息をついた。

「行こう。今日は掃除日和だ」

 シリューに心を見透かされていることに気づいて、レアルは少し恥ずかしくなってしまった。


 革命の中心部であったシャルガイドは未だ騒がしく、下手すれば死体を見かねないので、レアルはシリューを背負ってその場を避けることにした。シリューは顔で身元がバレる可能性があるため、緑のフードを深く被る。レアルは糸目でなければバレることもないので常に目を開いて行動することとなる。「行きましょうかシリュー様、荒野は危険ですから、手を離してはいけませんよ」とレアルはシリューを背負い、忠告する。

 玄関から、青々とした庭を抜け、木のトンネルから、荒野へと踏み出す。レアルはか細い息を口から出しながら、少しずつ膝を曲げ始める。それはスローモーションを超越した空間の人為的遅延、履かれた革靴がミシミシ音を鳴らし、足の甲のあたりは曲がったこれまでのしわでさらに曲がり、つま先のみで前かがみの姿勢になっていく。

「しっかり、捕まってくださいよ……」

 つま先、そこに捕らえられた地面は、逃げるようにつま先からヒビを入れた。エネルギーがすべてレアルに吸い込まれるように、吐かれた息と共に音を無に進化させる。ミクロ、世界のどこかで誰かが死んで、そしてどこかで誰かが生まれる、その刹那を搔い潜るほどの速さでそこからレアルは消えていた。残った小さなつま先の足跡から伸びた地面のヒビは、はるか、はるか先まで続いていた。地表にも、そして地下にも……

 気づいたらシャルガイドを空から見下ろして、渡り鳥のようにさらにその先へ飛んでいるではないか。こんなの、嫌でも離すものかと、シリューがさらに強くレアルの背中を掴んだ。レアルが空を飛んでいることに驚きはしなかった。飛んでるというよりかは、これはただのジャンプであるが。

 なんて飛び方からは想像もできないほどに静かに綺麗に、建物の屋根に着地したことにシリューは驚いた。

「え、もう着いたの」

 レアルは「はい」と言って人がいないことを確認して、屋根から飛び降りる。屋根は新築なのかぐらつくこともなかった。そこからメリエルを探し始められれば、それほど平和なことはなかったわけだが、やはり上手くはいかないようである。民家の扉からちょうど「えーと、売ってしまう物は……」と言いながら出てきた、本を積み上げて持つ人物に見事に落ちてしまったのである。ぶつかる直前目が合って、金色の瞳が、眼鏡越しにシリューをとらえた。顔面から顔面へドタドタと物音と共に地面に散らかった。

「な、なんでしょう……」

 落ち着きのある気品あふれる声が聞こえる。聞き覚えのある声であった。レアルはなぜか綺麗に立ち上がっており、シリューに手を差し伸べていた。

「シリュー様、無事ですか。申し訳ありません、少々急ぎましたね」

 シリューは背中から落ちており、フードもめくれてその美貌をあらわにしていた。民家から出てきた女性と目が合ったとき、シリューは少し安心した。手を取って立ち上がり、腰を抜かしている、その女性に近寄った。眼鏡を探す彼女は、ようやく眼鏡を見つけそれを付けた。視界がクリアになって、そこに立っているのが、かつてのご主人と、その警備がいるもんだから、彼女の頭は追い付かなかった。

「え、シリュー、シリュー様? と、レアル? え?」

 と戸惑う彼女に、シリューは手をさし伸ばした。

「メリエル、ちょっと、話したいことがあって」

 メリエルは眼鏡を触りながら照れ、シリューの手を握って立ち上がった。長く広い金髪の髪が、田舎の風と共になびいて、散乱した本のページをめくる。茶色を基調とした落ち着いた服装が、周りの自然と調和している。

「ええ、ええと、と、とりあえず中へ。ここ、私の家ですから」

 とメリエルの家へとシリューらは入ることになった。

 この地、「センタネル」という場所で、自然豊かに囲まれた田舎である。このメリエルが辿り着いた辺境のような場所で、住民はメリエルしかいないため、ここはメリエルの領域であった。そのため、ものすごく綺麗であった。シリューは、この短時間の様々な衝撃で、なんだか甘々の何かが体の底から滝登りしているような感覚がしてきて、危機感を覚えた。たぶん、紅茶だ。

 メリエルの家は二階建ての一軒家のようで、一階がリビングと台所が広々とした空間に同居している。風呂とトイレは玄関の方にあるみたいだ。一階の奥に階段があるが、おそらく二階が主な生活スペースだろうかとシリューは考える。シリューとレアルを家へ入れたのち、さばかれた本を取りに戻って来たメリエルは、意外と冷静であった。

「まさか、シリュー様とレアルが一緒だなんて、何が起こるか分からないものですね……すっかり亡命したかと思っておりました」

 シリューとレアルはリビングの大きなソファに座っていた。普段メリエルしか使わないからか、一人用の大きさであったため、レアルの膝の上にシリューが座っているという謎の光景である。そして、それに全員何も動じないのも、また謎である。

「あ、紅茶、お入れしましょうか? たしか、甘々、でしたっけ」

 と台所に行くメリエルをシリューは止めようとした。しかし、なんだか再会してそういうのも失礼だと感じて「じゃ、ぬるめでお願い」と妥協した。レアルに小声で「大丈夫ですか」と後ろから胃袋を心配されたが、もちろん大丈夫ではなかった。「大丈夫」と言うほかないわけだが。

「シリュー様の、その、話とはなんでしょうか」

 とメリエルは湯を沸かしながら聞いてきた。なんだか見たことのある気がし、シリューは耐えられるか不安に思っていた。

「話っていうのは、また僕と暮らさないかって話で」

 メリエルは「まぁ」と口を手で覆って赤面した。

「シリュー様、誤解を生んでいます」

 とレアルは呟いた。

「え? あ、その、プロポーズじゃないよ、えっと、新しい住居に引っ越したから、メリエル含めたメイドさんたちを誘ってるんだよ」

 と必死に弁明した。「ええ、わかっていますよ」とメリエルは赤面したまま、「わかってますとも」何度もそう言って心を落ち着かせているように見えた。目は合わなかった。

「私、嬉しいですよ。またシリュー様と過ごせるなんて。でも、なぜ私もなんです? もっと、料理も作れるエヴァンさんとか、見習いのガジェンダさんとか、そっちの方が親しかったはずでしょう? あ、私はあまり枠ですかね……」

 とメリエルは謙遜する。「それは私が」と口を開いたのはレアルで

「新しい住居があまりにも整理できないため、メリエルさんをと決めたのです」

 メリエルは「あら」と言う。こうやって「まぁ」とか「あら」とかと返すのはなんともメリエルらしくて、シリューの好きなところでもあった。

「レアルは、掃除が苦手でしたものね。何度教えても、教えても下手でしたね、ふふ」

「やめてください、紅茶は淹れられるようになったのですからいいでしょう」

 と食い気味にレアルがつっこんだ。どうやらメイドの中では、甘々の紅茶を作れるようになるのは必須に近いらしい。

「メリエルさん、ここから北東へ行き、シャルガイドを越えてデドドキシンまで行くのに時間はかかりますか」

 レアルがそう聞くと「あら」とさっきより少し疑問符がついてそうな反応をした。

「新しい新居はデドドキシンということですか。そうですね、一日もあれば着きますよ。そこからまた、詳しく話を聞きたいものですね、準備に時間がかかるかしら……」

 メリエルは、紅茶をポッドに淹れる。今度はガラス製ではなかったけど、紅茶のパックが入れられるその瞬間、あの煙幕のような光景がフラッシュバックした。果たして飲めるのかどうか、シリューはずっと渦巻く不安を抱いていた。その渦巻すら、その煙幕のように心に染まっていく。ただやはり、レアルとは違って水が溢れることもないあたり、メイドとしては能力が高いのであろう。

 メリエルは、昔と変わらないような様子であった。本が好きで、いつも分厚い本を抱えていた記憶があった。シリューと同じく紅茶が好きで、いつもメイド長のセスタの目を盗んでは部屋で楽しんでいた記憶がある。ふんふんと鼻歌を歌ってメリエルは紅茶を、ソファの隣の小さなテーブルに置いた。

「あ、ちょうどお菓子の時間ですね。シリュー様、何か用意しましょうか?」

 そういえば十五時になると、お菓子の時間というなんとも子供じみた言葉でメリエルはシリューの部屋にやってくる。お菓子は手作りから、普通に買ってきた物もあって飽きないラインナップであった。しかしシリューからしたら少し複雑な気分でそのお菓子を食べるのである。それは甘いものが苦手だからである。紅茶は例外である。

「お菓子はいいよ、きっとこれからもメイドさん探すんでしょ?」

 とレアルに目配せをする。「メリエルの甘すぎるお菓子が出る前に逃げよう」と言わんばかりの目にレアルも気づいた。

「そうですね、今日食べるものがあるかも分からないので、エヴァンさんを探そうと」

 とレアルは言った。メリエルも、レアルも、通常の味覚をしているとは思えないため料理担当は必要であった。エヴァン、というのは無論女性である。

「まぁ、エヴァンの料理が食べられるなんて、私楽しみです……!」

 メリエルは笑顔でそう言って「では早いうちに行かれたほうがいいですね」と、シリューたちと別れることとなった。メリエルは一日かけてデドドキシンへ行く。それまでに餓死する可能性も否めないため、エヴァンは早々に探すことになる。

 メリエルの家から飛び立つ、その直前に、メリエルはシリューに言った。

「ほんとに、ご無事で、何よりです」

 優しい笑顔でそういうメリエルにシリューは「お互い様」と言って、またレアルのとんでもない跳躍によってそこから飛び立つのであった。風だけが置いて行かれて、舞っている空間で、メリエルは「ふふ」とまた微笑んだ。


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