表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第4話 止まらない通知

「マッチング」


それだけ打って、指が止まった。


画面には、アプリの候補がずらりと並んでいる。

ハート。ピンク。笑顔。キラキラしたアイコン。

出会い。恋活。婚活。真面目なふりをした言葉。


俺が欲しいのは、そんなものじゃない。


でも検索結果は、俺の欲望なんて知らないふりをして、

善良そうな顔のアプリを差し出してくる。


評価の星。レビュー件数。ダウンロード数。


「利用者数が多い」

「初心者向け」

「安心安全」

「年齢確認」


レビューを読んで、ランキングを見て、最適解を探す。


「まぁなんでも、レビューが多いに越したことはないよな」


気づけば時間が過ぎていた。


「……やべ、もう行かないと」


スマホを置き、支度をして、俺はバイトへ向かった。

朝の街は普通で、俺だけが妙に浮いてる気がする。


職場でもなんだかソワソワして、早く休憩にならないかとイライラも混じるような感じだった。控室のロッカーにあるスマホをいますぐ触りたくしょうがない。



十三時頃になり、ようやく休憩。


まずは着替えてから、賄いのうどんを食べ終え、コップの水を飲み干したあと、俺は自然な流れでトイレに向かった。


個室の鍵をしっかり閉め、座る。


——ここなら、いい。


誰にも見られない。

誰にも説明しなくていい。


スマホを手に取り、アプリストアを開く。

今朝の検索履歴が、俺の代わりに答えを出している。


再度、候補を一つずつ見る。

評価。

レビュー数。

年齢確認。

利用者数。


自分でも聞いたことがある名称の、一番“ちゃんとしてそう”なやつを選んだ。


ダウンロード。


進捗バーが伸びる。

短い時間なのに、やけに長く感じる。


「……よし」インストール完了の”開く”がこんなにも嬉しいなんて。


アプリをタップするとすぐに登録画面が出た。


メールアドレス。

パスワード。

生年月日。


新規登録はすぐ終わった。

詳細なプロフィール作成の画面が出る。


「……そっか、ここからが面倒だな」


俺はそこで一度、画面を閉じた。

もうすぐ休憩が終わるし、さすがにここまでやるのは違う。


「あとは家帰ってやるか……」



仕事が終わり、帰宅途中にいつものスーパーへ寄る。

野菜、豆腐、卵、納豆をかごに入れ、いつもの流れで豚しゃぶ用の肉を吟味。


「今日も旨そうな肉が並んでるなぁ」


そして、会計をしにレジに行くと


——いた。


あの美人店員。


(何時まで働くんだろう……)


俺はそこで会計したかったが、他のレジよりも列になっていたので足が止まった。


「あぁ……どうするか」


意味はない。

意味はないが、少し考えてしまう。


(まぁいっか……)


俺は諦めて別のレジへ。会計を待つ間、視線だけが勝手に動く。


チラ、と見る。

すぐ逸らす。


また、チラ。


俺は何もしていない。

ただ見ているだけだ。


会計が終わり、すぐに店を出た。


外に出てから、スマホが震えた。


——「プロフィールを完成させましょう」


アプリの通知。


「はいはい、すぐに作るよ」



エプロンをつけ、

野菜を切る。

鍋に水を張る。


風呂のお湯も同時に入れる。

いつもの順番。


その合間にスマホを手に取って、プロフィール作成をした。


「けっこう選択式が多いなぁ。まぁ詳細に載っているほうが相手にはいいんだろうけど」


人生が、選択肢に収まっていくようだ。


自己紹介文は短く済ませた。


「人見知りですが、気軽に話せる人だと嬉しいです」


嘘でも本当でもない。

なんとなく無難なような。


次は写真。


ここで、手が止まった。


「自分の写真とかないなぁ。いま撮るのもなんかなぁ……この感じを自撮りするってなんだか違うし」


今の写真はない。

外食した時の料理と風景の写真ばかりだ。


「あっ、そうだ」


俺はフォトアプリを開いた。ここで昔のデータがあるのでもしかしたらいいのがある可能性がある。


数年前。どこで撮ったかも覚えていない。


「なんとなく、若いな。これでいっか」


知人はいないだろう。

写っていないだろう。


そう自分に言い聞かせて、一枚選んだ。


これでプロフィールはひとまず大丈夫かな。


画面に表示される自分の顔を、

俺は他人みたいに見ていた。


だが、詳細なプロフィールの入力欄はまだまだ多い。


ニックネーム。

年齢。

職業。

住んでる場所。


選択肢をタップするたび、俺が薄くなっていく気がした。

でも、こういうのは薄いほうがいい。

尖ってると面倒が増える。


改めてプロフィール欄の自分の顔が出た。


「……俺、なんか必死だな」


俺は一旦、スマホを置いて鍋に火をつけた。

風呂の湯が溜まる音がする。


「あっ!いけね。急がんと入れすぎちゃう」


いつもの夜。

いつもの支度。


ただひとつ違うのは、

俺の中に「次」ができたことだ。


鍋が煮える前に、スマホが震えた。


——おすすめの相手が表示されました。


俺は反射で画面を開く。


知らない顔。

知らない名前。

年齢。距離。ひとこと。


右にスワイプ。

左にスワイプ。


軽い。

驚くほど軽い。


人間を選んでいるのに、

指の動きだけはゲームみたいだった。


気づけば、十人、二十人。


鍋の湯気とともにどんどん立ち上がる。


——「いいねされました」


「っえ、こんなすぐに……」


思わず胸が跳ねる。想像以上にリアクションが早いのでびっくりした。


「マッチングアプリ……名称に偽りなしだな」


そして、いいねしてくれた相手を見て俺は思った。


(……これだ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ