第4話 止まらない通知
「マッチング」
それだけ打って、指が止まった。
画面には、アプリの候補がずらりと並んでいる。
ハート。ピンク。笑顔。キラキラしたアイコン。
出会い。恋活。婚活。真面目なふりをした言葉。
俺が欲しいのは、そんなものじゃない。
でも検索結果は、俺の欲望なんて知らないふりをして、
善良そうな顔のアプリを差し出してくる。
評価の星。レビュー件数。ダウンロード数。
「利用者数が多い」
「初心者向け」
「安心安全」
「年齢確認」
レビューを読んで、ランキングを見て、最適解を探す。
「まぁなんでも、レビューが多いに越したことはないよな」
気づけば時間が過ぎていた。
「……やべ、もう行かないと」
スマホを置き、支度をして、俺はバイトへ向かった。
朝の街は普通で、俺だけが妙に浮いてる気がする。
職場でもなんだかソワソワして、早く休憩にならないかとイライラも混じるような感じだった。控室のロッカーにあるスマホをいますぐ触りたくしょうがない。
*
十三時頃になり、ようやく休憩。
まずは着替えてから、賄いのうどんを食べ終え、コップの水を飲み干したあと、俺は自然な流れでトイレに向かった。
個室の鍵をしっかり閉め、座る。
——ここなら、いい。
誰にも見られない。
誰にも説明しなくていい。
スマホを手に取り、アプリストアを開く。
今朝の検索履歴が、俺の代わりに答えを出している。
再度、候補を一つずつ見る。
評価。
レビュー数。
年齢確認。
利用者数。
自分でも聞いたことがある名称の、一番“ちゃんとしてそう”なやつを選んだ。
ダウンロード。
進捗バーが伸びる。
短い時間なのに、やけに長く感じる。
「……よし」インストール完了の”開く”がこんなにも嬉しいなんて。
アプリをタップするとすぐに登録画面が出た。
メールアドレス。
パスワード。
生年月日。
新規登録はすぐ終わった。
詳細なプロフィール作成の画面が出る。
「……そっか、ここからが面倒だな」
俺はそこで一度、画面を閉じた。
もうすぐ休憩が終わるし、さすがにここまでやるのは違う。
「あとは家帰ってやるか……」
*
仕事が終わり、帰宅途中にいつものスーパーへ寄る。
野菜、豆腐、卵、納豆をかごに入れ、いつもの流れで豚しゃぶ用の肉を吟味。
「今日も旨そうな肉が並んでるなぁ」
そして、会計をしにレジに行くと
——いた。
あの美人店員。
(何時まで働くんだろう……)
俺はそこで会計したかったが、他のレジよりも列になっていたので足が止まった。
「あぁ……どうするか」
意味はない。
意味はないが、少し考えてしまう。
(まぁいっか……)
俺は諦めて別のレジへ。会計を待つ間、視線だけが勝手に動く。
チラ、と見る。
すぐ逸らす。
また、チラ。
俺は何もしていない。
ただ見ているだけだ。
会計が終わり、すぐに店を出た。
外に出てから、スマホが震えた。
——「プロフィールを完成させましょう」
アプリの通知。
「はいはい、すぐに作るよ」
*
エプロンをつけ、
野菜を切る。
鍋に水を張る。
風呂のお湯も同時に入れる。
いつもの順番。
その合間にスマホを手に取って、プロフィール作成をした。
「けっこう選択式が多いなぁ。まぁ詳細に載っているほうが相手にはいいんだろうけど」
人生が、選択肢に収まっていくようだ。
自己紹介文は短く済ませた。
「人見知りですが、気軽に話せる人だと嬉しいです」
嘘でも本当でもない。
なんとなく無難なような。
次は写真。
ここで、手が止まった。
「自分の写真とかないなぁ。いま撮るのもなんかなぁ……この感じを自撮りするってなんだか違うし」
今の写真はない。
外食した時の料理と風景の写真ばかりだ。
「あっ、そうだ」
俺はフォトアプリを開いた。ここで昔のデータがあるのでもしかしたらいいのがある可能性がある。
数年前。どこで撮ったかも覚えていない。
「なんとなく、若いな。これでいっか」
知人はいないだろう。
写っていないだろう。
そう自分に言い聞かせて、一枚選んだ。
これでプロフィールはひとまず大丈夫かな。
画面に表示される自分の顔を、
俺は他人みたいに見ていた。
だが、詳細なプロフィールの入力欄はまだまだ多い。
ニックネーム。
年齢。
職業。
住んでる場所。
選択肢をタップするたび、俺が薄くなっていく気がした。
でも、こういうのは薄いほうがいい。
尖ってると面倒が増える。
改めてプロフィール欄の自分の顔が出た。
「……俺、なんか必死だな」
俺は一旦、スマホを置いて鍋に火をつけた。
風呂の湯が溜まる音がする。
「あっ!いけね。急がんと入れすぎちゃう」
いつもの夜。
いつもの支度。
ただひとつ違うのは、
俺の中に「次」ができたことだ。
鍋が煮える前に、スマホが震えた。
——おすすめの相手が表示されました。
俺は反射で画面を開く。
知らない顔。
知らない名前。
年齢。距離。ひとこと。
右にスワイプ。
左にスワイプ。
軽い。
驚くほど軽い。
人間を選んでいるのに、
指の動きだけはゲームみたいだった。
気づけば、十人、二十人。
鍋の湯気とともにどんどん立ち上がる。
——「いいねされました」
「っえ、こんなすぐに……」
思わず胸が跳ねる。想像以上にリアクションが早いのでびっくりした。
「マッチングアプリ……名称に偽りなしだな」
そして、いいねしてくれた相手を見て俺は思った。
(……これだ)




