4章4話 少年、真実を知る
向かった場所は、俺の家。いや、創助の家と言った方がいいか。
家に入室すると誰もいない。
そう。ずっとそうだった。
この家には俺しかいなかった。
思い返してみてもそうだ。俺がこの世界に来た日も、この家には誰一人いなかった。
父親も母親も妹も全て、創助が作り出した幻。
「柊も練もずっと俺に合わせてくれていたんだな。」
たった二年の付き合いだったけど、三人での暮らしは楽しかった。
「……でも、お別れだ。」
俺は覚悟を決め、鏡の目の前に立つ。
「そこにいるんだろ、雲外鏡。出てこいよ。」
「おやおや。ようやく話しかけてくれたね。ずっとお話するのを待ってたよ。茅野創助くん。いや、悲しき妖怪、件と言った方が良いかな?」
部屋の片隅に置いてあった不気味な鏡。
高級感のある装飾がなされているが、酷く古ぼけている。
そのレトロな雰囲気が、電気をつけていない部屋では不気味だ。
俺が語りかけると、あっさりと言葉を返してくる。
最初からこの鏡には違和感があった。創助の記憶を遡っても家にはなかったものだ。
「邪魔が入っても困ります。私の世界で話しましょうか。」
「なに?」
刹那。眩い閃光が迸ると、俺の体は鏡の中へと吸い込まれていく。
◆◇◆
視界が晴れると、俺と雲外鏡は白一色の空間にいた。
「さて、ご要件はなにかな?」
「単刀直入に言う。この世界を元に戻せ。そして、俺を元の世界に戻せ。それが要件だ。」
「はあ。この世界はお気に召さなかったと?」
「当たり前だ。鈴蘭やジンは作者である俺がいなくても、幸せになるんだ。俺がこの世界に留まる理由はない。元の世界に戻って、お前や創助、柊、練の物語を描いて救ってやるよ。」
「……は?」
間抜けな声を出し、沈黙する雲外鏡。
予想していなかった反応に、俺は困惑する。
「な、なんだよ?」
「ぷっ……ククッ、アハハハハハハハハハハ!!!!」
突然大声で笑い出す雲外鏡。
俺は呆気にとられ、困惑する。
「おま、え?え?ククッ、はあっ?おまえ、まだ作者のつもりでいるんだ?あーはいはい。記憶取り戻した訳じゃないんだ。あーそういう事ね。」
「は?何言ってんだよ。」
「いいかい。君がこの世界から元の世界に戻るって言うことは、即ちそれは『君が琴上人に草薙剣で殺される』そういう世界に戻るってことだよ?その事わかってる?」
「ん?ああ。『創助』が元の世界に戻るわけだからな。本来のこの世界のあるべき姿はそのはずだ。」
「まあまあそうだね。それでいいんだね。」
「ああ、それでいい。そして『俺』を元の世界に戻せ。」
「ククッ、アッハハハハ!!!」
また吹き出したように笑う雲外鏡。目の前にあるのはただの鏡だが、人のことをバカにしている雰囲気がある。
「さっきから何がおかしいんだよ!!!!」
「いやいや。あまりにも君が滑稽でね。」
「なに?」
「話を戻そうか。君を……いや、作者である君を元の世界に戻せ……だったかな私への相談は。」
「ああ、そうだ。前の世界のように、もう一度、俺と契約して元に戻せ。お前なら、できるんだろ。」
「世界を元に戻すことはできるよ。でも作者である君を元の世界に戻すことは無理だね。」
「どういうことだ。なにか、俺に必要なことがあるなら、言ってくれ。」
「いやいや。根本的に無理な話なんだよ。」
「なに?」
「だって、キミはこの世界の作者じゃないから。」
「……は?」
「君は茅野創助。『第二の世界・鈴蘭の花言葉』で生きるただのモブだ。」
「何を……いってる?」
目の前の鏡が不気味に笑っているような気がしてくる。
俺のことをバカにするような、憐れむような、なにより、楽しんでいるような、そんな表情に見えてくる。
「俺が作者じゃなくて、ただの創助……?デタラメを抜かすなよ!!!じゃあ俺にあるこの記憶は、なんだって言うんだよ!これまで色んなことをこの知識でなんとかしてきたんだぞ!?俺は作者だ!!!この世界の作者だ!!!ぶざけるのもいい加減にしろ!!!」
俺は怒りをそのまま言葉に乗せて、吐き出す。
「そうか……ならいくつか、真実を提示しようか。君の自認を正す。まずはそこからだ。……これでも真実を知る妖怪だからね。」
「くっ……」
雲外鏡はそのまま意味のわからないことを呟きながら、全身を黒い影で隠す。
俺は咄嗟に臨戦態勢となるが、影が晴れると、驚愕する。
「この姿でお話しようか。その方が面白い。」
目の前の雲外鏡は俺と瓜二つの姿に変化する。
短くまとめられた赤茶髪の少年。
学ランを着こなし、ボタンを全て外すと歪な微笑みを向けてくる。
「何を始める気だ。」
「何もしないさ。私は君に問いかける。君が作者だと言うなら、答えられる問いだ。キミが本当にこの世界の作者なら、もちろん答えてくれるよね?」
「望むところだ。」
「いい答えだ。君が全ての問に答えられたのなら、いくらでも君に協力しよう。」
「交渉成立だな。答えてやるよ。」
何を始めるのかと思ったら、俺が作者かどうか確かめる?ふざけた遊びだ。さっさと終わらせて、みんな救ってやる。
「では聞こう。パスタ・スケカヤがこれまで描いてきた作品全て答えろ。」
「なんだそんなふざけた問題は。簡単だろ。『sinner chronicle』『鈴蘭の花言葉』『能天気バリア使いのマイペース旅』『インバート・マリス』計四作品だ」
「不正解。」
「は?」
「その四作品に続いて、『こじらせ・ぱらどっくす』『白銀勇者ヴアラの無自覚英雄譚』『ヒトツメの恋』『神成のジェネシス』『ハザマのアクマ』を含めて全部で9作品。もしくは、この世界を含めて10作品だ。」
「なんだ……それ。デタラメ言うなよ!?鈴蘭や桃子が読んでた作品じゃねえか!!!」
「どうやら、この世界ではこれらの作品は彼らの娯楽として存在しているみたいだね。まあ彼らにとっては別の世界の話だから当たり前なんだけど。」
「もっと、まともな問題出しやがれ。俺はお前の妄想を聞きに来たわけじゃねえんだ!」
「はあ……なら続けるよ。」
雲外鏡は呆れたようにため息をつくと、刹那背後に瞬間移動する。
「じゃあ、次の問題。この世界は『鈴蘭の花言葉』を舞台としているが、ほかの世界とも繋がりがあると言えるか」
また簡単な問題を出してきたな。
確かに色んな作品とコラボしてきた作品だ。だが、本格的に本編との繋がりを見せるのは『インバート・マリス』からだ。この世界単体で考えるなら、繋がりはないと言っていいだろう。この世界で過ごしてきて、他の作品との繋がりは感じなかった。
「繋がりはない。それが答えだ。もしあるとしても現状判断はできない。」
「不正解」
「くっ!!!!」
俺は後ろを振り返り、雲外鏡を殴りつける。
だが、俺の体は雲外鏡の体をすり抜けて地面に倒れ込む。
「くっそ!!!またふざけた問題出しやがって!!!この世界が他の作品と繋がってる!?そんな要素どこにもなかっただろ!!!!」
「あったよ。子役の『しずく』は知っているだろう?」
「……なんだよ、急に」
オレは体を起き上がらせ、座ったまま雲外鏡を見上げる。
子役の『しずく』。確か俺たちと同じ歳で鈴蘭や桃子が好きなタレントだよな。昔小学校の教室で話していた気がする。
「」
「彼女の本名は『白雪雫花』。『こじらせ・ぱらどっくす』に登場するキャラクターだよ。『こじらせ・ぱらどっくす』は争いが起きなかった『鈴蘭の花言葉』の平行世界なんだ。作中でも『幌先鈴蘭』や『宮ノ森桃子』というキャラクターが登場するね。」
「さっきからなんの話をしてんだよ!!!」
「いい加減、君も気づいているだろう?自分は作者なんかじゃないって。」
「じゃあ俺の記憶は偽物だって言うのかよ!!!!」
「最後の問題だ。君が作者だって言うなら、答えられるよね?パスタ・スケカヤの本名。」
雲外鏡は歪な笑顔で俺に顔を近づける。
その問だけは答えられない。
この世界に来た時、何故か俺は───────自分の名前を思い出せなくなっていた。
それどころか、自分の名前は創助だと、すぐに理解した。
自分でも冷や汗が出てくる。
都合のいいことはこれまで全て、『作者だからわかる』って、言い聞かせてきた。
父親がいなかったことも、母親や妹が元の世界の頃と似ていたことも。
そんなの全部───────俺の妄想だ。
名前が創助で納得したのも、家族に見覚えがあったのも、ずっと家族の幻を見ていたのも、俺がこの世界の作者じゃないからだ。
俺はただの───────茅野創助だ。
俺は俯き、答えるのを辞める。
全部思い出した。
俺は二年前のあの日、突然この世界の作者の記憶を得た。
だから、縋ったんだ。
作者である俺が、創助である僕に転生したって。
「ようやく認められたね。創助くん。ご褒美に君にもうひとつ真実を伝えよう。」
「……」
俯く僕の顎を持ち上げると、雲外鏡は瞳を近づけてくる。
「君に作者の記憶を与えたのは私だ。君には実験に付き合ってもらったのさ。」
「……じっ……けん?」
「私はね、世界の真実が好きなんだ。だからね、ある時、合わせ鏡をしたんだ。………何が起きたと思う?この世界のみの真実しか知らなかった私に、無数の世界の記憶とこの世界の構造まで理解出来たんだ!……だからね、実験したくなったんだ。この世界を神によって、生み出されたこの世界をめちゃくちゃに改変することはできるのかって!!!どうだい?心躍るだろう?君を傷つけたこの世界を君は自分の手で書き換えることに成功したんだよ!神のおもちゃである私たちが!最っ高じゃないか!!!」
「僕は……お前に……そんな事のために……利用されたのか……」
「人聞き悪いなあ。楽しかったでしょ?この二年。君さ、いくら世界をやり直しても同じように死んじゃうんだよ。それを助けるために作者としての記憶をあげたんだ。
喜多見光真のように何度も同じ時間の中で失敗し、『この世界の作者』という偽りの記憶を得た。
そして、幌先鈴蘭のように霊能力に悩まされながらも、己と向き合うことで困難を乗り越えてきた。
衛藤立生のように、辛い前世を持ちながら、この世界に転生してきた。
例え、ヴアラのように前世が呪われていたとしても。
アビュート・ハイルケーレのように自分の記憶を失ったとしても。
千本木希花のように妖怪である私と契約して己の意思を貫き守り抜いた。
真島澄のように自分を変えようと、一歩進もうと努力した。
天羽アリスのように世界から拒絶されても、この世界の悪だったとしても。
真城優のように悪意に打ち勝ってきたじゃないか。
もう充分頑張ったさ。誰も君を責めない。
だから、私と始めよう。
神に復讐するんだ。
世界全部をめちゃくちゃにする私と君の物語を紡ごうじゃないか!!!」
「僕は……」
もう、どうしたらいいか、分からなかった。
差し伸べられる手。
この手を取れば、楽になれるのだろうか。
僕をずっと支えてくれた唯一の自信。
僕がただの創助じゃなくて、特別な力を持った作者であったなら、という自信。
それを失ったらもう、どうしたらいいか、分からない。
鈴蘭もジンも僕のせいで大変なことになった。
僕が余計なことをしたから。
ずっと自分ばっかりで、みんなを傷つけてきた。
こんな僕なんか、最悪だ。
もうどうすることも出来ない。
それならもう、いっその事───────。
「馬鹿野郎!!!!創助!!!!!」
刹那。
白い空間はヒビ割れ、突然、練と柊が飛び込んでくる。
そのまま突っ込んでくる練。
僕の顔面に拳が直撃する。
「ぐっ!?」
「いつまで腑抜けたツラしてやがる!!!!」
「私達の主はこんな所で止まるお方ではありません。」
「何をいつまでグズグズしてんのか、知らねえがな!今大変なことになってんだよ!!!てめえは、他の誰でもねえ!!今までもこれからも茅野創助だろうが!!」
「私たちはそんな貴方だからこそ、思いを託し、共に歩んできたんです。私は主しか知りません。いいえ、主がいいんです。」
「練……柊……でも、僕は……」
「ほかの世界なんて知ったこっちゃねえ!!!お前の生きるこの世界でお前はなにをしてえんだよ!?今までのお前は全部偽物だったのかよ!?お前がこれまでやってきたことは、歩んできた道は、ただの作者の真似事だったのかよ!?違ぇだろ!!!!!」
練と柊の言葉に、意識がハッと引き戻される。僕はいつまで落ちぶれているつもりなんだ。
どれだけ迷ったって、考えたって、やるべき事はひとつじゃないか。
「僕は………俺は!!みんなを助けたい!!!!」
「その言葉をお待ちしておりました。」
「そいつが聞けて安心だぜ!さっさと行くぞ!創助!!!」
「ああ!!!!」
オレはようやく決意を固め、立ち上がる。
そうだ、今までだって、これからだって、ずっとそうだ。
俺はみんなと幸せに楽しく暮らしたい、ずっとただ、それだけだった。
この世界に俺は生きてるって、誰かに知って欲しかったんだ。
ここまで来れたのは、作者の力が大きかったのかもしれない。
それでも俺は、こんな俺を受け入れてくれたみんなを助けたい。
心の底から友達だって言いたいんだ。
「なんだい。君たち。これから私は創助くんと世界を壊す冒険を始めるんだ。邪魔しないで貰えるかな。」
「答えが遅くなったな。雲外鏡。お断りだ。」
「……なに?ならば君はただの創助としてこの世界で生きるというのか?それはただの罪人と変わりないぞ?」
「誰になんと言われようと、俺が選んだ道だ。俺がただの創助なら、俺がこの世界を救ってやる。柊と練と一緒に。皆を救ってやる!!………雲外鏡!!お前も救ってやる!!!……俺が招いたこの事態は、俺が解決する!それで文句はないだろ!!!」
「ああ!その通りだぜ!相棒!」
「どこまでもついて行きます。主。」
俺と練、柊は雲外鏡に向き直る。
「だが、どうする?ここから逃がす気はないよ。君は私の計画に必要だからね。」
「望むところだよ。俺達が勝ったら、一緒にみんな助けてくれよな!!!!」
俺は満開の笑みを浮かべる。
ようやく気持ちの整理がついた。
長い長い時を超えて。
傲慢だっていい。俺は俺の生きたい人生を生きてやる。
みんな楽しく、笑えるような。
俺のせいでおかしくなったって言うなら、雲外鏡にいいように利用されたっていうのなら、全部ひっくり返すぐらいのハッピーエンドをオレは掴む!!!
これが本当で本当の、俺がやるべきことだ!
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上記関連作品全て完結しております。読むとさらに本編が面白くなるので、ぜひ、読んでみてくださいね!




