3章4話 作者、妖と契約する
突然猫又に襲われた俺たち。やるせない思いが残る中、俺は逃げることを選択した。
月花1人を残して。
それが正しい選択だと言い聞かせて。
人魂の案内で出口まで難なくたどり着く。
だが出口の前で人魂は止まった。
「な、なあ。……ホントにこのまま逃げるのか?坊主。」
「俺は……力を使えるわけじゃない。戦ったこともないんだ。……邪魔になるだけだよ。」
「でもこのままじゃ!!月花の姉貴があぶねえ!!!俺様と契約すれば倒せるかもしれねえんだ!!!なあ戻ろーぜ!!!」
焦るように不安を煽る人魂。わかってる。分かってるんだよ。そんなこと。
「そんなこと……わかってる。……分かってるけど……怖いんだよ!!!」
俺は溢れ出す思いをそのまま口にする。
そう、オレは怖いんだ。
「……坊主…でも……」
「待ってくれ。たのむから。今考えるから……!!」
俺は頭を抱えながら、まだ食い下がる人魂を制止させる。
俺の答えを俺なりの答えを導き出すんだ。考えるんだ。
情けないってことはよく分かってる。
鈴蘭やジン、そのほかのこの世界への影響。力のこと。
色んな言い訳をしてきた。
でも本音はただ、怖い。それだけなんだ。
俺は主人公じゃない。力を手に入れたって、死ぬのは怖いんだ。
でももっと怖いことがある。
わかってる。
戻った方がいいって。
このまま放置する訳には行かない。
原作とかこの世界が俺の描いた小説とか関係ないんだ。
俺のせいで誰かが辛い思いをするのは嫌だ。
それを知っているのに逃げ出すのも嫌だ。
それでも異なる世界に踏み出すのはとても怖い。
戦うのも痛いのも、何かを決めるのも選ぶのも、怖いし逃げたい。
例え戻ったとして、この選択が間違いなのかもしれない。
大きな矛盾が生まれて、予想できないような事態が引き起こるかもしれない。
だって、本来なら俺が関わらなくてもこの世界はまわるのだから。
でもそれすらも確証はない。
本当は描写されていなかっただけで、原作においても『創助』がいたのかもしれない。
どれも怖いし、何もしたくない。それが本音だ。
だが、そんなネガティブの思考とは別に、脳裏にいくつもの言葉が浮かぶのも事実であった。
『やって後悔するか、やらずに嘆くか』
『困難の中に機会がある』
『いつまでもその勇気を忘れずに』
いつもこういう時、脳裏に浮かぶ言葉。友人や偉人、恩師の言葉だ。
いつも後悔したって、それは後の人生において糧となる。
どんな困難も意外とちょっとの勇気と素直さで何とかなることが多い。
俺の人生はだいたいそんな感じだ。
直感に任せて行動する。まるで誰かに導かれているかのように。
知らないだけできっと、特別な何かはあるって感じるのは、こういう経験からなんだと思う。
だから俺は。
「くっ……」
いい加減腹くくれ。いつまでうじうじしてんだ。
月花を放っておくなんて、俺には出来ねえだろ。
「……ああ、もう!!わかったよ!!!……戻るぞ、人魂!」
俺は迷いを断ち切るように、これ以上迷わないようにその言葉を口にする。
「坊主……!!……いや、創助!最高だぜ!!!絶対に後悔させねえから!」
もう戻っても遅いかもしれない。
もしかしたら、決着は着いているかもしれない。
俺の迷いは、人魂の心配は無用なものなのかもしれない。
それでも俺たちは駆け出していた。
今できることをするために。
◆◇◆
戻ると霊体となり小さくなった猫又がいた。
満身創痍の月花は傷だらけで肩で息をしている。
「月花さん!!!」
「月花の姉貴!!!」
重なるように俺と人魂は声をかける。
駆け寄るが、月花は穏やかに笑ってみせる。
「大丈夫……もう終わったよ。」
猫又を見ると、緑のオーラに包まれて穏やかな表情をしていた。
「見つけたのさ、この子の探していた魂を。」
「……え?」
「今……天に返すからね」
猫又から白い猫の姿へ。
傍らには幼い少女。
どちらももうこの世界のものではない。
「見つけてくれてありがとう……遅くなってごめんね、タマ。」
少女は月花に笑顔でお礼を言うと、白猫もまたぺこりと頭を下げる。
そのままふたつの魂は消えていった。
「あの猫さん、今の嬢ちゃんをずっと待っていたんだろうな」
「ええ。その待ち続けた長い年月の間に、知らないうちに死んで、そしてこの建物の邪悪な力に汚染された。」
いつしかそれが、人間への憎悪に変わっていったのだろうか。
事情も何も知らないが、なんだか悲しい気持ちになった。
悪意と強い想いが、純粋だった想いがねじ曲げられたような気持ちだ。
それを正しい方へと導く月花の力は、とても感動するものだった。
あのふたつの魂は尊く美しかったから。
「でも無事でよかったです。帰りましょう。月花さん。」
俺は少しの余韻を残しつつ、振り返る。
刹那。
全身が凍るような寒気に襲われ、全身の鳥肌が立つのがわかった。
「少し解釈は異なりますね。まあ、貴方ならあの方を呼ぶのに相応しいでしょう。」
雪が降り注ぐように静かな言葉運び。
美しいのに冷たい声の響き。
振り返った先の凍りついた月花の姿。
「あ……お、お前は……」
その声の主を捉えることすら出来ずに、冷たい手が俺に触れる。
「……逃げていいですよ。……ふぅー。」
耳元で囁かれる魅惑的な声と吹きかけられる冷たい吐息。
死ぬ。
いや、殺される。
こんなにも絶対的な差を感じるものなのか?
あまりにも強大な霊力に話しかけられただけで、死のイメージが想起される。
先程の猫又やジンなんか相手にならないレベルの霊力の圧倒さ。
俺は振り返ることなく、震えながらその一歩を無心で踏み出す。
振り返るな。止まるな。逃げろ。
振り返るな。止まるな。逃げろ。
振り返るな。止まるな。逃げろ。
振り返るな。止まるな。逃げろ。
「創助!!!!!それでいいのか!!!!」
刹那。人魂の声が俺の足をとめさせる。
そうだ。何してる俺は。
「さっきの勇気は!?覚悟は!?どうしたんだよ!!!!」
「まだ一匹いましたか。」
俺の視界に入り込む人魂。
表情なんてあまり伝わらない。
人の顔じゃないし、ちょっと不気味だし。
それでも俺に必死に訴えかけているのはよく分かる。
そう。俺は、月花を助けると決めたはずだ。
例え、それが間違いだとしても、運命を変えることになっても。
俺にしかできないことを、俺がやるべきことを、やり通すと。
誰かが死ぬかもしれない状況を放っておけるほど、俺は腐ってない。
原作だ?小説だ?運命だ?
知ったことか。
「上等だよ。全部ぶっ壊してやるよ!!!」
もうこの世界に来た時点で矛盾だらけなんだよ!俺は!!
俺は勢いに任せて、振り返る。
そこには白装束に身を包む美しい女性が佇んでいた。
髪の毛はほのかに青みがかり、彼女の周りだけが凍りついて白一色に染まっている。
白い肌に切れ長の瞳が俺を映し出し、血の通わない殺意を向けてくる。
凍えるような視線は人の命をなんとも思っていない様子で、冷たく凍てつく。
余裕のある表情と憐れむような表情。
ただの子供である俺に殺意を向けられても、ビクともしない。
それもそのはずだ。ガチガチに俺の足は震えている。
これが雪娘か。やっぱり出てくるか。
「はあ。逃げて欲しいんですけどね。」
「……いくぞ。人魂。」
「ああ、来い。創助。」
『結ぶは契り。唱えるは回向。導くは供養。……般若心経。』
意識を集中し、瞳を閉じる。まるで、全て理解できたように頭に言葉が浮かび、所作が身についていく。
口にしようと意識することなく、言葉が出ているのがわかる。
俺は今お経を唱えているのだろう。
「……何をするかと思えばお経ですか。いいでしょう。選択する時間も必要ですか。」
不思議だ。
体と頭、心全てが初めからなかったみたいにクリアで、意識と存在が切り離されていく。
周りのことなんか気にすることも無く、流れてくる教えに身を任せる。
とても心地が良い。
その中に己の魂だけはしっかりと形を留めている。
これが本質なのだろうか。
全ての物は移り変わる。
ひとつの事に囚われる必要も無い。
恐れも迷いも必要ない。
正しいも間違いも存在しない。
全ては空なのだから。
ありのままでいい。
ありのままを見つめ、本質を見るんだ。
流される必要は無い。
実態はなく、だが本質はある。
移りゆく世界とそれぞれの核がある。
俺が俺であることは変わらない。
一瞬。俺はなにかの境地に至ったのだろうか。
今だけなら、本来の場所に俺はいる気がする。
導かれて導く。
そう、言葉を口にするんだ。
『……銘打つは我。汝と契りを結ぶ。……我が契約に答えよ!石妖・練!……我が体を依代とせよ!』
「なっ!?」
刹那。眩い閃光が俺の体を駆け巡り、不思議な感覚に包まれる。
自分の体のようで、異なるような。いや、どちらとも正しくて、異なるのだろうか。
移り変わったもうひとつの姿とでも言うべきか。
「不思議だよ。さっきまで遠かった世界に俺も踏み入れられたようだ。」
「少し驚きました。ですが、所詮は人間の子供。たかが、人間が契約したぐらいでいい気になっているようですね。」
雪娘は嘲笑うように俺の全身を氷で包む。
「……無駄なんだ。」
刹那。俺を包み込む氷は弾け飛ぶ。
「なっ……」
後ずさりするように怯え始める雪娘。
気がつくと、月花を包む氷も崩壊していた。そのまま意識を失ったように倒れ込む月花。
「今……何をした……?」
「物事の本質は変わらない。それでも物事は移り変わる。だから俺は変わらない。」
「早い……!?」
刹那。気がつくと、雪娘の顔がそこにはあった。
「名前はね。力なんだ。」
「ぐっ!?」
俺は軽く雪娘の肩に触れる。
「あぁあああああっ!?」
雪娘は一瞬で石の塊へと変化していった。
「馬鹿な……この私がぁああああ!!!」
悲鳴のような声が響きわたり、雪娘は石へと変わり果てた。
ここから先の記憶はない。
どうやら俺はそのあと倒れたらしく、練の意識で俺と月花はあの廃墟から抜け出したらしい。
ひとまず一件落着ということでいいだろう。
だが、まあ。
いつも通り、トラブルは尽きないもので。
◆◇◆
意識を取り戻した俺の視界に少年と少女が写り込む。
「よお!起きたか!創助!」
「遅いですよ!主!」
「……ん?ちょっと待ってくれ。……お前は練……だよな?」
「おうよ!契約したおかげで人の姿になったぞ!」
短い金髪に半袖短パン。黒い肌に瞳は青紫。見た目のインパクト凄いけど、こいつなら納得かもしれない。
「ま、まあ、一旦受け入れよう。で?そちらは?誰?」
見慣れない幼い少女。色白の肌に、青みがかった黒髪。白装束がやけに見覚えある。
「雪娘ですよ!私にも名前くださいよ!」
「はあああああっ!?」
どうやらこの子は雪娘らしい。
なぜか幼くなり、俺と契約しているようであった。
「何がどうしてこうなった!!!」
俺の全力の叫びが響き渡るのであった。
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