第7話 蹂躙された聖域
翌朝、野営地を片付けたアルノとセルマは、再び南へと馬を走らせた。
道中、昨夜の奇妙な胸のざわつきが頭をよぎり、アルノは努めてセルマと視線を合わせないようにしていたが、村に近づくにつれてそれどころではない空気が漂い始めた。
昼前、ようやく到着した村の入り口では、村長をはじめとする住人たちが、縋るような思いで二人を迎えた。
簡単な挨拶もそこそこに、アルノは真っ先に被害が出たという畑へと向かった。
「……な……なんだよ……これ」
畑に足を踏み入れた瞬間、アルノの言葉が凍りついた。
そこにあったのは、彼が夢にまで見た穏やかな農村の風景ではなかった。
被害は甚大だった。
丹精込めて耕されたであろう畝は、巨大な何かに踏みにじられて平坦になり、収穫を待っていたはずの作物は泥の中に無惨に埋もれている。それだけではない。畑の境界を守っていたはずの太い樹木までもが、まるで細い枝でも折るかのように、なぎ倒されていた。
アルノは膝をつき、泥にまみれた一本のナスを拾い上げた。まだ小さく、これから大きく育つはずだった命の残骸だ。
「……許せん」
低い、地鳴りのような声。
アルノの心の奥底で、かつて戦場で見せた「竜騎」としての苛烈な怒りが、一気に噴き出した。それは正義感というよりも、同じ土を愛する者としての、魂からの叫びに近かった。
「村長。これだけの惨状だ、魔物の正体について心当たりは?」
隣で同じく惨状を見つめていたセルマが、厳しい表情で村長に問いかける。
「……いえ、正体は不明なのですが、襲われたのはごく最近のことです。いつも深夜に現れるようで……」
村長の話によれば、異変は一週間ほど前から始まったという。
最初は、じゃがいもが数個抜き取られている程度だった。村人たちは「少し大きな土竜か何かが迷い込んだのだろう」と、楽観的に考えていたのだ。
だが、その二日後。
事態は急変した。
深夜ではなく、午前中の明るい時間帯に、突如として大型の魔物が村の外縁に姿を現し、農作業中の村人を襲い始めたのだという。幸い、死者は出なかったものの、重傷者が出たことで村はパニックに陥った。
そこから、まるで村を嘲笑うかのように、畑を含めた被害は一気に拡大していった。
「それで、たまらずギルドへ依頼を出したというわけか」
セルマが周囲を見渡し、倒れた樹木の断面を調べる。
「アルノ、この破壊痕を見てくれ。鋭い爪というよりは、圧倒的な質量で押し潰されたような跡だ。それも、相当な巨体だぞ」
アルノは返事をしなかった。
ただ、拾い上げた泥だらけのナスを丁寧に土の上に置き、ゆっくりと立ち上がった。
その背中からは、かつて王国の敵を震え上がらせた、圧倒的な威圧感が放たれている。
「セルマ。この魔物が何であれ、今夜、俺がここで仕留める。畑を……農家の汗を馬鹿にした報いは、きっちりと受けてもらう」
「ああ。私も手を貸そう。これほどの巨体、一人で相手をするのは分が悪い」
「……いや、お前は村人の護衛に回れ。これ以上、この村の『日常』を壊させるわけにはいかないからな」
アルノの瞳には、冷徹なまでの決意が宿っていた。
スローライフを愛するがゆえの怒り。それが今、最強の竜騎士を再び戦鬼へと変えようとしていた。




