第54話 忌まわしき「荷物」と、動き出す影
「黄金の盾亭」の喧騒が、アルノたちが足を踏み入れた瞬間にふっと熱を帯びた。
カウンターの奥で書類を整理していたボリスが、顔を上げてニヤリと笑う。
「おう! 来たか、アルノ。隈がひどいな、昨夜はよっぽど『激しい戦い』でもあったのか?」
「……茶化すな。セルマから急ぎの用があると聞いた。何があった?」
アルノが椅子を引き、ボリスと向き合う。エトリエルとルファスも、それぞれの定位置のようにアルノの左右を固めた。ボリスは表情を引き締め、声を低くした。
「ああ……その件だが。お前が前に持ち帰った、あの『荷物』を覚えているか?」
アルノは数日前の光景を脳裏に呼び戻した。
薬草採取の折、ズーガ岬で遭遇した「暁の軌跡」と名乗る薄汚い連中。彼らを叩きのめし、戦利品(というか証拠品)として回収した、あの奇妙な革袋のことだ。
「ああ、あれだろ。俺がエトリエルたちと帰って、こいつらがギルド登録した日に渡したやつだ」
『ねえ、やっぱりあれのこと? 嫌な感じがするって言ったやつ』
エトリエルが身を乗り出し、ルファスも眉をひそめて頷く。
『ええ。あの袋から漏れていたのは、生命の循環を歪める、どす黒い魔力の実……。ただの魔石や魔力付与品とは明らかに質が違っていたわ』
ボリスはカウンターの下から、頑丈な魔封じの小箱を取り出した。中には、あの時の革袋が、厳重な封印処置を施された状態で収められている。
「ギルドの鑑定士と、王宮の魔導師たちに調べさせた。その結果……アルノ、お前さんはとんでもねえもんを拾ってきやがったぞ」
「もったいつけるな。何だったんだ」
ボリスはゴクリと喉を鳴らし、さらに周囲を警戒してから囁いた。
「これは『擬似的な心臓』だ。古代の禁術を使って、魔物の核に人間の怨念を練り込んだ代物らしい。……こいつを死体に埋め込めば、理性を失った、だが命令には忠実な『不死の兵士』が完成する」
アルノの背筋に、冬の風のような冷たいものが走った。
「暁の軌跡」――ただのゴロツキ集団かと思っていたが、その裏には、国家の均衡を揺るがすような「闇」が潜んでいる。
「それで、『急ぎの用』ってのは、その出処を洗えってことか?」
「察しがいいな。実はな、その『暁の軌跡』の残党が、王都の地下水路周辺で目撃された。しかも、どうやら本物の『勇者』だと自称する不審な一行と接触しているらしい」
アルノは再び深いため息を吐いた。
魔王が隣で飯を食い、精霊が隣で寝る。そんなカオスな日常に、今度は「偽りの勇者」と「禁忌の魔導」が加わろうとしている。
「……俺のスローライフは、どこへ行ったんだよ」
「ガッハッハ! 諦めろアルノ! お前が隠居を願えば願うほど、トラブルの方からお前を愛しに来るんだよ!」
ボリスの豪快な笑い声がギルドに響く中、アルノは腰の剣(といっても農作業兼用の愛剣だが)の重みを確かめた。




