第53話 寝不足の朝と、卵焼きの攻防
カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさに、アルノは重い瞼を持ち上げた。
鏡を覗き込めば、そこには薄っすらと隈を浮かべた自分の顔がある。
(……やはり、あまり眠れていなかったな。あの包囲網は精神衛生上、毒すぎる……)
「はぁ……」と、朝一番の溜め息を吐き出しながらも、アルノの体は勝手に台所へと向かっていた。どんなに寝不足でも、居候たちの腹を満たすのは、もはや農夫としての、あるいはこの家の主としての「義務」のようなものになっていた。
今朝の献立は、純和風だ。
まず、土鍋でふっくらと炊き上げた白米。
そして、昨夜の残りであるジンジャー汁に、熟成させた「柄味噌」を溶き入れる。生姜の香りと味噌のコクが絶妙に混ざり合い、寝不足の体に活力を与えてくれる特製味噌汁だ。
さらに、昨日のうちに漬け込んでおいた野菜の浅漬けを皿に盛る。
「さて、仕上げだ」
アルノは鉄製の卵焼き器を火にかけ、油を引く。
ボウルの中で白だしを混ぜた卵液を一度、二度。
ジッ、という心地よい音と共に広がる黄色い幕を、菜箸一本で手際よく、美しく巻いていく。
「うわあ……。アルノっていつも思うけど、本当に料理上手! 絶対いい嫁になるよ!」
背後からひょっこりと顔を出したエトリエルが、感心したように声を上げた。
がくっ、とアルノの膝が崩れる。
「バカ言え! 誰が誰の嫁になるって? 俺はどこからどう見ても男だっつうの!」
「……私の嫁に、なってほしいわ」
隣で味噌汁の準備をしていたルファスが、真顔で、しかしどこか熱を帯びた瞳でアルノを見つめた。
「こらぁ!!(……一瞬、心臓が跳ねてときめいたとは口が裂けても言えん!)」
アルノは真っ赤になった顔を隠すように、焼き上がった卵焼きを勢いよくまな板へ移した。
(はぁ……どいつもこいつも、朝から飛ばしすぎだろ……)
食卓を囲み、温かい朝食を胃に収めると、ようやくアルノの頭もはっきりとしてきた。
出汁の効いた玉子焼きは、エトリエルとルファスの間で激しい奪い合いになり、結局アルノが自分の分を分け与える羽目になったが、それもいつもの光景だ。
後片付けを素早く済ませ、アルノは玄関で仕事用の革袋を肩にかけた。
「さて、行くか。ボリスが待ってる」
「はーい!」
「行きましょう、アルノ」
賑やかな二人を連れ、アルノは家を出た。
澄み渡る朝の空気の中、三人は王都のギルド「黄金の盾亭」へと向かう。
昨夜の悶々とした悩みは、歩いているうちに少しずつ、仕事への集中力へと切り替わっていった。
(さて、ボリス。一体どんな「急ぎの用」を用意してやがるんだ?)




