第49話 朝の騎士団と、束の間の別れ
翌朝のこと。
アルノは昨夜の煩悩との死闘(?)による寝不足を堪えながら、キッチンに立っていた。
包丁がまな板を叩く規則正しい音が響く中、不意に家の外から重々しい鎧の擦れる音と、聞き慣れた快活な声が届いた。
「すまない! アルノ、いるか!?」
アルノは一旦、野菜を切る手を止めた。
(……まあ、予想はついていたが。来るのが早すぎるだろ)
アルノが玄関の扉を開けると、そこには案の定、騎士団長セルマが精鋭の騎士たちを引き連れて立っていた。
セルマはすらりとした体躯に、整った中性的な顔立ちの男だ。
声も野太いわけではないが、その芯の通った響きには騎士団を束ねる者としての威厳がある。
「あ、セルマ」
アルノの背後から、ひょいと顔を出したのはユーミだった。
「あ、セルマ……ではありません! 姫様!!」
セルマはガバッと額に手を置き、天を仰いだ。
「どれだけ我々が血眼になって探したと思っているのですか! 無断で王宮を抜け出し、挙句の果てに元・軍人の家に勝手に泊まり込むなど……!」
「いいじゃない、セルマ。アルノの家は落ち着くんだもの。それに、私を誰だと思っているの? 魔王よ? どこにいても安全に決まっているじゃない」
「安全の問題ではなく、職務と体面の問題です!」
セルマはそう叫びながらも、アルノに対しては苦笑いを向けた。
「済まないな、アルノ。お前の隠居生活を邪魔するつもりはなかったんだが……このお方は一度言い出すと聞かなくてな」
「ああ、分かっているさ。お前も苦労するな、セルマ」
アルノはセルマを労いながら、この数日間の出来事をかいつまんで伝えた。
リーディア村での薬草採取のこと、変異したワイバーンとの戦闘、そして帰り道にこの「家出魔王」を拾う羽目になった経緯まで。
それを聞いたセルマは、呆れ果てたように溜め息をついた。
「……成程。ワイバーンを一蹴した上に、野生の動物を手当しながら帰ってきたか。相変わらずだな、お前たちは」
ユーミはアルノの作った朝食の香りに鼻をひくひくさせている。
「ねえ、セルマ。せめてアルノが作ってくれたこれ、食べてからでもいいでしょ?」
セルマはしばらく葛藤していたが、アルノの料理の腕前を知っているだけに、最後には折れた。
「……分かりました。朝食を済ませるまでは待ちましょう。ただし、食べ終わったら即座に帰還していただきますぞ」
「やったぁ! アルノ、おかわりもある!?」
朝食のテーブルは、騎士団長が見守る中での奇妙な賑やかさに包まれた。
ユーミは幸せそうにアルノ特製の料理を平らげ、食べ終わると意外にも甲斐甲斐しく、ルファスたちと一緒に後片付けまで手伝い始めた。
「ふふ、次にここに来る時は、奥様として片付けたいわね」
「余計なことを言わずにさっさと帰れ」
アルノのツッコミを背に、ユーミは名残惜しそうにしながらも、セルマ率いる騎士団と共に王宮へと戻っていった。
嵐が去ったような静けさが戻ったリビングで、セルマが去り際に告げた言葉をアルノは思い出す。
「そういえばアルノ。明日辺りにギルドに来てほしい。何か急ぎの用があると、ボリスから聞いたぞ」
「ボリスが? ……了解した。明日、顔を出すよ」
(さて、急ぎの用とはなんだろうな? 薬草の件は終わったはずだが……)
アルノは窓の外を見つめながら、独りごちた。
エトリエルとルファスがソファで寛ぎ始める中、アルノの頭には、また新たな「平穏を乱す予感」がよぎっていた。




