第39話 死闘の末、そして静寂
「――今よ、エトリエル!」
ルファスの叫びと共に、彼女の両手に膨大な光が集束していく。
『精霊奥義・聖域回帰!』
ルファスが解き放った純白の波動が、岩壁に縫い止められたポイズンワイバーンを包み込んだ。怪物を覆っていたどす黒い「魔毒」が、光の粒子に変換され、空へと霧散していく。浄化の光はワイバーンだけでなく、周囲の汚染された植物たちにも降り注ぎ、枯れ果てた大地に再び緑の息吹を吹き込んでいく。
「……仕上げだ。悪く思うなよ、外来種」
エトリエルが静かに右手をかざす。その指先には、光を飲み込むほどに深い「闇」の球体が生成されていた。
『魔導極点・終焉の欠片』
放たれた漆黒の閃光は、浄化され弱り切ったワイバーンの核を正確に貫いた。爆発すら起きない。存在そのものが消滅へと向かう、上位魔族による慈悲なき一撃。ワイバーンは断末魔を上げる暇もなく、塵となって山嶺の風に消えていった。
静寂が戻った。
アルノは深く息を吐き出し、展開していた全ての戦闘スキルをオフにする。身体から魔力の残滓が抜け、いつもの「銀等級の農夫」へと戻っていく。
「……ふぅ。お前ら、やりすぎだ。浄化はいいが、エトリエルのやつは威力が強すぎる。岩壁が少し削れてるじゃないか」
「えへへ、ごめんアルノ。でも、あいつ本当に嫌な魔力だったからさ」
エトリエルが元ののんびりした表情に戻り、頭を掻く。
「見て、アルノ。薬草たちが元気になったわ」
ルファスが指差す先には、先ほどまで黒ずんでいた『特級ラトマ』が、月光を浴びて瑞々しく輝いていた。本来の聖域の姿がそこにあった。
アルノは膝をつき、浄化された薬草を一束、丁寧に摘み取った。
「……これなら、村長も安心するだろうな。王都の病院に待ってる奴らもだ」
死闘を終えた充実感と、心地よい疲労がアルノを包む。だが、ふと立ち上がった時、彼の視線が山嶺のさらに奥、霧の深い崖の上で止まった。
そこには、こちらをじっと見つめる「人影」があった。
アルノの『探知』に一瞬だけ触れ、そして陽炎のように消えた不気味な気配。
(……「暁の軌跡」か、それとも。……やはり、このスローライフは一筋縄じゃいかないらしい)
「アルノ? どうしたの?」
エトリエルが不思議そうに覗き込んでくる。
「いや……なんでもない。さっさと薬草を回収して、村に戻るぞ。今夜は村長が美味いもんを振る舞ってくれるはずだ」
アルノはそう言って笑い、背負いカゴを担ぎ直した。山嶺を吹き抜ける風は、先ほどまでの毒気を払い、今はただ爽やかに彼らの横を通り過ぎていった。




