第33話 秘湯の誘惑と、元竜騎士の限界
野営の設営が一段落したところで、アルノは少しだけ表情を緩めて二人に告げた。
「ここにはな、冒険者たちの間で知る人ぞ知る秘湯があるんだ」
「温泉!? 入る入る! 行こうよアルノ!」
エトリエルが身を乗り出して食いつく。
「まあ、温泉ですって……。旅の汚れを落とすのに最適ね。準備しましょう」
ルファスも瞳を輝かせ、手早く着替えの準備を始めた。
野営地のすぐ裏手、岩陰を抜けた先にその場所はあった。地熱で温められた天然の湯が岩を穿ち、湯煙が月光に照らされて幻想的に立ち上っている。
「ふぅ……いい湯加減だこと」
ルファスがうっとりと目を細め、肩まで湯に浸かる。
「うんうん、これだよこれ! これぞ旅行の醍醐味だよねぇ」
エトリエルが足をバシャバシャとさせながら、上機嫌で声を弾ませた。
「……旅行じゃねえ。任務中だ」
アルノは少し離れた場所で岩を背に、努めて低い声で釘を刺した。しかし、エトリエルからは「そんな堅いこと言わないの」と軽くあしらわれてしまう。
アルノは視線を泳がせながら、内心で猛烈な葛藤と戦っていた。
(あー……こいつらの裸……。ま、一応はタオルを巻いているし、湯気で見えにくいからセーフ、か? いや、アウトだろ。俺も大概だな……)
ルファスの透き通るような肌は月光を弾き、精霊特有の神秘的な美しさを放っている。一方のエトリエルも、魔族らしいしなやかで均整の取れた肢体をしており、中性的な危うい魅力があった。
アルノはなるべく平然を保とうと、深く湯に浸かり、目を閉じて意識を「明日の薬草の受け取り順序」へと向けようとする。だが、平穏は長くは続かなかった。
「アルノ、そんなに遠くにいないでこっちおいでよ」
エトリエルがスルスルと泳ぐように近づいてきて、アルノの右腕にぴたりと体を寄せてくる。
(やめろ……。お前、距離感が近すぎるんだよ!)
「そうよ、アルノ。背中、流してあげましょうか?」
今度はルファスが反対側から寄ってきた。彼女の柔らかな感触が、アルノの左腕にダイレクトに伝わる。
(おま……胸! 当たってるから! 精霊とか魔族とか関係なく、刺激が強すぎるんだよ!)
銀等級の冒険者であり、最強の元竜騎士。どんな魔物にも動じなかったアルノの精神防御壁が、二人の居候による「温泉アタック」によって粉々に砕け散ろうとしていた。
「……のぼせた。俺は先に上がる!」
真っ赤になった顔を隠すように、アルノは逃げるように湯船を飛び出した。背後で「あ、待ってよー!」という無邪気な声が響く。
今夜の野営。果たして、アルノは無事に眠りにつくことができるのだろうか。




