第30話 賑やかすぎる共同生活
ギルド「黄金の盾亭」の奥、マスター室を兼ねたカウンターの向こう側で、ボリスは腕を組みながらニヤリと不敵な笑みを浮かべた。その視線は、規格外の正体を隠しきれなかった二人の新人と、それを見守る「最強の農夫」へと注がれている。
「だが、今回は特例なしだ。二人がどれだけ凄かろうが、冒険者のイロハを知らねえ奴をいきなり高ランクにはできねえ。二人は『鉄等級』から始めてもらうぞ」
ボリスはそう断言すると、次にアルノを真っ直ぐに見据えた。
「アルノ、お前はすでに『銀等級』だ。このギルドでも一目置かれる立場なんだから、責任を持ってこいつらの面倒を見ろ。ランクアップに励んでもらうぞ。いいな?」
「……俺が、か?」
アルノは思わず自分の顔を指差した。隠居生活、土いじり、そして時々、身の丈に合った簡単な依頼。それが彼が夢見たスローライフの骨子だったはずだ。銀等級という地位も、元竜騎士としての実力からすれば妥当なものではあるが、新人二人の教育係というのはいかにも「隠居」からは程遠い。
「手始めに明日は、三人で『リーディア』へ行って薬草を受け取ってきてもらう。村の集荷所に預けてあるはずだ。銀等級のアルノが監督していれば、鉄等級の二人の初仕事としても文句は出ねえ。いいな?」
「……構わない。明日だな。リーディアの場所と、薬草を受け取る具体的な場所を教えてくれ」
アルノは深く溜め息をつき、ボリスから渡された地図と指示書を受け取った。放っておいて王都のルールを壊されるよりは、銀等級としての権限を使い、自分の目の届く範囲に置いておく方がまだマシだと判断したのだ。
用件を済ませ、アルノは夕暮れ時の我が家へと帰還した。
夕日に照らされた自分の畑。ナスやピーマンが元気に育ち、土の匂いが心を落ち着かせてくれる。……はずだった。
背後からついてくる二つの足音。
アルノが玄関の扉を開け、中に入ると、二人は当然のような顔をして後に続いた。
「……おい。なんでお前ら、当然のように俺の家に入ってくるんだ?」
アルノが振り返って問うと、エトリエルが窓辺の椅子に勝手に腰を下ろし、窓の外を眺めながら事も無げに言った。
「どうしてって、ここで暮らすから」
「そうよ、ここで暮らすから。精霊は居心地の良い場所……つまり、あなたの側が一番落ち着くのよ。それに、銀等級の先輩に教わるなら、側にいたほうが効率的でしょ?」
ルファスまでが、キッチンで勝手に茶器を並べ始めている。
「は? ……おい、ちょっと待て。ここは俺の家だ。一人で静かに暮らすために、わざわざ郊外のこの家を選んだんだぞ。暮らすって、誰が許可したんだ?」
「僕、小鳥たちの世話もできるし、畑仕事も手伝うよ? 魔族のファミアース族を雇うなんて、普通の農家じゃできない贅沢だよ?」
エトリエルがいたずらっぽく笑う。
「私は家の周りの結界を強化できるわ。不審な人間も魔物も、一歩も近づけさせない。……いいでしょう?」
ルファスが上目遣いで訴えかけてくる。
(……ダメだ、こいつら。人の話を聞いていない)
結局、なし崩し的に二人を居候させる羽目になった。広さだけは無駄にある家だったのが、不幸中の幸いというべきか。
夕方になり、アルノは食事の支度に取り掛かった。
自分の畑で採れた新鮮なナスやピーマンを使い、騎士団時代に覚えた手際の良さで、香ばしい炒め物とスープを作る。その間、二人は物珍しそうにアルノの背中を眺めていた。
「わあ、いい匂い! さすが、ただの銀等級じゃないね。生活力も最強だ」
「アルノ、お風呂の支度は私がしておいたわよ。精霊の力でお湯の温度も完璧に保ってあるわ」
「……お前らな。少しは落ち着け」
食卓を囲むと、かつての一人暮らしの静寂が嘘のように、賑やかな話し声が響いた。
食後、リビングで寛いでいると、何故か二人はアルノを挟むようにしてべったりと密着してきた。
右側には、陽だまりのような温かさを放つエトリエル。魔族特有の少し高い体温が、アルノの腕に伝わる。
左側には、清涼な風のような澄んだ気配を持つルファス。精霊である彼女の体からは、ほのかに森の香りが漂ってくる。
(……なんかなあ。ラッドの時もそうだったが、俺はこういう『人外』に好かれる体質なのか? それとも、ただの都合のいい宿主だと思われてるのか……)
かつての戦場で最強と謳われ、今は銀等級の冒険者として活動する男も、家の中では形なしだ。
左右からの圧倒的な存在感に、アルノはどきどきと落ち着かない心臓を必死に宥めながら、窓の外の月を見上げた。
「……明日はリーディアか。……頼むから、静かに終わってくれよ」
その願いが、明日の朝には無惨に打ち砕かれることを、今のアルノはまだ知らない。賑やかすぎる居候たちとの、スローライフ(仮)な夜が更けていく。




