第23話 束の間の静寂と、新たな日常
「ガッハッハ! 戻ったか、アルノ! それにラッドも、無事で何よりだ!」
ギルド「黄金の盾亭」の重厚な扉を開けた瞬間、ボリスの地鳴りのような豪快な声がアルノを包み込んだ。
アルノは事務的にエドワードの身柄確保と、森の異常事態についての報告を済ませる。ボリスは「禁忌の実験、か……」と一瞬だけ険しい顔をしたが、すぐに銀貨の詰まった袋をカウンターに置いた。
「よし、これが今回の報酬だ。おめーさんのおかげで、これ以上の被害は出ねえだろうよ」
「……ああ。じゃあ、俺は帰る」
アルノが荷物をまとめると、隣にいたラッドがシュンと耳を垂らし、名残惜しそうに鼻を鳴らした。その姿を見て、アルノはついに己の理性という名の堤防を決壊させた。
「……ラッド、お疲れさん。よく頑張ったな」
「あ、アルノさん……えへへ」
アルノは我慢できず、ラッドの頭と、あの念願の「耳」を両手でワシワシャと思い切り撫で回した。もふもふとした極上の質感が掌に伝わる。ラッドは目を細め、尻尾を千切れんばかりに振って、心地よさそうに身を委ねていた。
(……最高だ。これぞ人生の潤いだ)
心ゆくまでもふもふを堪能したアルノは、ようやく満足してギルドを後にし、愛する我が家へと帰還した。
数日後。
数日間の間に荒らされていた畑の補修を終え、ナスやピーマンにたっぷりと水をやったアルノは、習慣になりつつある「定期報告」のために再びギルドへと赴いた。
「さて、今日は何があるか……」
ギルドの依頼掲示板を覗き込む。今のアルノが求めているのは、過酷な戦闘ではない。あくまでスローライフを彩る程度の、穏やかな仕事だ。
「お、薬草採取の依頼が溜まってるな……。これなら畑仕事の延長だ」
アルノが依頼書を数枚剥がして受付へ持っていくと、担当職員のスーイがいつもの穏やかな笑みで応対した。
「アルノさん、お疲れ様です。薬草採取ですね? いいですよ、現在は高ランクの討伐依頼も落ち着いていますから、いくつかまとめてこなしてきてください」
「助かるよ。こういうのでいいんだ、こういうので……」
アルノは安堵の溜め息をついた。
最強の力を隠し持ちながら、カゴを片手に草原を歩く。それこそが、彼が夢見た引退後の姿だった。
だが、彼が選んだその依頼書の裏側には、まだ誰も気づいていない小さな「異変」の兆候が隠されていることを、今のアルノは知る由もなかった。




