第21話 月夜の休息と、もふもふの誘惑
岩間の温泉からは、ゆったりとした湯気が立ち上っていた。
セルマは湯船に肩まで浸かりながら、十五年前の入団初日の話や、初めて二人で竜の背に乗った時の失敗談を語り始めた。かつての戦友たちの名前が次々と挙げられ、ラッドは目を輝かせてその「伝説の断片」に聞き入っている。
「あの時のアルノは、竜の揺れに酔って顔が真っ青だったんだ。今の彼からは想像もつかないだろう?」
「ええー! あのアルノさんがですか!?」
ラッドが驚くたびに、その大きなコボルト耳がピクリ、ピクリと小気味よく動く。
(……触りたい。あの耳の付け根の柔らかそうなところを一心不乱にワシャワシャしたい。いや、いかんいかん! 相手はギルドの立派な職員だぞ、アルノ・ステルモ!)
アルノは必死に理性を保とうとするが、視線はどうしてもラッドの耳に吸い寄せられてしまう。スローライフにおいて、動物との触れ合いは至高の癒やしのはずだが、今の状況はもはや「拷問」に近い。
やがて昔話が終わり、三人は温泉から上がった。
タオルで水気を拭うアルノとセルマ。月光に照らし出された二人の肉体は、長年の鍛錬によって一切の無駄が削ぎ落とされ、岩を刻んだような逞しい陰影を帯びていた。
「はわぁ……最高っす。お二人とも、彫刻みたいっす……」
ラッドが惚れ惚れとした溜め息を漏らす。
「何がだ?」
「な、なんでもないっす! 独り言っす!」
慌てて尻尾を振るラッドを横目に、三人は設営された野営テントへと向かった。
王国騎士団が用意したそのテントは、雨風を完全に遮断し、中には簡易式のベッドが並ぶ機能的なものだった。しかし、なぜか手違いかセルマの策略か、アルノはセルマとラッドに挟まれる形で眠ることになったのだ。
「狭くないか、アルノ。寒いようならもっと寄ってもいいぞ」
「狭いし、寒くない! お前は向こうを向いて寝ろ!」
アルノは右隣のセルマを突き放すが、今度は左隣から「くぅ……」という小さな寝息が聞こえてきた。ラッドがすでに丸まって眠りについていた。
(……っ! ラッド、あまり近くに来るな……。って、なんだこの香りは。獣臭さなんて微塵もない、日向に干した綿毛のような、動物特有の落ち着くいい香りが……!)
右からはセルマの放つ圧倒的な「強者の気配」と、時折感じるどきりとする熱。
左からはラッドの「究極の癒やし」と、抗いがたいもふもふの誘惑。
「……寝れるか、こんな状況で」
アルノは暗闇の中で天井を見つめ、バクバクと鳴り止まない心臓を宥めるのに必死だった。畑の土をいじっている時よりも遥かに激しい動悸に襲われながら、元竜騎士の夜は更けていく。




